思いが重なるその前に・・・国際法と国内法2019年03月02日 23:57

今日は、国際法と国内法の関係について、考えてみます。

最近、日本が韓国の国家としての行動を国際法違反であるとして非難することが増えています。

元徴用工の賠償請求事件では、同じ条件下の原告が日本企業を訴える日本での裁判で過去に敗訴していたのですが、韓国国内の裁判で損害賠償を認められました。韓国政府は韓国国内の三権分立により、政府は司法の判断を蔑ろには出来ないということを、日本政府が理解すべきだとしています。韓国裁判所が韓国憲法に従い判断したことを、政府として尊重しなければならないとするのです。日本政府は、このような韓国の国家としての行動が、行政府にせよ、司法府にせよ、日韓請求権協定という国際法(二国間条約)違反であるとして非難しています。

また、先日の報道によると、韓国の外務大臣が国連人権理事会において、慰安婦問題に言及し、紛争下性暴力の問題というトピカルなキーワードを持ち出し、日本が個人の救済という観点から行動するべきだと、批判しました。元徴用工裁判と慰安婦問題は、問題の性質が若干異なりますが、これに対しても、日本は、日韓の政府間における慰安婦問題の合意を、韓国が一方的に破棄したものであり、韓国政府が誠実に履行するべきだとしています。


国際法と国内法の関係といっても、いつものように随分遠回りをします。法学的な緻密な議論というのではなく、多分に感覚的な、イメージのお話しをしたいと思います。中々、法の話になりません。いうなれば私小説的法学? ファンタジーです。
ちょっとお付き合い下さい。

私は生きています。 ??? (ここから始まります。)

私たちの体、人間の体は、一個の器官系として、自律的に意味ある行動を行います。
歩いたり、走ったり、物を持ち上げたり、下ろしたり、食べて、飲んで。
寝て、起きて・・・。
ひとりの人間として、生きるために必要な営みを行っています。
人の器官は、幾つかの臓器から成ります。
臓器は、無数の細胞の塊です。
一個一個の細胞は、それぞれが、自律的に活動しています。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)という日本の宇宙開発を担う政府機関が、小惑星探査機はやぶさ2号によって、小惑星リュウグウの表面にある物質の採集に成功したという報道がありましたね。来年、地球に帰還する予定だそうです。地球誕生の秘密に迫ることが期待されています。また、生命の起源となる有機物の採集にも成功しているかもしれないのです。(話が逸れた!!!)

小惑星探査機はやぶさ2プロジェクト特設サイト
http://fanfun.jaxa.jp/countdown/hayabusa2/overview.html#1993ju3

地球がどのように誕生したかについては、諸説あるようです。私は宇宙物理学者でも、地学の研究者でもないのですが、このお話はとてもロマンチックに感じます。とにかく無機物(鉱物?)の塊であった地球に雨が降り、海が誕生したところから、生命も始まるとされています。無機物の組合せにより、有機物が生まれ、何らかの要因に基づく必然と偶然により、一個の生命体が誕生したのです。それは、生物体を構成するような小さな一個の細胞のような存在だったのです。裸の細胞が、やがて結合しつつ、もう少し大きな生物へと進化した。これが、現在、地球上にある全ての動植物の起源となります。

だから、地球上の全ての生物が、花や木、昆虫や、は虫類や哺乳類など、根本的な構造と機能が同一の細胞の集積として存在するのです。地球上の無機物から、有機物が生まれ、やがて生命体が誕生したので、地球上にある、ありとあらゆる存在が、限りある元素の幾通りかの組合せであり、すべての生物の基本構造が細胞としては同一なのです。神秘的で、何かとても不思議な感じがします。

人はとても複雑な生物です。10の器官系から成ります。ここら辺、インターネットからの請け売りです。骨格系、筋系、循環器系、呼吸器系、消化器系、泌尿器系、生殖器系、内分泌系、脳神経系、感覚器系です。(まだです!!!)

例えば消化器と言えば、胃、小腸、大腸・・・などの多くの臓器からなります。
この臓器達は、私たちが意識するとしないとに関わらず、生きるために必要な活動を行います。ものを食べると、胃が収縮運動をして消化の活動が始まります。私が、胃に、収縮せよとか、消化液を分泌せよなどと、命じる必要はありません。

循環器に属する心臓もそうですよね。いちいち動けと言わないといけないと大変です。

臓器は、私たちの意識とは関係がないかのように、各々自律的に活動しています。

歩いたり、走ったり、運動するときは、一見、私たちの意識に従い、骨格系や筋系が連動して、その命令に従って動いているようです。しかし、これも、視覚、聴覚、皮膚感覚など、これを司る器官から受容した刺激を脳に伝達し、他方、脳から、神経系を通じて、特定の物質が神経細胞間に伝えられて、その相互の情報交換によって骨や筋肉を活動させるのです。

人の体は、各臓器から分泌されるホルモン等の特定物質の相互的なやり取りによって、私たちの生命活動にとって意味のある、統一的な活動を行うことができる、一個の複雑系なのです。

意識というのは、私たちの脳のどこかの部位によって生み出され、どこかの部位に蓄積される情報が、どこかに引き出され、新たな情報として組み合わされ、また新しいものとして生み出される繰り返しだとすると、脳という臓器そのものとは異なります。

これらの一切が、時折、不具合も生じさせながら、しかし、とにかく統一されているのです。

人の臓器は、多様な細胞の集積です。地球の最初の海で誕生した一個の細胞と同種の、これから進化した細胞の集積です。それぞれの細胞は、自分が生きるために、自律的に活動しています。誰に命じられるわけでもなく生命活動を営んでいるのです。一個一個の細胞が、必要な栄養となる物質を取り込み、老廃物を排斥しています。

心臓の心膜や心臓弁や心筋がそれを形成する細胞の塊であり、脳という臓器も、脳細胞や脳神経細胞や、人の体のすべてが、自律的に生命活動を営む一個一個の細胞の塊です。

繰り返しますが、人は、自律的に活動する個々の細胞の集合として理解でき、各細胞ないし器官による、ホルモンなどの物質の規則性をもったやり取りにより、少なくとも人という生物として、生命活動を営んでいるのです。

漸く、国際社会とこれを構成する各国家の関係についてです。

人の体を構成する細胞を国とすると、国は、その生命のために、一定の法則に従い活動しています。そして、ひとりの人の体の全体集合は、細胞間の特定物質やホルモンのやり取り、これが規則性を持ったものであり、その規則に従ってこそ、意味のある統一的な生命体として生命を維持することができます。この人の体としての全体集合が、国の集合である国際社会なのです。

国際法と国内法の関係に関する考え方として、国際法優位の一元論と国内法優位の一元論の争いがあります。国際法一元論は、まず国際法があり、その授権により、国内法が効力を有し得るとするのですし、国内法一元論を私流に表現すると、各国家の実行の集積を単に国際法と呼ぶので、まず国内法が存在し、国際法とは各国がそれを法として承認して始めて存在し得るのである。もっと言ってしまえば国際法というのは単なる幻想に過ぎないという政治学立場もこれに属するかもしれません。

極論すれば、鶏が先か、卵が先かの議論であり無用だとも思えます。もっとも現在、わが国の国際法学説上は、国際法と国内法の二元論的理解が多数のようで、国際法は国際の場において、国内法は国内の場において、それぞれ至高の存在であるとします。各国の行動がその国の国内法に従う限り、国際法に違反するとしても、直ちに無効であるとはされません。国内的には完全に合法だからです。ただ、両者は無関連では有り得ず、国内的に調整の契機が存在すると説明しています。

国際法というのが、ある時代の、その国際社会の条件を前提として成立する、各国の国家実行(ないし国際機関の行為)の趨勢であるとして、動態的にこれを捉えることもできるでしょう。各国の国家実行に法則性が生じるのです。これが各国にとって、「法」であり、遵守しなければならないと認識されることがあるのです。法的確信などと呼ばれます。

多くの国にとって国家間の「法」であるべきルールに、ある国が反するとすると、他国がこぞって批判を始めます。国際法に反するとして、国際的な批判にさらされるのです。国際法と言っても、二国間条約、多国間条約、国際慣習法と、法の存在形式が異なるので、法としての実施方法も一概には言えません。ルールの形が明文であり、その意義が相当程度に明確であるものから、不文であるものまで有り得るのだからですし、多国間条約の中には、それ自体の実施方法を規定するものもあるのです。また、場合によると、国連の制裁決議の下で、世界の国々による経済制裁を被ることがあるでしょう。しかし、最も重要な強制の契機の一つが国際的批判であることは疑いがありません。

ある国の国家としての行動はその国内法に従い遂行されます。その国は、国際法に抵触する可能性があると考えるなら、その行動が国際法に反しないものであると主張するでしょう。国際的批判を回避する必要があるからです。国際法も法として解釈の対象となります。

一国の憲法は相矛盾するかもしれない複数の法原則から成り、どのような政府の決定も、そのような法原則の組合せによる憲法解釈により、合憲であると説明されるでしょう。同じように、ある国の行動が、複数の国際法原則の組合せによる国際法解釈に従い、国際法に違反しないとする説明が可能となります。解釈者の立場や解釈態度により、主観的な国際法解釈と客観的な国際法解釈が有り得るとすると、国際裁判所や国際法学者が行う中立的で公平な規範的態度に基づき解釈するものが客観的国際法解釈です。幾つかの既存の国際法原則を特定し、多くの国の国家実行の趨勢を確定します。もっとも、これすら複数の解釈が可能とはなり得ます。

ここで、人と、人体の細胞との関係に戻ります。人を国際社会とし、その人体の細胞を国とすると、各国は、細胞のように自律的にのみ、それ自身の生命活動として行動します。国際社会は、単にその集合体であり、しかし、一個の人として、器官系により、また単体として、お互いに情報をやり取りしながら、全体として意味ある機能を遂行しているとみることができます。各細胞の生命維持がその規則に従い行い得るように、国家にとって国内法が存在し、細胞間の情報のやり取りにみられる法則性が、人としての生命活動に必須であるように、国際社会にとって国際法が存在します。

各細胞間、器官や系の間で、その情報の解釈の対立を生じると、その人は病気になるかもしれません。国際社会も同様なのです。通常はルーティンの解釈で済むのですが、ときとして、困難な条件を生じ、解釈の抵触が生まれるのです。人が生きていくためには、そのような解釈の対立は解消されなければなりません。予定調和として対立の解消が必然なのです。半自動的に、その調整が行われるはずです。そうしないと、細胞が死滅し、人の生命が途切れるように、人類が滅亡し、国際社会も無くなります。

・・・!

そういえば、人は死ぬ生き物でした?


目の前にいる恋人が死の病に取り憑かれています。
ただ見ているだけで、何もできません。
もう僕にはできることがない。
もう僕の事も分からなくなる。

遠くを見つめるあの人を
見ているだけで....
見ているだけで....

そっと手を取って
その手を握れば
柔らかな掌
血管の浮き出た
柔らかな 手のひら
温もりを感じ
温もりが伝わる

静かに思いが
重なる

思いが重なる
その前に....

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://shosuke.asablo.jp/blog/2019/03/02/9042699/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。