国際私法という分野と『世界法の理論』2017年11月16日 01:49

筆者の専門は、国際関係法です。
その中でも、国際私法という分野と国際経済法という分野が中心となります。

国際私法?
聞き慣れない法律でしょう?

国際法というと知っている人も多いかもしれません。国際私法はこれと違います。
司法試験では、同じ国際関係法でも、国際関係法(公法)と国際関係法(私法)に分かれます。

国際関係というと、法的には二つの意味が有ります。国家と国家の関係という側面と、ある国に住む人と他国に住む人の関係です。

大要、国際法は前者に適用される法を指し、
国際私法学は、後者に適用される法を研究する学問分野です。

国際私法は、主権国家の独立併存する現在の国際社会の中で、国際的な生活関係を営む人々や企業に対して、安心してそのような国際的生活関係を送ることができるように、その生活関係に最も密接な関係のある国の法を、日本の裁判所が適用するための法律です。

日本の裁判所が、場合によって外国の法律を適用して事件を解決するのです。

西欧では、その起源はローマ時代に遡り、中世より近代にかけて発展した古い歴史のある法分野ですが、日本では明治期より生じ、大正の時代を通じて漸次発達してきました。

鎖国を解き、開国した途端に必要不可欠となったのです。

ヒト、モノ、カネが容易に国境を越えるグローバル化した今日の国際社会とこれに属する日本において、いよいよ欠かせない法律となりました。

国際私法は、現実の国家連合が存在しないとしても、国際共同体を仮定して、どの国も、人及び事件に最も密接な関係ある国の法を適用することによって、同一事件に対しては、この国際共同体のどの裁判所も同じ国の法を適用する。そのことによって、自律的に、国際的判決調和を達成するということを使命とする法律分野です。

この法律は、条約等のある場合を除き、国際法ではありません。各国の国内法として、それぞれの国が自律的にのみ上の目的を達成するとするものです。

それは、各国毎の文化伝統の相違に基づき、各国毎に法が異なる事を大前提とします。

他方、田中耕太郎の『世界法の理論』は、現実の国家連合が成立した後、例えば、それが国際連邦国家だとすると、世界にたった一つの「国家」の法としてたった一個の世界法が妥当する「世界」観を予定します。国際法の最終的な発展段階として、このことを予定するわけです。

その場合、国際私法はもはや不要となります。世界法の理論という一斉を風靡した世界観を共有するとすると、自死を予定する法分野として揶揄する傾向も有りました。

筆者は、この「世界」観を共有しません。

近未来には、現在よりは一層、国際的地域毎の、
例えば、EUのほかに、東アジアかあるいはRCEPか、それは分かりませんが、
地域国家連合が成立し、緊密な関係にあることを、

少なくとも理念的には目指すとしても、

アメリカ合衆国のような意味で、国際連邦という世界全体を包括するものを想定しません。
歴史の発展の最終段階としても予定しません。

これは国連という現在ある国際機関のこととは異なります。

ユートピアとしては、「地域国家連合」間の関係も現在より緊密になっているでしょう。

そして、そこに妥当する法は、例外的に、地域国家連合議会の制定した連合法であり得ますが、主として今の国家を大凡前提した領域毎の民主的決定により成立した法です。しかし、領域毎に緊密な関係が存在するので、各領域毎に、他領域で成立した先進的な法原則を、自律的に採用します。結果的に大多数の領域に採用されたとしても、社会の進展に伴い、その法原則も古くなるなら、これに対応する方法は領域毎に区々となり得ます。

かくて、連合内の領域毎の法は、自律的に収斂と分散を永遠の振り子のように繰り返します。

よりメタレベルでは、地域国家連合間で、部分的には、この振り子現象を生じます。

従って、国際私法という法分野は永遠に不滅となるでしょう。( ^ω^ )