シリアへの巡航ミサイル攻撃と国際法2018年05月06日 00:51

1,米英仏軍によるシリア・ミサイル攻撃

少々前の事ですが、本年4月14日午前、米英仏軍がシリアにおいて、ミサイル攻撃を行いました。

シリア内戦や難民の問題を以前、このブログでも取り上げたことがあります。

これまでの新聞報道をまとめてみます。シリアの首都ダマスカス近郊にある東グータ地区は、アサド政権に対立する反政府軍の拠点であるため、政府軍の熾烈な攻撃の対象となってきました。非人道的な殺人兵器(タル爆弾やクラスター爆弾等)により、シリア内戦による死者数は30万~40万人を超えるとされています。

道の両側は、建物の壁が崩れ落ちた瓦礫の山となり、その間の細い歪曲した路地を、子供たちがとぼとぼと歩いて行く姿が、日本のニュース報道でも放映されていました。大怪我をした幼い子供が泥とほこりにまみれて、泣きながら抱きかかえられて行く姿は衝撃的です。そこに暮らす人々のすぐそばで、そのような爆弾が日常的に爆発している。化学兵器が使用されたとも言われます。

米英仏軍は、巡航ミサイルによって、政府軍の化学兵器製造拠点等をピンポイントで狙い撃ちしたと主張しています。まだ多くの人々が寝静まっている夜明けに、ミサイルが飛来する耳をつんざくような音、炸裂する爆音と地響き、驚いて窓の外をみるとその閃光が当たりを一瞬のうちに真昼の明るさに照らす。米国等の軍隊は安全な場所から、ミサイルを発射しているだけなので犠牲は生じないのです。

ロシアは、米国の軍事攻撃に対して反発して、最新鋭兵器によりそのミサイルを迎撃すると主張していたのですが、米軍らがロシア軍への犠牲を生じない範囲に攻撃を抑制したので、そのような対立は回避されました。

アサド政権、反政府勢力、ISらによる内戦は、米国とロシア、イランとサウジアラビやイスラエルという外国勢が、それぞれのシリア国内勢力を支援しつつ、泥沼化したのです。中東のいつもの方程式でしょうか。いつまでも続く戦争に、シリア市民は声を震わせ、必死に平和を祈っているでしょう。

2,国連安全保障理事会とアサド政権による化学兵器使用疑惑

アサド政権が東グータ地区で化学兵器を再度使用したとの疑惑が生じたのは、今月の7日のことでした。昨年にも国連と化学兵器禁止機関(OPCW)の共同調査機関が化学兵器使用の有無を調査していたのですが、ロシアが反発して活動停止に追い込まれていたのです。

14日に米国を中心とする攻撃が開始されるまでに、安保理ではぎりぎりの攻防が続いていました。10日には、独立調査機関の新設を求める米国の決議案が否決されています。安保理15カ国のうち12カ国が賛成し、常任理事国のロシアのほかボリビアが反対したのです。逆に、ロシアの提案した独立調査機関は、「ロシアに調査員を選択する機会を与え、報告書が公開される前に安保理が調査結果を査定するという内容で、独立した公平な調査とは全くいえない」(米国のヘイリー国連大使)と欧米が反対し、廃案となりました。かくて、米ロの対立と、双方の拒否権の応酬により、安保理が機能不全に陥ってしまいました。
(「シリアの国連調査否決 化学兵器疑惑 米ロ、拒否権の応酬」2018/4/11付 日経新聞電子版より)

安保理の理事国による拒否権というのはよく知られていますね。安保理決議や国連総会決議に基づき、今の例のように、化学兵器使用調査のための独立機関の設立が「決議」で認められ、その結果、アサド政権側の化学兵器使用が確定すれば、更に、複数国軍から構成される国連軍による軍事行動が同様に「決議」されることになるでしょう。化学兵器使用が明確に国際法違反だからです。そうすれば、先のようなミサイル攻撃が国際法に適ったものとして、正当化されます。

しかし、このような決議が拒否権により、よく阻まれるのです。安保理15カ国の賛成多数で、すなわち多数決で決議が成立するのであれば、国際機関によるより迅速な行動が可能になるかもしれません。しかし、これが多数決ではないのです。全員一致がここでの決定方法なのです。

国際機関での決定方法の原則型が、全員一致、すなわちコンセンサス方式なのです。ここでいう国際機関は、主権国家から構成されるものです。それぞれ独立の主権を有する国家が集まって、一定の結論をだそうとするのですから、全員一致を原則とする訳です。この場合、当然、いずれか一カ国が反対すると、その決議は成立しないことになります。その国には拒否権があることになります。

米国とロシアという常任理事国が相互に対立し、同じ問題について、異なる決議案を提出し合い、拒否権の応酬となると、いかなる決議も成立しなくなります。すなわち、安保理の機能不全です。これがかつて、米ソの冷戦時代には良く見られた光景でした。最近の国際社会が新たな冷戦時代に入ったとするような見方もあるようです。

余談ですが、コンセンサス方式の反対をネガティブ・コンセンサス方式と言って、いずれか一カ国でも賛成すれば決議が成立するという方法もあります。その例が、WTOの紛争解決機関による決議です。以前のブログで言及したようなWTO上の紛争に関係します。パネルないし上級委員会のようないわば裁判機関の決定した報告書を、全加盟国によって構成される紛争解決機関が採択するかを決めるとき、ネガティブ・コンセンサス方式によります。従って、勝訴した国は必ず賛成するので、報告書の採択が確実なのです。法に従った国際的な経済紛争の解決が確実に行えることになりました。

安保理決議に話を戻します。

シリアの化学兵器使用疑惑については、アサド政権がこれを否定しており、後見であるロシアが支持しているのです。昨年の、国連と化学兵器禁止機関(OPCW)の共同調査の結果、アサド政権も化学兵器を使用したと断定したのですが、ロシアがこれに反発したのです。

結局、業を煮やしたトランプ大統領が、イギリス及びフランスと共同で、軍事行動に出たということになります。シリア・アサド政権が化学兵器を使用したという国際法違反を犯したのであるから、超えてはならない一線を越えたというのです。

トランプ大統領は、得意げに「mission accomplished(ミッション達成)」とつぶやいているようです。しかし、化学兵器の使用だけを止めても、既に多くの命が失われ、今なお、殺戮が続いているのです。

ところで、この言葉は、ブッシュ大統領がイラク攻撃の際に述べたものです。このとき、アメリカは大量破壊兵器がイラクにあると言っていたのに、最後まで発見されなかったですね。その後、米軍による、イラク人への拷問(アブグレイブ刑務所やグアンタナモ収容所の事件)が組織的であり、隠蔽されていたことが発覚し、国際的非難を受け、国内的にも窮地に陥りました。

安保理決議の存在しない他国領域内への軍事攻撃は、多分に国際法違反の恐れがあります。実際、今回のシリアへのミサイル攻撃について、ロシアや中国を初めとして、国際法違反であるとする厳しい非難が米国等に加えられています。他方、ドイツなど他のEU諸国など、軍事攻撃を国際法上正当化できるとする国々も多く、日本でも、安倍首相がいち早く支持を表明しました。

3,国際法というもの

一つの考え方。「化学兵器使用が国際法違反であるから、その使用を阻止することが、軍事的攻撃を伴うとしても国際法上正当化される」。

異なる考え方。「国連憲章の明文規定のない限り、他国領域内への軍事攻撃は、いかなる理由があっても認められないので、国際法違反となる」。

非常に大雑把にいうと、上のような二つの考え方が対立しているのです。確かに、化学兵器、たとえばサリンなんかを軍事上使用すると悲惨な結果を招くので、どのようなことをしても阻止するべきでしょう。今現在及び未来の国際社会において、どの国も、化学兵器を使用してはならないという「法」が必要です。核兵器を持てる国を固定していることと同じです。

しかし、国連憲章が国際社会の憲法なら、どのような場合に他国の領域に軍事的攻撃を加えることが許されるのかを規定している以上、それに違反すべきではないとも言えます。

筆者は、国際関係法を専門とするとはいっても、この問題は国際公法の問題となり、専門分野が少々異なりますので、軽々に結論することは避けます。

そこで、ここでは国際「法」というものについて、私なりに、ちょっと考察しておきたいと思います。

国際法と言っても、完備された一個の国際法典があるという訳ではありません。多くの条約や国際慣習法の中にある諸々のルールの集合であり、そこに含まれる原則やルールそれ自体が矛盾し対立し得るものなのです。むしろ、国際間に存在するルールそれ自体を発見する営みとも言えます。国際「法」の解釈を各国家が行い、その解釈に従い行動することが国家実行と呼ばれます。逆に、今度は、この国家実行を証拠として、その内容の国際法があると主張されることになります。多くの国々の国際「法」解釈が、一定の趨勢をなすようになると、有力な国際法解釈とされ、そこから新たな国際法の形成があったと考えられる場合を生じます。

なんだか外延のはっきりしない、曖昧模糊としたもののように見えます。こんな風にいうと国際法の研究者からはお叱りを受けるかもしれません。ある時点における、国際的趨勢や諸国家の態度を切り取るなら、一定の決まった内容を持ったものとは言えるでしょう。しかし、国際法解釈ないし、国際法そのものが常に流動的であり、次の時点にはその趨勢が移り変わるかもしれないのです。

それでは、国際法なんか存在しないのでしょうか。そのように考える国際政治学者も居ます。しかし、私は、確かに国際法があると考えています。むしろ、国際社会にも「法」があると主張し続けることが重要なのです。そして、その「法」がどのようなものであるかを、解釈し続けるのです。それを止めた途端、国際社会には「法」が無くなってしまいます。

4,安保理の機能不全と国際法の限界

シリア問題について言えば、安保理における大国の拒否権発動により、安保理が機能不全に陥り、なんら有効な決定を下すことができなくなったのです。これを国際法の限界という論調があります。

しかし、米英仏軍の軍事攻撃が国際法に違反するかしないか、シリアが化学兵器を使用したのなら、それが国際法違反かという形で、既に、議論しているのです。そして、各国が各々に、国際「法」があることを前提にして、その内容を解釈し、互いに非難の応酬に至っている。これ自体が、このことこそが国際法の営みなのです。

先の、一つの考え方と、もう一方の考え方の、どちらを採るか、国際社会の考え方が分かれ、国際機関での議論を生じるのです。例えば、ロシアが米英仏軍の行動を国連憲章違反であるとして非難する決議案を安保理に提出し、否決されています。もっとも筆者は、ロシアの反対の結論が正解であるとしているのでもありません。

国際の「法」が確かに存在するじゃないですか?

確かに、シリア問題について、何が法であるか、その結論を出してくれる「裁判所」はありません。しかし、そのような場合にも存在する「法」としてあるのです。

法解釈は営々として続けなければならないとして、戦禍で国土が荒れ放題となっているシリアの人々はどのように救済されるのでしょう? 筆者は何の答えも持ち合わせていません。一刻も早く、その地の人々が平和に暮らせる日が来ることを願います。

よしんば政権側の化学兵器が無くなったとしても、残酷な通常兵器や拷問の嵐がなお止むことがないのです。テレビで放映されたような、子供達が自分たちで撮影したとされるビデオでの訴えは、国際救助隊の出動を心待ちにしているようでした。現在の国際法は、このことを直ちに可能とはしてくれません。

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