国籍の効果と、帰化2018年08月17日 21:31

台風がどこかを進んでいるのでしょう。強い風が吹いて、今日は随分涼しくて、良い心地。前回に続いて、国籍のお話です。

1、タイ洞窟奇跡の救出と国籍?

次のニュースをご存知の方も多いでしょう。

「タイ洞窟、救出の少年ら4人無国籍 付与の手続き進める」(朝日新聞Digital 2018.7.20付け)

「タイ 無国籍者問題に光 洞窟生還4人に付与 なお48万人」(日経新聞電子版朝刊2018.8.17付け)

「タイ洞窟救出の4人は無国籍 移動の自由なく、国内に同情論も」(西日本新聞電子版 2018.7.18付け)

上の三つの記事をまとめてみます。

少年サッカーチームの選手達が雨のため洞窟に閉じ込められ、無事救出されたニュースに、世界中の人々が安心しました。その選手らとコーチの4人が無国籍であったことが判明したのです。

ミャンマーとの国境付近のその地域には多くの無国籍者が居るそうです。朝日新聞の記事によると、タイ国籍法は、前回のブログでお話しした血統主義と生地主義の双方を採用しているので、親がタイ人であるか、タイで生まれた場合に、タイの国籍が与えられます。

しかし、親が出生届出でを怠っていたり、出生証明書が不明確である、タイで生まれた証明ができないなどの理由で、タイの国籍が与えられないことがあるようです。タイ北部山岳地帯の少数民族の中で、50万人近い人々が無国籍であると云います。ミャンマー北東部のいわゆる「黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)」は麻薬密造で有名な地域で、武装勢力とミャンマー国軍との武力衝突もあり、タイに逃れる人々も多いようです。

救出された選手の両親がタイ人でなく、タイで生まれたのでもないのであれば、国籍法上の要件を充たさないので、本来、無国籍者とならざるを得ないはずです。

しかし、タイ政府は、多くの国籍申請者の中で、その4人の手続を優先して国籍を付与しました。タイの報道の中には、国籍取得を決定するのは法の要件であるとして、国籍付与自体は評価しながら、このことに批判的な記事もあったようです。

なぜ、タイ政府が国籍付与の手続を急いだかというと、サッカーのイングランド・プレミアリーグ、マンチェスター・ユナイテッドから招待されていたからです。タイを出国して、イギリスに行くためには、パスポートが必要です。そのために国籍がないと、外国に行けない可能性があり、国内外から同上の声が上がったのです。

日経新聞の記事によると、タイにおいて、国籍の取得により、教育や福祉サービスを受けることが容易になり、国内外への移動の自由が与えられる。しかし、なお多くの無国籍者がタイ国籍の取得を求めており、行政手続の不公平性が浮かび上がったとしています。


2、日本における外国人の地位

(1) 国際法上の国籍

まず、国際法上、国籍がどのように扱われるかについて解説します。

ある国の国籍はその国の国籍法が決定する、と前回のブログで述べました。他の国は、そのことを承認するのが原則です。自国の国籍の取得や喪失についてその国が決定しますが、他の国の国籍の得喪を勝手に決定することはできないし、文句を付けることも原則的にできません。内政干渉になります。

従って、二重国籍や場合によっては三重国籍、逆に、無国籍を生じます。

また、国籍国への入国の自由が認められます。世界に一国だけは、無条件で自由に入国が認められる国がある、それが本国です。

更に、自国民が外国領域内で危難に遭遇した時に、自国民の人権を救済するための措置を講じることができる権利が、その本国に認められます。これが外交保護権です。

(2)国内法上の外国人の地位―公的側面

次に、日本の国内法上、国籍がどのような意味をもつかをみます。

公的な側面と私的な側面に分けて考えると分かりやすいです。

公的な側面は、市民権とよばれることもあります。憲法の保障する基本的人権を外国人も保障されるかという問題です。参政権を含みます。

最高裁マクリーン事件判決(昭和53年10月4日)という有名な判決があります。
これによると、「憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみを対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ・・・」とされているので、原則として、人権保障が及ぶということになります。

しかし、制限される権利もあるわけで、その「性質上日本国民のみを対象としていると解されるもの」が何かが重要です。

その一が、参政権です。現在のところ、選挙権と被選挙権の双方について、国政及び地方の参政権が外国人には認められていません。憲法が、日本国の主権は国民に存するという国民主権の原理に拠っていることから、主権の主たる作用である参政権は、日本国籍を持たない人には認められないとされています。もっとも、地方参政権については議論があります。

また、公務就任権といって、公権力を行使することになる公務員になる権利を制限されます。更に、入国の自由を制限されます。これは出入国管理法が規定しています。

現在、わが国の社会保障制度において、国籍によって受給資格を制限することが、ほとんどなくなっていますが、かつては児童手当、児童扶養手当などの社会手当三法、国民年金法、国民保険法上、国籍要件がありました。外国人にはこれらの給付が認められず、国民年金や国民健康保険への加入もできない時代がありました。

民間企業に勤める場合、雇用保険や労災、企業年金、社会保険については、その企業と労働者が原資を提供するものですから、当時から、そもそも内外人の差別はありません。

従って、自営業者は、例えば、公的な健康保険制度にも加入できないということです。私保険以外に、病気になったときの保障がないことになります。そう裕福ではない外国人がわが国に定住している場合、将来の生活保障もないし、日本はとっても住みにくい国だったでしょう。

しかし、ILO102号条約(社会保障の最低基準に関する条約)(1976)、国際人権規約(社会権規約)(1979)、難民の地位に関する条約(1981)、の各条約をわが国が括弧書きの年に批准し、これら諸条約が社会保障制度の内外人平等を規定しているので、これに併せて、上の諸法にあった国籍要件を撤廃したのです。

なお、本論から外れますが、私の疑問は、社会保障制度の平等があるべきなら、わが国が条約に加入したので、条約に反すると国際法違反となるから国内法を改正するという以前に、条約に無関係に、社会保障に関する内外人平等を実現できたはずではないか、ということです。

健康で文化的な最低限度の生活を保障する生存権については、わが国の最高裁判決によって、外国人については立法府に広い裁量が認められています。限られた財政の中で、日本人を優先することも有り得るということです。

もっとも、わが国の行政実務において、生活保護について外国人も日本人と同様の条件で給付が行われているようです。争われているのは不法滞在者への生活保護給付があるべきかという点です。これを否定しても憲法違反の問題を生じないといのが判例だということになります。従って、行き倒れの(特に不法滞在の)外国人を救済すると、そのための医療費等支出しても、その人からは返してもらえないことになりそうです。

これについても、わが国に暮らす外国人一般に税金納付の義務があるので、社会権についても「外国人」に対する不平等が不当であるとする見解もあります。

(3)国内法上の外国人の地位―私的側面

私法上認められる個人の権利を「私権」と呼びます。わが国の民法3条には、次の様に規定されています。

1項 私権の享有は、出生に始まる。
2項 外国人は、法令又は条約の規定により禁止される場合を除き、私権を享有する。

すなわち、人は生まれると権利を享有することのできる存在となるということで、ここにその根拠となる法規定があります。外国人についても、憲法の範囲内で、権利を享受できることになります。

ここでも法令により外国人の権利制限が可能とされています。

例えば、外国人の鉱業権、漁業権、船舶・航空機の登録が制限されています。
なお、外国人の土地所有について現在わが国の法令上制限がありません。しかし、大正14年にできた外国人土地法という法律がまだ廃止されておらず、土地所有の制限が可能であるとする法自体は存在するのですが、そのために必要な政令が施行されていません。

更に、法人の私権については、民法35条2項が規定しています。

「外国法人は、日本において成立する同種の法人と同一の私権を有する。ただし、外国人が享有することのできない権利及び法律又は条約中に特別の規定がある権利については、この限りでない」。

外国企業の権利についても内外人平等が原則です。

しかし、外国企業がわが国で事業を行うときに、多様な制限が課されることがあります。上に述べた制限等のほかに、例えば、サービス貿易を行う外国企業による事業に対して多くの制限を設けています。

例えば、電気通信会社や放送会社については、外国人の持株比率が制限されています。外国企業が外国政府と結び付き、わが国の電気通信事業を支配したり、テレビ・ラジオ放送において宣伝することが、国の安全保障に関わると考えられているからです。このことは、外国為替及び外国貿易法に規定されています。

国際法であるWTOはわが国が加入している多国間条約ですが、サービス貿易については、WTO協定の一つであるGATSにおいて、内国民待遇が一般的な義務とされていません。内国民待遇というのは、内国企業と外国企業を差別しないという原則です。GATSでは、加盟している国が自由化を約束する項目をリストに載せて、これに拘束されるという方式を採ります。自由化を約束するか否か、何をどの程度約束するかも、その国が自由に決定できるのです。しかし、約束した以上は、WTO上それに義務付けられます。

そこで、電気通信事業や放送事業について、わが国が法令に規定する限度で自由化を約束しておけるのです。


以上、国籍には様々な法的効果が存在します。


3、帰化

外国人が日本に住む場合、上のような権利制限を被ることになります。

帰化というのは、後天的にある国の国籍をその意思に従い取得することです。外国人が日本国に帰化することももちろん可能です。多くの芸能人やスポーツ選手で帰化した人達が活躍していますね。

帰化の条件が国籍法5条等に規定されています。

①5年以上日本に居住していること、②年齢20才以上で行為能力があること、③素行が善良であること、④生計を営むことができること、及び⑤従来の国籍放棄義務等です。

なお、もともとの国籍を放棄する義務については、本人が真摯に努力しても、その国が国籍を放棄させてくれない場合に、法務大臣が帰化を認めることができます(5条2項)。

法的に言うと、帰化による国籍付与は、法務大臣の許可処分に係ります。しかも、羈束行為ではなく、自由裁量行為です。従って、国籍法5条の条件を満たしたとしても、帰化の申請を行った者の権利として帰化が認められるということになりません。条件を充足しても、法務大臣が、理由は必要ですが自由に拒否できるのです。帰化を拒絶された場合、裁判所に訴えることができると解されるようになりましたが、法務大臣の決定を覆すことは極めて難しいのです。

素行条件や生計条件に関して、法務省のお役人が、申請者の生活状況をその住居において検分する実務があります。そのときに、「靴を脱いで家に上がる」、「日本語ができる」などを確認していたようです。随分ハードルが高いことが伺えます。

日本文化・伝統への定着、同化を帰化に優先させるべきかについては、私は反対です。国籍は法的な権利義務の基準に過ぎないと考えると、刑事犯罪等に問われていない、定職があり一定の収入要件を充たす、ことで足りると解するべきです。わが国に暮らす外国人が帰化を希望するなら、公的生活においてわが国に組み込まれることで、わが国社会への同化は自然に促されるでしょう。

国籍放棄義務とともに、法務大臣の自由裁量に係る許可処分であることが、在日外国人にとって、わが国に生まれ育った3世4世であっても、帰化を躊躇させる要因となっています。相当の時間を要する、随分面倒な手続きなのです。

以下、立法論です。

私は、帰化を一層、容易化することが望ましいと考えます。そのために、帰化の際の国籍放棄義務の廃止、二重国籍の容認、権利帰化と手続の簡易化などの方策が有り得ます。

なお、帰化ではありませんが、生地主義の範囲を拡大することも国民の範囲を増加させる手段となります。ちなみに、アメリカやオーストラリアなどの移民受入国に生地主義が多いのは、その国民を増加させる必要があったからです。

わが国が一定程度、移民を受け入れる時代になれば、国民と外国人の共同体が対立するような事態を避け、社会統合が適切になされるために、外国人がその意思を有するなら、条件を満たす限り国籍を与えて、公的生活において平等に扱い、特に参政権を与えて、社会的決定に参加させる必要があると思います。

自分たちの住む国の構成員として、その社会をより良くすることを真剣に考えるために必要なことです。

しかし、帰化の容易化と二重国籍の容認が実現されるとして、その場合に国籍の取得により完全な市民権を一挙に取得すると考える必要もないでしょう。例えば、居住年数に従い一定の市民権について留保されるとか、二重国籍者については国政の被選挙権がないなど、居住年数や他国の国籍放棄などの条件を充足するにつれて獲得する権利が増えてゆき、最終的に完全な市民権を取得するというような制度設計も可能なのではないでしょうか?

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