国際的格差と自由貿易2019年09月30日 02:44

先日、国際連合総会でなされた安倍総理の演説で、日本が自由貿易の旗手であり続けることを宣明し、自由貿易主義が国際的格差の是正に貢献することに言及されました。今日のブログは、この問題を扱います。結論からお話しすると、筆者は、この考え方に賛成します。

国際的格差是正と自由貿易

国際的格差

世界の最富裕国から最貧国まで、どの程度の 経済格差があるのでしょう。国際機関が 公表している統計に従い比較してみます。IMF(国際通貨基金)の統計によると、2018年の国別GDPの上位3カ国はアメリカ、中国、日本で、アメリカ約20兆5000億USドル、中国が約13兆4000億USドル、日本が約4兆9800億USドルです。最下位までの3カ国が191位キリバス約19億USドル、192位ナウル約12億USドル、193位ツバル約4億5000万USドル です。

また、世界銀行の統計によると、2018年の国別購買力平価(PPP)一人当たりGNI(国民総所得)で、上位三カ国がカタール、マカオ、シンガポールであり、1位のカタールが124,130ドルです。ちなみに、2017年の統計で、日本が40,343.1ドル、アメリカが55,350.5ドルです。GNI(国民総所得)というのは、GDPに海外からの所得の純受取額を反映させた指標です。今日、外国に投資をしたり、金融資産を保有することが特に先進国では一般的です。外国に保有する富を反映させないと、正確に経済力の比較をすることができません。為替レートの影響を受けないように調整して、GNIを各国の人口で割ったものが一人当たりの購買力平価です。下位の三国がコンゴ民主共和国、中央アフリカ、ブルンジのアフリカの 国々です。最下位であるブルンジが688.8ドル(2016年)となっています。1ドルが110円として、大雑把に換算すると、日本人の年間購買力の平均が4,43万7,741円であるのに対して、ブルンジの国民は7万5,768円ということになります。一月6,314円で生活している計算になります。

世界全体のGDPの約8割がG20参加国に集中し、約5割をG7参加国が占めます。(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46490200U9A620C1000000/)世界における富の偏在は明らかです。

国際機関における各国の投票権はどの国も平等に一国一票であることが原則ですが、IMFだけは異なります。IMFには、多様な役割がありますが、重要な役割の一つが国家のための銀行となる国際機関であることです。各国が拠出した資金をプールしておき、国際収支に問題を生じたときに加盟国が資金を引き出すことができます。経済が行き詰まって国の債務が返済不能となる国家破産の場合に、国や国際機関及び民間の債権者と債務者である国とを仲介して、債務の免除や繰延べを行わせたり、巨額の資金を貸し付けたりします。このIMFの投票権は、拠出した資金量に応じて各国に割り当てられています。IMFのホームページをみると(IMF Members' Quotas and Voting Power, and IMF Board of Governors,Last Updated: September 29, 2019, https://www.imf.org/external/np/sec/memdir/members.aspx)、現在の所、アメリカが17.46%で一番議決権の割合が大きく、日本は6.48%、中国が6.41%です。今のところ、日本が2番目ですが、出資割当ての見直しが始まっており、国の経済規模を反映するので、中国に抜かれそうな情勢となっています。前述したブルンジは、0.03%、南太平洋の小国ツバルの議決権が最も小さく、0.001%です。189カ国が加盟するIMFの全議決権を100%としたときの割合です。

IMFの重要事項がこの議決権に従って決定されるのです。従って、アメリカと出資割当ての大きな先進国である西欧諸国が合意に到れば、IMFを自由にコントロールすることができます。もっとも、最近では中国など新興国の出資割当てが増額される傾向にあるので、将来的にはこの構図にも変化がもたらされるかもしれません。このような議決権の配分はIMFの特徴です。国際機関の決定方法は一般にコンセンサス方式によります。全員一致でのみ可決されるという方法です。 独立した主権国家は平等ですから、これが原則となります。この方法の場合、加盟国のいずれか1カ国が反対票を投ずれば、その議題が否決されるということになるので、加盟する全ての国に拒否権があることになります。国際会議が容易に合意に至らず、空中分解するか、曖昧な玉虫色の解決しか生み出せない原因の一つです。

WTOもそうです。総会で決定される重要事項について、全ての加盟国に拒否権があります。現在、アメリカが反対するので、上級委員会委員を任命することができない状態が続いています。WTO紛争解決手続きの上訴審に当たる上級員会が機能不全に陥る危機にあります。

しかし、WTO全加盟国を構成員とする紛争解決機関の決定はネガティヴ・コンセンサス方式によります。ネガティヴ・コンセンサス方式というのは、全参加者が反対しない限り否決にならないという方法です。そのため、WTOの紛争解決手続きでは、法の専門家の集まりであるパネルや上級委員会の前で、WTO諸協定の国際法としての解釈が争われ、当事国のWTO協定違反が認定され是正勧告が出されると、全加盟国で構成されるWTO紛争解決機関を自動的に通過することになります。ネガティヴ・コンセンサスによるので、いずれか一国でも賛成すれば可決されるのであり、少なくともパネルや上級委員会で勝訴した国は賛成するからです。

1995年にWTOが成立する以前のGATT時代には、GATTを巡る国際紛争は外交交渉に 基づく政治的解決に委ねられたのですが、WTO以降は、限界が指摘されるとしても、法に基づく司法的解決に移行したと言われます。法の下では、大国も小国も平等です。政治的解決であれば、アメリカが負けることがありません。しかし、WTO紛争解決手続きでは、小国がアメリカに勝訴することが実際にあるのです。


反グローバリズムとWTO

現在の国際社会では、ヒトやモノの移動手段である航空機や、情報の伝達手段であるインターネット通信が、テクノロジーの発展により、ますます高速、大容量化を遂げ、グローバル化が更に加速しています。ヒト・モノ・カネが自由に国境を越えます。行きすぎた側面があるとも指摘されることがあります。

ヒトの移動について言えば、生活水準の低い国々から、開発先進国に移民や出稼ぎ労働者が自由に移動したEUのような地域では、不況下にその弊害が現れ、反移民運動を生じ、社会の分断を招きました。無軌道な移民受け入れ政策が失敗したということでしょうが、大局的にみれば、域内の開発途上国の貧困を構成国が全体として引き受けつつ、EU全体としての経済発展と、全体としてのEU市民の生活向上には通じたとは言えそうです。反移民運動について言えば、未だに国境を中心とした発想に囚われている人々が民族主義の郷愁に浸っているようにも思われます。しかし、受入国社会の激変を緩和する措置を設けることを怠り、受入国の移民の同化政策が失敗した、ないし無策に近く、周囲から社会的心理的に隔絶した 移民集団を作り出したことに問題があったのではないでしょうか。

金融の側面では、ジョージ・ソロス氏の率いる著名な投資ファンドが、一つの私企業でありながら、投機的な投資によって、イングランド銀行を潰したとか、あるいはタイを国家破産に追い込んだことは有名です。また、タックスヘイブンに逃避する先進国富裕層の資金やマネーロンダリング、多国籍企業の租税回避が問題とされます。「カネ」が、貨幣のような物理的存在を止めて純粋に価値として流通する場合、これを規制することがそもそも困難であるとも言えそうです。国際金融の暴走も、本を正せば、ロンドンのシティーを国際金融の中心地として、その地位を確固たるものとしようとしたイギリスが域外通貨のオフショア取引を無規制に置いたことや、スイスなどの銀行法が、自国の権益を重視して守秘義務を絶対視したことに端を発しているのです。グローバル化の弊害というよりも、行き過ぎた一国中心主義の弊害であり、現在の国際社会が適切な法規制を作るための努力を行なっている最中なのです。国境を越えて自由に飛び回るカネに対する法規制を一国で行うとしても限界があり、ほとんど無意味なのです。そのための国際協調の仕組みが是が非とも必要とされます。

最後に、モノの自由移動に関わる自由貿易主義の「弊害」について、考えてみましょう。

グローバル化が進み、どの国も自国産品を輸出して大きな利益を挙げることができるようになりました。すると、その国の主食である作物を輸出に回して、主食が国内的に欠乏してしまったアフリカの国があります。しかし、他方で、自由貿易主義の恩恵を被ることで、開発途上国を脱して新興国として経済発展を遂げる国々も多数あらわれました。例えば、インドやタイがそうです。インドは大英帝国の植民地とされた時代が長く、プランテーション農法の後遺症に苦しめられてきた国の代表格でしょう。ところがインドが目覚ましい経済発展を遂げて、極貧の生活を免れる市民も増えていることを、我々日本人も良く知っていますね。筆者が中学や高校で学んだ頃の地理の教科書には、タイが、その南国風の「鷹揚な」国民性も相まって、進出した日本企業が困惑しており、工業化が困難な国であると記述されていました。メコン川流域には日本の工業製品のサプラチェーンの一大拠点が広がっています。不見識である筆者の教科書的知識からは、未来永劫工業化の不可能な国であったはずのタイは、メコン川流域サプラチェーンの中心地となり、経済開発が成功したのです。

そして、WTOが特恵関税や義務免除などの途上国有利な仕組みを備え、運用上も先進国には厳格に、途上国には寛容に行うというダブルスタンダードが存在するとされます。公正な自由競争の下でこそ、世界市場において資源を適切に配分することが可能となり、国際社会が全体として利益を最大にして、加盟国の全てが恩恵に与るというのが、WTOの根本的理念である自由貿易主義です。

そして、WTOのフォーラムでは、多様な価値が争われます。例えば、国際経済法の規制のあり方を巡って先進国対途上国の南北問題を生じます。これまでの多角的関税交渉は、先進国に一方的に有利であったとして、途上国側の不満が高まり、新興国との三つ巴の争いとなりました。それが現時点で、WTO交渉が行き詰まっている最大の原因なのです。しかし、このことは裏を返せば、新興国、途上国に発言権があり、その意向も反映され得ることを示しているのではないでしょうか。

自由貿易主義に関するWTOのみならず、多様な価値を扱う国際的レジームが複数存在します。労働規制に関するILO(国際労働機関)や環境規制や生物多様性保護に関わる国際協調の仕組みがあります。例えば、国際的な労働法規制を遵守しない国、企業からの輸入を
規制することが認められるべき場合があり得ます。児童労働や過酷な労働環境を放置することで安価に製造等できるとしても、そのような産品の輸入制限をWTO協定に盛り込むことが可能かということが争われています。希少動物保護のための手段を尽くしていない国の産品の輸入を規制することが、生物多様性の保護の要請に適うとしても、少なくとも一見すると自由貿易主義に反します。しかし、WTOのフォーラムは、これらの多様な価値を衡量する、少なくとも一個の場として機能し得るのです。ただ一途に、モノの自由移動という物理的態様を保護するものでないということは確かです。WTOが他の国際的レジームとも協調しつつ、これらの国際的価値の実現に一定の役割を果たすことが可能です。

一時、グローバル化の弊害を助長し、あるいはその親玉のような存在として、反グローバリズム運動の側から、WTOが目の敵にされていたことがあります。そこで、今一度、先にお話をした、経済紛争を司法的に解決する枠組みを作ったということがいかに重要であるかを確認しておきます。多分に政治から法へと、紛争解決の源を移行させることで、国際経済社会を弱肉強食の世界から救い、法の支配の下、小よく大を制することを可能とした功績が大きいのです。

そして、GATT=WTOの下で、世界の隅々まで経済発展の波が及びつつあることを忘れてはならないでしょう。

次回の更新は、10月12日ごろを予定しています。

日本の措置、韓国の措置-国際法上の対抗措置?2019年09月16日 19:39

先日、久しぶりに奥道後温泉に行ってきました。30度を超える暑さの中、山登りの坂道を、自転車で登って行きます。汗をかいた後、馴染みの蕎麦屋でそばとそば焼酎を食し、ゆっくりと温泉に浸かります。少々のぼせ気味に、帰りは坂を下るのです。

さて、

韓国の日韓請求権協定の違反に対する、日本の輸出規制厳格化措置と、これに対抗する韓国の措置が発動される見込みです。今日は、この問題を国際社会における法の支配の観点から、考えてみます。


1,自力救済の禁止と適正手続=法の支配

次の二つの例を考えてください。

貴方が他人にお金を貸しているとします。しかし、返済期限が来ているのに返してくれません。貴方はどうしますか?貴方がお金を返してもらうために、その人の家に行ったのですが留守だったので、開いていた玄関から家に入って、中に置いてあったお金を取ったとします。貸したお金を返してもらっただけだから良いはずだと、思うかもしれません。

貴方が所有している家を人に貸していたのですが、家賃を払ってくれません。家を明け渡すように要求したのですが、出て行ってくれません。その人が留守の間に合鍵を使って家に入り、家財道具一式を玄関前に置いておきました。自分の家であるし、家賃を払わないのだから、構わないと思うかもしれません。

しかし、日本の法によると、いずれも罪に問われる可能性があります。最初の例は窃盗罪、後の例は住居侵入罪に該当します。

貴方には、貸金を返してもらう権利があるし、家賃を請求し、払わないなら賃貸借契約を止める(解除する)と要求する権利があります。法に認められた権利があります。暴力などによって自分自身で権利を実現することを、自力救済と呼びますが、わが国の法は自力救済を原則として許しません。

まず、金銭消費貸借契約を締結したので、貸金を返済してもらう権利を有し、相手方はこれに対応する法的な義務を有します。また、不動産賃貸借契約上の、家賃を支払ってもらう権利を有し、相手方は、これに対応する法的な義務を有します。自分の家として所有権を主張することもできます。

このことを認める法があるので、国民・市民は、自分の権利を他人に主張し、金を返すように要求したり、家賃を払うように、また家を明け渡すように要求することができます。もしも、他人が自発的に義務を履行し、権利実現に協力しないなら、裁判に訴えて、その権利を実現してもらえます。裁判所が法によって認められた権利を強制的に実現してくれるのです。わが国の法は、この方法以外には、実力で自分の権利を実現することを認めないという立場を取っています。

法がないとすれば、何らかの(法によらない)権利があるとしても、その実現は、暴力を含む自分の力によって図ることになります。弱肉強食のその社会では、常に力の大きなものが得をしますが、力の無い者は泣き寝入りをするしかありません。

その社会に法が誕生すると、法の認めた権利も、社会の構成員の実力によって実現させるのではなく、自力救済を禁止して、法を実施する権力機関にその実現を委ねるようになります。その方が、その社会において、人々が安心して生活を送ることができ、構成員の生存、ひいてその社会の存続にとって有利だからです。

その社会が国であると、そこに暮らす国民・市民は、自分で権利を実現するのではなく、そのことを国家機関に委ね、その権力に従うこととするのです。法を定立し、裁判所という権力機関にその実現を委ねるのです。

民主的国家を前提すると、民主主義の手続きに従い法を作り、法に定められた手続きに従い、法=権利が実現されるのです。これを適正手続の原則と呼び、わが国のような法治国家において、法の支配が達成されます。

日本のような国であれば、選挙で選ばれた議員によって、議会で法が作られ、その法を行政府と裁判所が適用し、執行します。国民は選挙で選んだ自分たちの代表の作った法なので、その法に服します。


2,国際社会と法

輸出規制を巡る日韓の主張が食い違っています。どちらも国際法を遵守すべきであるとして譲りません。いずれの国も国際社会に法が存在するということを前提にしています。

しかし、国際社会に法は存在するのでしょうか。国際社会の構成員は国です。国際社会の法は、あるとすれば原則として国を拘束するものです。国と国との約束である条約は、まるで契約のように当事国を拘束するものでなければなりません。そうでなければ条約など締結した意味が無くなるでしょう。条約がもっとも分かりやすい国際法でしょう。条約には2つの国が当事国となり各々の国のみを義務付ける二国間条約と、複数の加盟国が締結する多国間条約とがあります。後者は、加盟国全てにっとっての法となります。前者の例が日米安保条約や日韓基本条約などで、後者の例が国連憲章やWTOなどです。

この他に国際慣習法という形の国際法があります。条約には明文規定が存在します。法としてのテキストがあるので、法の存在が明白に感じられます。しかし、国際慣習法は、それを明文化したとされる条約がありますが、それ以前には国家実行によってその法としての存在を確認する必要があるものです。

国際「法」は存在するのか? 実はこのことから既に大問題となります。国際法の授業では最初に、国際法も法であるという命題から始まります。それが法であるためには、各国がそれを法として遵守するべきであるとする法的確信がなければならない、とされます。大雑把に言ってしまうと、あるルールを法として守っていると考えられるような国の行動がある場合に、それが各国の実行の趨勢であるとされると、そのルールが国際法であると認められるということです。少し言い換えると、多くの国が、そのルールが法であることを前提として行動している場合にそのルールを国際法と呼ぶのです。

国際司法裁判所のような国際的裁判所が判決によって、その認識を行う場合もあれば、国連決議のような形で国際機関によってその特定が試みられる場合があります。国際裁判所の判決や国連決議のある場合は、比較的、国際法の認識が容易になし得る例であると言えます。

アメリカの国際政治学に、国際的リアリズムという思潮があります。国際社会には法など存在しないというのです。現実の国際社会は国際的な政治力学において規定されており、ある国が法的に義務付けられるという意味で「法」など存在しないとします。政治学のことは良く分からないのですが、知人である日本の国際政治学者が、国際社会にレジームは存在すると言えても、それを法とは言い難いなんて言うのを聞いたことがあります。

この辺り相当難しい話になりそうなので、深入りはしません。一言しておくと、アメリカも、「裁判所」は国際法の尊重義務を言いますので、法の存在を自明とするようです。

国際法と言っても、一般的、抽象的な複数の法原則とされるものが、ときとして相互に対立することがあります。そして、国際紛争が生じると、どの国も自国の対立する主張を、依拠する国際法の法原則により理由付けることが通常です。互いに相手国が国際法に違反していると主張することも有り得ます。非難の応酬に陥ると、容易に解決できないし、結局、政治・経済的な力関係によって決着が着くことも多いでしょう。

国内法と同じ意味で、全ての構成員の服する法を作ることのできる一個の立法機関が存在し、強制管轄に服する裁判機関により、統一的に法の認識と解釈が行われるということがありません。国際紛争が法的紛争の形をとるとき、いずれの国がどれだけ多くの国を巻き込むことができるかを、そうして自国が一層多く支持されることを競うのです。また、ある国の行動が国際法に違反するとして、国際的に非難が集まったとしても、その国が国際法に違反していないと反論を継続し、国内的に国際的非難を無視することも完全に可能です。

もっとも近時の国際法の発展を踏まえて、条約の国内的実施のための多様な方途が存在し得ることは付言して起きますし、国連決議に基づくような集団的な経済制裁がなされることもあります。しかし、いずれにせよ、国内法的な意味で国際法が存在し、機能しているとは到底言えません。

しかし、だからと言って国際社会に法が存在しないと短絡的に述べることもできないでしょう。まず、最初に述べた二国間条約や多国間条約が存在し、明確なルールが規定されていれば、当事国、加盟国はそれを法として受入れ、法であることを前提として行動しています。また、国際慣習法とされる法原則も、多くの国が法であることを前提としている場合が有ります。だからこそ、自国の行動を国際「法」の何らかの法原則に基づき正当化しているのです。

私自身は、国際間の紛争が「法」規範たるルールの認識、解釈という規範的な議論の応酬となること、それ自体が国際法の機能であり、かつ、極めて重要であると考えています。

政治と異なり、法的議論のあり方、その推論の形式が法分野に特有なのです。すなわち、「ルールの形式」にまとめられた先例の累積と、その「認識及び解釈」は、それまでの国家実行を証拠とします。そうして、あるルールが確立されているとされると、それ以降の国家実行に対して実質的に多大の影響を及ぼし得るのです。これを「規範的な力」と呼んでも差し支えないと考えています。

換言すると、国際的な政治・経済の力の作用と、国際法の前述した規範的作用とが、相互にフィードバックを行いながら、現実の国際社会を規定しているのです。前述の国際政治学の立場と異なり、政治経済分野とは独立の法分野が、社会学的な意味での国際社会の構成システムとして併存し、相互に影響を及ぼし合うという見方になります。

上のことを、比喩的に表現してみます。気象図を思い浮かべて下さい。世界地図の上に、低気圧の存在を示す雲の渦巻きが幾つも浮かんでいます。その雲の渦巻きは、各々独立に存在し、互いに作用を及ぼし合いながら、地球環境や気候に大きな影響を与えます。その1つの雲の渦巻きが、政治経済の力であり、他の1つの渦巻きが法の力であると考えています。


3,国際社会の自力救済と法の支配

国際社会の構成員は前述したように国です。この社会が法のない弱肉強食の社会であるとすると、政治的、経済的、軍事的な強国に、その劣後する弱小国が常に屈服することになります。国際法があっても、法の支配が不十分であると、国際社会がやはりそのような社会で有り得ます。

第二次世界大戦前の世界は、少数の列強と呼ばれる国々により、多くの地域が植民地として分割支配されていました。国際法が戦時国際法と平時国際法に分類されることがあります。この当時、戦争自体が国際法上、必ずしも違法とされていませんでした。戦争の開始と戦争中に妥当する国際法原則と平和なときの国際法原則とが異なる側面を有するのです。

第二次世界大戦後、国連が創設され、国連憲章が起草されました。このときからは明確に、国際紛争を武力により解決することが違法とされたのです。そして、国際紛争が平和裏に、すなわち交渉や仲裁などの方法により解決されるべきこととされました。民族自決原則と主権平等原則が確立され、徐々に、多くの植民地が独立を果たしました。武力の不行使が法原則とされつつ、この違反を犯した国に対して、各国が自衛権を保有することと、国際社会が共同して、その違反に対処するべく、集団的安全保障の仕組みが一応、整備されたのです。

さて、第二次世界大戦以前には、国際紛争を解決するための戦争に移行する以前に、相手国の国際法違反に対して、いわば仕返しをして、その国を諫めることが、復仇という名で、国際法上も肯定されていました。武力による威圧や経済規制などの方法によります。その後、武力行使が違法とされたので、主として経済的規制によることになります。相手国の国際法に違反する措置に対して、国際法に違反するような措置により対抗し、相手国の国際法違反による不利益を回避ないし回復するのです。対抗措置の余地のあることが、現在の国際法によっても認められています。

しかし、国際法が存在しても、これに正面から違反する対抗措置が可能であるとすると、まずある国が、相手国が国際法違反を犯していると認定すると、これに対抗する国際法違反の措置を行うことになります。しかし、実際の国際的紛争は当事国のいずれもが国際法による正当化を行うことが通常であると述べました。相手国の国際法違反の認定を、他方の国が一方的に行い、一方的に対抗措置を発動するのです。これではやはり、政治的経済的強国が常に勝利することになります。

戦後の国際社会には、戦前と異なり、極めて重要な国際経済社会の法が存在します。IMF(国際通貨基金)とGATT=WTOです。これらにより、一方的な為替規制と貿易制限が禁止されています。

殊に、GATT=WTOは自由貿易主義を掲げる国際経済社会の憲法とも目されます。一方的措置を明示的に禁止し、GATT=WTOの違反を巡る紛争は、WTOの紛争解決手続によることを規定しています。悪名高い米国通商法スーパー301条は、大きな市場と経済力を有するアメリカが相手国が自由貿易主義に反していると考える場合に、関税引き上げという恫喝によりその是正を要求するものともなり得ます。1995年にWTOが成立する以前のGATT時代には、日本も輸出自主規制を行うなど、その要求に屈した側面があります。

WTOは、このようなアメリカの一方主義を封じ込めることも目的として、アメリカ通商法の手続を参考にWTOの紛争解決手続を成立させました。アメリカ国内法手続きによる一方的な認定によることなく、これより以降は、中立的で公平な第三者である国際機関がGATT=WTO違反の認定を行ういわば裁判的な手続によることとしたのです。アメリカが、国内的手続を、WTOの手続と整合的に運用することを約束させられました。

WTO違反に対する対抗措置は、例外的場合を除き、WTOの紛争解決手続により、その違反が認定され、WTO紛争解決機関の是正勧告を待って、その認める範囲内において発動できることになりました。

貿易を巡る国際紛争の解決方法が、少なくとも手続的には、政治的解決から、司法的解決に明確に移行したのです。国際経済社会に法の支配が確立される重要な地歩となったことは疑いがありません。


4,日韓請求権協定と日本の措置、勧告の措置

日韓請求権協定の解釈を巡る日韓の対立があります。日本の主張を是としますが、これまでに述べてきた分析に従い、少し感想を述べたいと思います。

日韓請求権協定は、日韓の二国間の法です。この国際法違反に際して、日本が輸出規制の厳格化を実施しました。当初の政府高官の説明もその含みを有したもののように思われますが、韓国の国際法違反に対する日本の対抗措置であると理解する余地があります。

私は、このような対抗措置があっても良いと考えています。しかし、これが対抗措置であるとして、国際法違反に対して、国際法違反によって、いわば毒をもって毒を制する論で対抗して良いかは検討する必要があります。

まだ研究途中なので、ほんの感想だけ述べます。

第一に、日韓請求権協定の違反という韓国の措置が存在したと言える。日韓の基本条約及び請求権協定の解釈によります。

第二に、このことについて日韓で解釈の相違があり、その国際紛争は、条約に規定されている仲裁手続によるべきである。日本が十分の期間の猶予を持って要求したにも関わらず、韓国が仲裁手続の進行に同意していない。しかし、日本が国際紛争の平和的解決を十分試したかについて、韓国による基金方式の申し出を基にした交渉の申し入れのあった点が一個の要素とはなり得る。

第三に、以上を踏まえて、日本の輸出規制の厳格化が対抗措置として正当化し得る余地がある。

第四に、これが対抗措置であるとして、WTOとの整合性がやはり問題となる。過度に自由貿易主義を制限する内容であると、WTOに抵触する可能性を生む。もっとも、日本の措置が安全保障の理由付けを有するので、これについては規制発動国の裁量範囲が広い。

第五に、韓国が日本の輸出規制厳格化を、WTO提訴した点について言えば、韓国の主張が次の様に展開されるとも予想できる。すなわち、日本の措置が、日韓請求権協定を巡る国際紛争を理由にするものであり、安全保障を偽装した自由貿易の制限であって、韓国のみを狙い撃ちした点で、WTO上の最恵国待遇原則に違反する。

私見によると、韓国のWTO提訴はナンセンスです。韓国をホワイト国から除外したのは、上から二番目のランクへの移行に過ぎず、同様の、あるいはそれ以上の煩雑さを伴う輸出手続に服する多くの国々が存在し、日本との貿易も活発に行われています。何しろ中国が韓国よりも下のランクであり、日中間の貿易が極めて盛況なのです。そのランクでも中国は何も困っていません。韓国のみに不利益を与えた点の立証に、韓国が窮することになるでしょう。

第六に、韓国による、日本への輸出規制厳格化の措置は、日本の輸出規制をWTO違反であると決めつけた上で行った一方的対抗措置に当たる。明確なWTO違反措置である。

仮に、日本の措置がWTO違反であったとしても、これに対抗する、同等のWTO違反であるはずの韓国の措置は、WTOの紛争解決手続を追行した結果でなければならないはずです。

日本の輸出規制の厳格化措置がWTO違反であるとすると、必然的に韓国の措置もWTO違反ということになります。逆に、韓国の措置がWTO違反でないとすると、日本の措置もWTO違反とは言えない。いずれもWTO違反であるとするのが、最も韓国の主張に沿ったものと言えますが、韓国自身のWTO違反をWTO上正当化する理由を捻出しなければなりません。


結論的には、韓国の請求権協定に対する対抗として、日本が輸出規制の厳格化措置を行うこともできるが、これはあくまでもWTO整合的でなければならない、ということになります。逆に言えば、WTOの許容する裁量的範囲内であれば、他国の国際法違反措置に対する「対抗」的経済規制が可能であるということです。



次回更新は、9月28日ごろを予定しています。

国際法違反に対する対抗立法-元徴用工裁判2019年07月20日 15:34

 韓国元徴用工裁判を巡る日韓の緊張がますます高まっています。

 半導体材料などの韓国向け輸出規制の厳格化については、前のブログで扱いました。日本政府は、表向きは元徴用工裁判とは直接の関係がないとしていますが、その他の問題を含めた韓国政府の対応により、信頼関係が損なわれたことを背景とすると説明されています。

 元徴用工が損害賠償を求めた民事裁判が確定し、その強制執行手続として、日本企業の財産が韓国内において差し押さえられているのですが、原告団が換金手続に移行するよう裁判所に申し立てました。日本企業側の財産が、競売により換金され、被害者に分配されるということです。これに対して、韓国国内法に基づく、法執行が日韓請求権協定という国際法に違反するとして、日本政府が強く抗議し、国際仲裁を要求しています。韓国政府が仲裁に応じないので、国際司法裁判所への提訴が検討されています。

 実際に、判決の強制執行があり、日本企業に実際の損害が発生した場合、日本としては次の対抗的措置を考慮しています。日本が外交保護権を行使して、韓国国内で損害を被った企業の損害の回復を図るというものだと報道されています。まだ、このことについて、詳細を承知していないので、外交保護権の行使とは異なりますが、国際法違反の外国国家の行為に対する、日本の最初の対抗立法について、紹介します。アメリカの国内通商法が問題とされました。


1,1916年アンチダンピング法

1916年アンチダンピング法は、アメリカ国内法で、貿易上のダンピング行為によって被害を受けた者が、ダンピング企業に対して賠償金を請求可能とする法律でした(2004年廃止)。過料、拘留などの刑事罰を含みます。原告は、一企業でも良いのですが、損害賠償を認められるためには、加害者(ダンピング企業)側に、アメリカの国内産業に損害を与える意図が必要です。そして、私人が、相手方企業に対して、実損害の3倍の懲罰的な損害賠償を請求できます。

 この法律に基づき、1997年及び98年に、日本及びヨーロッパの企業が高額の損害賠償を請求されました。アメリカの製鉄会社が、アメリカ国内の輸入者、特に、外国企業子会社を相手取り、1916年法に基づき、損害賠償請求を行ったアメリカの国内裁判です(ジュネーブ・スチール社事件、及びホイーリング・ピッツバーグ・スチール社対日本商社(三井物産、丸紅、伊藤忠の米国子会社)。

 80年代から90年代に巻き起こされた鉄鋼業の熾烈な国際競争を背景に、殊に、90年代半ばに鉄鋼の国際的な余剰を生じたので、アメリカが国内鉄鋼業を守るために、輸入鉄鋼に対して、ダンピング税を課していました。WTO上も、不公正なダンピングを行う外国企業に対して、国家がダンピング防止税を課することは認められています。ここでの問題は、アメリカの関税ではなく、1916年法が、私人がダンピング企業に対して、懲罰的な損害賠償を請求できるとする点です。上記の裁判は、外国製鉄会社が製造した鉄鋼をアメリカに輸入した、外国企業の米国子会社である輸入者に対して提起されました。

 この1916年法がWTO協定に違反するとして、日本及びEUはWTOに提訴し、2000年9月には、上級委員会の報告書が紛争解決機関において採択され、1916年法のWTO協定違反が確定しました。WTO協定(ダンピング防止協定)が、協定に規定する厳密な要件と、厳格な調査手続に基づき、ガットの規定する効果、すなわちダンピング・マージンを最大限とするダンピング税を賦課することのみを認めているのであり、私人による民事請求により、3倍額賠償を認める1916年法自体が、WTO協定に違反しているとされました。アメリカ国内法が国際法であるWTO協定に違反するとされたのです。

 アメリカは、2001年12月末の、WTOの是正勧告の履行期限を過ぎても、1916年法を廃止していませんでしたので、勝訴国に対抗措置が認められました。この点が、多くのWTOという国際法の特色のある所です。国内裁判であれば、強制執行などを通じて、裁判所によってその判決を強制的に実現してもらえるので、国内法を遵守させる制度が完備されていると言えるのですが、国際法の場合、国際法に違反している国に対して、その法を遵守させる方法が一般に限られるのです。ところが、WTO提訴によりWTO違反が確定すると、違反国はその是正を命じられ、是正勧告が適切に履行されないときに、WTOにより承認されると、対抗措置が可能となります。例えば、対抗的に、違反国からの輸入品に対して、WTO上譲許している以上の加重的な関税を賦課するなどのことができます。

 日本は、2002年1月に、WTOの紛争解決機関に、対抗措置の承認を申請した。これは1916年法と同様の内容を持つ「ミラー法」を日本も制定するとするものでした。これに対して、アメリカが、対抗措置の規模・内容に異議を唱え、その後、2002年3月に、1916年法の廃止を行う方向での日米合意が成立しました。EUについても、2004年2月に、EUに対抗措置が認められました。1916年法のような既得権に関わる国内法を廃止する国内手続には時間がかかるものです。漸く、2004年12月3日、合衆国議会により廃止法案が通過し、1916年法が廃止されました。

 アメリカの国内通商法がWTOに違反するとされ、WTO上、対抗措置まで認められたのであり、その結果、アメリカがその国内法を廃止したという画期的な事件でした。日本とEUによるアメリカ包囲網が奏功した形です。WTOにおいて、アメリカは結構、敗訴しています。

 しかし、1916年法には、遡及効が認められていませんでした。遡及効というのは、廃止時点から遡って、廃止前に提訴された事件にも、その効果が及ぶというものです。このことが特に日本には重要でした。日本政府は、この間にも、1916年法に基づく訴訟に日本企業が巻き込まれ、多額の損害を被り続ける事態が継続していたことを問題視していたのです。後述のように、2000年3月には、東京機械製作所他の日本企業が1916年法に基づき提訴されていたのです。1916年法の廃止法に、遡及効が規定されることで、この事件にも適用され、日本企業が1916年法に基づき、3倍額賠償を請求されることを阻止しようとしていました。

 WTO上の紛争は、国際的なフォーラムにより、国際法であるWTO協定を適用して裁定されるのですが、以下では、国内の裁判所が国内法を適用する国内事件のお話しをします。



2,ゴス社対東京機械製作所-米国事件

 アメリカ企業であるゴス・インターナショナル・コーポレーション(ゴス社)は新聞印刷用の輪転機の製造及びメンテナンスを行う企業です。このゴス社が2000年3月に米国裁判所に提訴した事件です。

 輪転機の外国製造者及び輸入会社が、外国で製造された輪転機及び付属品について、アメリカ国内において不法にダンピング販売を行ったとして、日本及びドイツの製造者及び米国の輸入子会社を訴えました。日本の製造者には東京機械製作所(東京機械)が含まれます。

 東京機械が敗訴し、2004年5月、アイオワ連邦地裁は約3162万ドルの損害賠償および、約350万ドルの弁護士報酬を確定しました。ゴス社による1916年法の下での提訴以前に、合衆国政府による、ダンピング調査が行われ、1930年関税法に基づく関税が被告らに課せられていたのですが、それ以降もダンピングが継続していたとされました。これに対して東京機械側が控訴したのですが、2006年1月に第8巡回区控訴裁判所でも、控訴棄却の判決が下されました。

 連邦控訴裁判所によると、ゴス社というのが、アメリカ国内の新聞輪転機産業における唯一の製造者であったので、ゴス社に損害を与える、または、ゴス社を破壊する意図を有するということで、米国の新聞輪転機産業に対する、損害を与える意図、ないし破壊する意図を有すると言える。そして東京機械はダンピング価格で販売していたので、ゴス社は、これにより新聞社との契約を失い、また、これに対抗するために価格を下げざるを得なかった。これにより、損害を被ったのであると、されました。

 控訴審の係属中に1916年法が廃止されたのですが、廃止の遡及効が規定されていなかったため、上記のような結果となったのです。裁判所は法解釈が任務であり、アメリカの法に従う外はなく、外国の政策に従うことはできないとしました。


3,対抗立法

 この間、アメリカの1916年法により、自国企業に損害を生じる恐れがあるため、日本及びEUが1916年法に対する対抗立法を成立させました。EUが、2003年に、ドイツ企業が提訴されたことに対抗して、1916年アンチダンピング法の損害回復法を制定していたのです。日本でも、2004年12月に、損害回復法が公布、施行されました。

 日本の損害回復法は、日本で最初で、これまでのところ最後の、対抗立法です。従来より、アメリカの輸出管理法の域外適用を巡り、ヨーロッパ諸国が対抗立法を制定していました。経済的法規制を巡る、アメリカとヨーロッパの抗争は以前からあり、ヨーロッパの国が、アメリカの経済法規制対する恒久的な対抗立法を制定する例があります。日本の損害回復法は、廃止された1916年法に対するものなので、この意味においても時限立法というに相応しく、実質的に東京機械という日本の一企業を救済するための法制定とも言えます。

 日本の損害回復法は、正式名が「アメリカ合衆国の1916年の反不当廉売法に基づき受けた利益の返還義務等に関する特別措置法」です。次の2点について規定しています。

 一つ目が、1916年法に基づき訴訟の被告として賠償義務を負った日本の企業が、原告のアメリカ企業に対し、訴訟により被った損害の回復を請求することができるとする損害回復請求権です。アメリカ企業が得た利益に、利息を付して返還することを請求できるとするもので、訴訟準備等の損害、弁護士報酬の支払いによって損害を被ったときは、その損害の賠償も請求できるとされています。また、その企業の100%親会社及び子会社にも、これを請求できる、とされているので、アメリカで訴訟を提起した企業の、100%親会社や子会社が日本にあるときは、その企業に対しても請求できます。

 二つ目が、アメリカ判決の承認・執行の拒絶です。1916年法に基づくアメリカの裁判所の判決について、わが国における効力を否定するという規定です。以前のブログでも触れているのですが、このような規定がないと、日本の裁判所で1916年法に基づくアメリカ判決の承認執行が認められ、日本企業に対して強制執行が可能となり得ます。外国判決承認執行制度です。日本で承認執行を拒絶できる法的根拠は他にもあるのですが、この対抗立法により、迅速かつ確実にこれが可能となります。


4,東京機械製作所対ゴス社事件-日本事件と、米国事件余録

 日本の事件は当時の新聞報道に基づきます。2006年の6月5日には、合衆国連邦最高裁が上訴を受理しないことを決定したので、東京機械側としては、アメリカ国内において、裁判上の対抗手段が尽きてしまいました。そこで、東京機械は、ゴス社に対する、賠償金約44億8千万円を支払いました。東京機械は、これを特別損失に計上し、2006年4-6月期の連結業績が、52億円の赤字となったそうです。

 その後、2007年に、東京機械製作所は、賠償先のゴス社を相手取り、「損害回復法」に基づく訴訟を、東京地裁に提訴しました。東京機械は、損害回復法に基づきアメリカでの損害を取り戻し、特別損失を穴埋めする考えであったようです。

 ところが、ゴス社が、合衆国連邦地裁に対して、日本の損害回復法に基づく日本訴訟の差止命令を求め、これが認められました。外国訴訟差止めというのは、英米法に特有のもので、嫌がらせや不便な外国での提訴ないし訴訟の継続を、アメリカ国内裁判により、相手方当事者に禁じるものです。訴訟差止命令に反すると、法廷侮辱罪という刑事犯罪に問われる強力なものです。

 東京機械側は、この訴訟差止命令の破棄を求めて、連邦控訴裁判所に上訴し、日本政府も法廷の友として、これを支持する意見を提出しています。「訴訟差止命令は、国際法違反の措置により被った私人の損害に対してわが国が提供した救済措置を無効化するものであり、国際礼譲の観点からも破棄すべきである」と、しています。控訴裁判所はわが国の主張を受け入れて、わが国訴訟の差止命令を破棄しました。

 同社ホームページによると、その後、日本の訴訟は和解により解決されました。東京機械が、何らかの利益を得たものと想像できます。


5,元徴用工裁判に対する対抗?

 1916年法に対する損害回復法が、私企業と私企業の間の、係属中の民事裁判に焦点を合わせて、国際法に反する措置に基づき、外国における裁判で賠償を命じられた日本企業が、日本国内でその賠償を取り戻せるというものでした。相手方の外国企業が、損害回復を求めるわが国の裁判に応じることが前提であり、かつ、外国企業の財産がわが国に存在するのでないと、実効性がありません。

 この点で、元徴用工裁判では、第二次世界大戦中、日本の占領下にあった朝鮮半島で徴用された人々が原告となっています。韓国訴訟の具体的な内容について、詳らかではないのですが、未払い賃金や過酷な労働条件に基づく身体的傷害などの賠償が問題となると予想されます。私人間の、契約ないし不法行為に基づく私法上の問題です。上のような損害回復法が可能か、については多分に疑問のあるところです。元徴用工事件の原告団が資力の乏しい被害者らであり、他方、被告となった日本企業は、韓国内でも利潤を獲得している多国籍企業である大企業です。日本において、元徴用工原告団に対して、その賠償の取り戻しを認めるというのは、理論的には可能であるとしても、実効性においても、正統性の見地からも問題があります。

 ところで、私人間の請求についても、日韓請求権協定において解決済みであるとするのが日本の立場です。以前のブログで述べたように、筆者もその見解を支持しています。純粋に、同協定の解釈上の問題として、国際法解釈の通常の解釈手順に従い、そのように結論されると考えるからです。憲法を含めた韓国国内法に基づき、韓国裁判所が賠償請求を認めるとしても、わが国は、これが国際法違反、具体的には請求権協定の違反であるとする主張が可能です。

 韓国政府が三権分立を盾にとるようですが、私人間の請求を含めて日韓請求権協定において解決済みであるとする従前の立場を踏襲するなら、国際法遵守義務に基づき、韓国憲法にも則り、国内法を整備するなどの方法により、対処可能でしょう。裁判所はそのような国内法に拘束されます。

 わが国において、損害回復法の立法が可能でないとすると、国際法違反の国家行為としての、日本企業に対する強制執行により、日本企業に損害が発生した場合に、当該国に対する損害賠償請求を、日本国が自国民のために、韓国政府に対して求めるという外交保護権の行使が考えられます。あるいは、通常の民事訴訟として、日本企業から、韓国政府に対する損害回復を可能とする立法措置が有り得るかもしれません。もっとも、これについては、検討すべき点があります。


 次回、更新は、8月3日ごろを予定しています。

日本が貿易戦争を始めたよ。2019年07月06日 17:36

韓国歌謡を皆さんお好きですか。日本のテレビ番組にも韓国人歌手がよく出演します。どちらかと言えば年配の、女性の間で韓流ブームが巻き起こったのは、もう何年も前ですが、今や、若者層にも浸透しています。

体制に批判的であることは若者の特権かもしれません。防弾少年団(BTS)が日本とアメリカでも活躍する韓国のグループですね。メンバーの一人が原爆投下を肯定するようなメッセージの描かれたTシャツを着用していたことが問題となり、日本のテレビ番組の出演を辞退した事件がありました。朝鮮半島を日本の占領から解放したのがアメリカなら、その戦争を終わらせたアメリカの原爆投下という行為が、韓国人からは肯定できるというものでした。きっと彼らは広島にある原爆資料館を訪れたことがないのでしょうね。私は、随分前に見学しました。原爆によって真っ黒焦げになった弁当箱や、ぐにゃぐにゃに折れ曲がった自転車が、その持ち主だった子供達のことを思わせて、嗚咽を堪えられなくなりました。そのTシャツ事件の後も、彼らは日本のヒット・チャートを賑わす常連です。

戦前、大日本帝国の統治下にあった時代に、朝鮮社会の中枢にいた人達が、後の韓国の政治経済の中心を占める存在となった例がままあり、戦後、日本の経済援助の下、韓国の経済発展を主導したのですが、この人達を韓国では親日と呼びます。今日の韓国社会では目の敵にされます。政治的な親日排斥運動がさかんです。日本人の排斥ではありません。韓国内における反体制運動は、長く続いた戦後韓国の軍事政権や日本と「癒着した」旧保守派政権に向かうので、親日排斥や反日的な傾向と結びつくきらいがあるようです。

先日、関西空港から電車に乗って都心部に移動中、二人連れの若者が、車窓に張り付くようにして熱心に写真を取っていました。偶然にJRのアンケート調査があり、片言の日本語で、もう何度も日本を訪れていると話していました。韓国の若者達でした。調査員の女性に対して、「とても日本が好きだ」とくったくなく話しているところは大変好感が持てました。


1,対韓国輸出規制強化

7月1日に発表された韓国向け輸出規制強化が4日に発動されました。韓国政府には事前に何も連絡せず、極めて迅速に実効性のある経済的な措置が発動されました。

ところで、トランプ大統領の電撃的な北朝鮮訪問がありました。半ば茅の外に置かれたような韓国政府ですが、米朝の関係が改善されるなら文在寅大統領の支持基盤が安定するかと思われた、まさにその矢先に、半導体という韓国経済の向こう臑を蹴ったのです。韓国政府及び社会の動揺が隠せません。もっとも逆に文大統領の支持率が上がったという報道を目にしましたが、いわば有事の際の一時的なご祝儀でしょう。これが法廷であれば、このような不意打ちを行い得ることこそ、敏腕法律家の証しです。実際に国内裁判では常套手段です。

半導体製造に係る製品の輸出許可手続を、安全保障上の懸念から厳格化するという措置です。国際法(WTO法)及び国内法上、これがどのような問題であり、許容されるかという法的問題と、措置の背景となった政治・外交上の問題を分けて論じる必要があります。

外交的問題としては、慰安婦問題及び元徴用工問題、自衛隊機レーダー照射など、韓国政府の行動に端を発する日韓の関係悪化が背景としてあります。元徴用工問題に関して、日本政府が、日韓請求権協定という国際法に基づき、韓国政府の適切な行動を求め、更に協議、国際仲裁の申し入れを行ったのに対して、韓国政府が無視を続けたことが今回の措置の直接の引き金となりました。ここに至り、日本政府が業を煮やしたというべきでしょう。しかし、それでは国家が経済的な措置を無制約に行えるかというと、そうではありません。これが法的問題です。これも国内法と国際法に分けて考察する必要があります。

国内法上は完全に合法的であると、その国の政府・議会・裁判所が宣明しても、国際法上は違法である場合が有り得るのであり、その場合に国家責任を生じるのです。国際法違反により不利益を被る他国が国際法違反として非難します。各国国内(法)の立場と、各国間に存在する国際(法)の中立的立場を区別しなければなりません。韓国政府が韓国は三権分立の確立した民主国家であると胸を張っても、国際法違反の誹りを免れることはできないのです。

ある韓国高官がアメリカの経済制裁は、国内法的根拠と国際法的な根拠が示されているので理解できるが、対韓国向けの日本の措置はそうではないので不当であると述べたという報道がありました。このことは全くの誤解でしょう。まず、アメリカの発動した対中国経済制裁が国内法的根拠に基づくことは当然であるとしても、WTO法上の正当化を十分行っているとは到底思えません。そもそも法治国家である以上、政府の行い得る行政的措置の全てが法律上の根拠を必要とすることは当たり前です。非常時の大統領権限など広範な裁量余地の認められる場合であっても、その裁量は法が与えたものです。アメリカは、貿易関連の詳細な法を有する国であることは有名であり、これまでも国内法上の輸出入規制を頻繁に発動してきたのです。歴史上、その国際法違反も夙に問題視されてきました。


2,国内法の根拠

日本の今回の措置は、半導体や軍需物資の製造などに使われる原材料3品目について、日本からの輸出を規制するものです。報道によると、菅官房長官が記者会見において、「(日韓)両国間で積み重ねてきた友好協力関係に反する韓国側の否定的な動きが相次ぎ、その上に(元徴用工問題で)G20(サミット)までに満足する解決策が示されなかった。信頼関係が著しく損なわれたことは言わざるをえない」と、その背景を明らかにしています。

もともと軍需物資に転用可能な製品の輸出に許可が必要であることは、外国為替及び外国貿易法48条1項に基づくものです。同条の規定は、「国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の地域を仕向地とする特定の種類の貨物の輸出をしようとする者は、政令で定めるところにより、経済産業大臣の許可を受けなければならない」、としています。

中長距離弾道ミサイルや化学兵器など大量破壊兵器の製造に用いることのできる製品が、日本から輸出されることを規制することは、日本及び国際の安全と平和のために必要不可欠なことです。

そして同項中の政令が輸出貿易管理令です。輸出貿易管理令に基づき、外国為替及び外国貿易法48条1項の適用除外が規定されており、その別表三の優遇を受け得る国のリストに韓国が掲げられています。4日に発動された措置が、暫定的に三品目のみについて優遇措置を撤回し、通常の輸出許可手続を要するとするというものです。今後、別表三のリストから、韓国を外すことが予定されています。(輸出貿易管理令の一部を改正する政令案に対する意見募集について。https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=595119079&Mode=0) その場合に、輸出許可の厳密な運用がより広範囲の製品に及ぶことなります。


3,経済制裁と国際法

国連決議や、同盟国(この場合、ほぼアメリカ)との共通の利益に基づく行為として、経済制裁が実施され、それに日本も参加してきました。国際法に違反して、大量破壊兵器を保有し、あるいは核開発を進める国に対して、他国と共同して経済制裁を加える場合です。今回の日本の措置は、これとは異なります。

二国間の外交上の問題について、その解決のために経済的措置を行うことが、そもそも許されるのでしょうか? 関税の決定や輸出入管理、外国為替規制を行うことは、その国の主権に属する事項であり、自由に決定できることです。これが前提となります。アメリカは、第二次大戦後においても、外交的問題を解決するための、筋違いかもしれない経済制裁を行う常習犯です。1981年のポーランド危機は、当時社会主義国であったポーランドが自主管理労組連帯を弾圧した事件です。この背後にソビエト連邦が存在するとして、アメリカのレーガン政権がソ連に対して経済制裁を発動し、西欧諸国とソ連を繋ぐガスパイプラインの建設を止めさせようとしました。このとき、アメリカが国内法である輸出管理法の域外適用を行うことを、西欧各国が国際法違反として非難したのです。レーガン大統領と、イギリスのサッチャー首相が真っ向からぶつかり合った事件でした。国際法違反となる域外適用の限界については、実質的な関連のある国の法規制のみが許されるとする国際法が確立されているとする学説もありますが、未だ、未解決の問題です。

もっと遡って、大戦前の国際社会には、これを規制する国際法が十分発達していたとは言い難いでしょう。このとき、国際社会は先進国=列強のみにより構成され、地球上の大部分の地域がその植民地として存在していました。大恐慌のときに、各国が自国通貨の切り下げ競争と、宗主国を中心とした植民地間でのブロック経済に走りました。ブロック内では低関税に、ブロック外との通商には高関税を課したのです。アメリカが広大な領域と豊富な資源に基づき、モンロー主義でやって行けたのに対して、列強の一でありながら、ブロック経済にはじかれて苦境に立たされたのが、日本、ドイツ、イタリアの三国でした。第二次世界大戦に通じる重大な理由の一つであることが定説となっています。そこで、戦後の国際社会は国際経済のルールを創ったのです。それがGATTであり、IMFです。この国際法は現在に至るまで発展を続けています。

法のない、あるいは法の未発達な社会は、弱肉強食の社会であり、全ての構成員が安全に生活のできるところではないので、皆で協力して、法を創り、お互いにこれに拘束されることを約束して、漸くその社会が持続し得たのです。国際社会は各国家を構成員としています。その社会の法である国際法は、一般の法よりも遅れて、近代以降に漸く成立したのです。大戦後、開発途上国が独立し、国際社会の一員となりました。現代の国際社会には、国際経済に関する精細な法が存在します。そこで、最初の問いです。

二国間の外交上の問題について、その解決のために経済的措置を行うことが、そもそも許されるのでしょうか? その答えは、国際経済に関する国際法の下に、その許容する範囲内でのみ許されるというものです。日本の対韓国向け輸出規制については、GATT=WTOが問題となります。その制約下においてのみ可能です。


4,GATT=WTO

WTOが自由貿易主義を根本原則とする国際経済の憲法たる位置づけを有します。しかし、GATT第二十条において、輸出入の規制が一般的に許される条件が規定されています。例えば、その国において、違法とされるドラッグやわいせつ物の輸入禁止や希少鉱物資源の輸出規制もこの条項において認められます。しかし、同条の次の部分が大切です。

「ただし、それらの措置を、同様の条件の下にある諸国の間において任意の若しくは正当と認められない差別待遇の手段となるような方法で、又は国際貿易の偽装された制限となるような方法で、適用しないことを条件とする。」

これをWTO法では、20条柱書と呼びます。先に述べたような措置も、差別待遇の手段となる方法、偽装された貿易制限となる方法で適用することが禁じられています。一般的な例外も、それを口実にして、その他の差別的目的や自国産業保護のために自由貿易を歪めることがあってはならないからです。これがしばしば国家間で争いとなり、実際、WTO上、紛争となることも多いです。わが国が尖閣諸島を国有化した際、中国がレアースの輸出を制限した事件において、わが国が勝訴しました。

他方、安全保障の例外については、GATT21条が規定しています。GATTは加盟国が次の措置を執ることを妨げません。

「(b) 締約国が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める次のいずれかの措置を執ることを妨げること。
(i) 核分裂性物質又はその生産原料である物質に関する措置
(ii) 武器、弾薬及び軍需品の取引並びに軍事施設に供給するため直接又は間接に行なわれるその他の貨物及び原料の取引に関する措置・・・・」

重要なことは、この規定には、20条のような柱書が存在しないことです。安全保障のための輸出入規制には、締約国に一層大きな裁量が認められているということになります。

しかし、他の外交的紛争や自国産業保護のために安全保障を偽装するのではないかについては、争うことが可能です。すなわち、措置の実施方法を問題とするのではなく、真に安全保障に関わるのであるか否か自体は、問題とする余地があるでしょう。この点で、韓国側は、日本が、安全保障のための措置ではなく、他の外交的問題の制裁として、半導体関連品目の輸出制限を行ったと主張するかもしれません。韓国はその措置が全く安全保障に関係しないことを立証する必要があります。

この点で、慰安婦問題や元徴用工問題などを契機として、韓国を信頼に値しないと判断し、そのためわが国の安全保障上、問題の無い国とはなし得なくなったという説明が説得力を有するかを吟味しておかなければなりません。官房長官や副長官が、同時に、元徴用工問題に対する対抗措置ではないことを繰り返し明言しています。しかし、紛争となると、付言する部分のみならず、発言の全体や措置の背景事情などの全ての事情が関係する可能性があります。韓国が国家として、北朝鮮との瀬取り等に関与しており、国連決議に基づく経済制裁違反を犯していることの具体的な証拠を、日本政府が準備しているのだと予想します。

また、日本が輸出制限を行ったというのではなく、従来の包括的な輸出許可から、90日ほどを要する契約ベースでの通常許可手続が必要になるというに過ぎません。許可申請を継続して行えば良いので、日本の手続が恣意的に厳密であるなどのことがない限り、韓国の半導体メーカーにどれ程の不利益が生じるのかは、やってみないと分からないのではないでしょうか。手続が煩雑になるとしても、韓国メーカーにある日本産材料の在庫が無くなるまでに、次の注文品が到着すれば良いのです。輸出許可手続の運用に恣意性が認められるなら、非関税障壁に当たる不必要な貿易制限を、差別的に韓国に対して行ったとして、WTO上の問題となし得るでしょう。

もっとも、いずれにせよ、WTOの紛争解決のために二,三年は少なくとも要するので、半導体という製品の特性からしても、その結果を待っていることは余り意味がありません。


5,韓国経済の特殊性と国民性
 
日本の輸出規制が、通常の輸出手続を適用するというものであるので、韓国半導体産業に壊滅的な打撃を与えるものと言えるかは、先ほど述べたように分かりません。しかし、韓国政府の反応や報道を見ていると、まるで日本が必要原料の輸出禁止を行い、韓国の半導体産業を潰すことを狙っているかのような大騒ぎになっているようです。韓国政治における、微妙な対日心理が、今度も過剰な感情的反応をもたらしたようでもあります。次の様な分析もあります。

「対抗カードとして▲戦略物資の対日輸出制限▲日本製品輸入規制▲日本観光ボイコット▲日本製品の不買▲米国や中国、EUなど國際社会と協調して日本に圧力を掛ける―等が検討されているようでもある。
辺真一・コリア・レポートhttps://news.yahoo.co.jp/byline/pyonjiniru/20190704-00132838/」

いずれも奏功しなのではないでしょうか。例えば、観光ボイコットと言っても、韓国を訪れる日本からの観光客はその安全を不安視するかもしれませんが、日本を訪れる韓国からの観光客には、その不安は全く無いでしょうから、ボイコットの呼びかけが一般の人にどれほど浸透するのでしょう。また、半導体は他国製品で代替可能なので、アメリカが日本の措置を問題視するとは思えませんし、欧州にとって、遠い辺境の出来事であり、そんなに関心を持たれることがないでしょう。むしろ、中国が漁夫の利を狙うかもしれません。その他、いずれも韓国経済にむしろ大きな不利益をもたらすでしょう。今回の日本政府の輸出規制は、品目及び方法について、実によく考えられた措置であるように思えます。

しかし、韓国では、半導体材料の製造技術の開発に、政治と民間が一体となって取り組む姿勢を見せています。多額の政府補助金を支出する計画が発表されたようです。従来、財閥と距離を置き、前政権の縁故資本主義的体制を批判してきた文在寅大統領ですが、急遽、政権側とサムスンなどの財閥関係者との会談が開催されたようです。補助金支出自体、WTO上、クリアしなければならない条件が存在します。

かつて、80年代に、韓国が通貨危機を被ったとき、いわゆる国家破産に追い込まれ、IMFの救済に頼ったことがありました。その救済の条件の一つが韓国の縁故資本主義の打破でした。これが経済発展を妨げる重要な要因となっているとされたのです。韓国は、早期にIMFからの借金を返済したのでが、借入の際に、コンディショナリティーと呼ばれる経済・財政政策に及ぶ厳しい条件の遂行を要求されました。民間銀行が国有化され、財閥解体に通じる政策も実行されました。このとき、打倒IMFをスローガンとしながら、国民が一丸となってその苦境を脱したのです。

借金を返済して、コンディショナリティーを免れた韓国政府が、産業分野を選択しつつ、集中的に経済支援を行い、半導体、家電、自動車など限られた産業を育成、発展させました。そうして韓国の財閥が世界有数の多国籍企業となり、日本企業を凌駕するようになったのです。上のような韓国政府の動向は、縁故資本主義の打破を目指した文在寅大統領にとって、全くの皮肉です。今度は打倒日本となるのでしょうか。以前のブログで触れたように、大統領が打倒親日(保守主義陣営にいる「親日」)をスローガンにしています。


6,貿易戦争

韓国が日本の輸出規制措置を等閑に付することはないでしょう。たとえ分が悪くてもWTOに提訴するかもしれません。日本としては、WTO上、問題のない措置であることを、韓国社会を含めた国際社会に十分説明をして行かなければなりません。自由貿易主義、国際主義を標榜してきた日本がこれに逆行するという、原理的な批判がなされるでしょう。韓国からも予想されますし、日本国内にも、そのような批判があるようです。しかし、自由貿易主義といっても、WTOの下で、国際経済のルールを遵守することに尽きるのです。

先に述べたように、WTO法の体系の下で、日本の措置は違法ではありませんが、仮に、法の不備があったとして、その盲点を突いて、法的に賢明に行動することは自由貿易主義の下でも何ら問題がありません。韓国自体が、福島県沖海産物の輸入制限を継続しているのも、そのように行動したからでしょう。

韓国が自由貿易主義を唱えながら、日本向けあるいは日本からの、新たな輸出入規制を行うかもしれません。今回の日本の措置自体、日本経済に何らかの悪影響を及ぼすことがあるでしょう。しかし、両国にとって、短期的に経済的な不利益を被るとしても、始めたからには、その「戦争」は遂行せざるを得ません。恐らく、どちらの政府も中途半端にこれを止めることをしないでしょう。この戦争は、武力を用いて、人の命を殺め、身体を傷つけるものではなく、両国の経済的リソースを前提とした、法と論理を用いた戦争です。前者のような戦争は真っ平ごめんですが、法と論理の戦争はしっかり遂行してもらいたいものです。むしろ、従来、日本がこの面で十分力を発揮してこなかったのではないでしょうか。

同時に、次の点を忘れてはなりません。国際主義が長期的な国家利益に適うという視点です。第二次世界大戦が、経済戦争に端を発したものであることを忘れてはなりません。しかし、今度は国際の法があります。

たとえ数年の間、対立を深めるとしても、法の下、普遍的な価値観に基づく正当化を行いつつ、隣国との友好関係を回復する契機を常に探求し続け、相手国にも元に戻ることのできる余地のあることを積極的に発信するべきでしょう。やがては、未来志向の、国際共同体を共に設立できるほどの関係を導けるように。そのためにも、民間の交流が継続していることが大切です。両国の国内で、若者の日派、韓流を暖かく見守って行きましょう。


次回は、7月20日ごろ、更新の予定です。あくまで予定です。

GATT・WTO/EU/TPP/RCEP2018年09月30日 16:19

また大型の台風が通過しようとしています。今年は本当にどうしたのでしょう。

2018年は、欧州連合(EU)の原加盟国が関税同盟を完成させてから50周年目に当たります。
http://image.jp/feature/b0718/ (駐日欧州連合代表部公式)

そこで、今回は、国際的共同体とわが国との関係について考えようと思います。


1、GATT

1945年に第二次世界大戦が終結したのち、GATTが1947年に調印されました(日本は1955年に加盟)。GATTは、最恵国待遇、内国民待遇、関税引下げ、数量制限の禁止の、4つの原則を規定しています。この4つの原則について、簡単に説明しておきます。

最恵国待遇の原則とは、GATT加盟国間で差別をしない原則のことで、ある国に対して約束したある品目の関税率を、加盟国の全てに適用しなければなりません。特定国を特別扱いすることが禁じられます。

そして、他国からの輸入品が、国境を超えて国内に入ったら、輸入産品と国内産品の差別をしてはいけないというのが、内国民待遇の原則です。

GATTの多角的貿易交渉(ラウンド)により、継続的に着々と加盟国間の関税を引き下げ、その結果、世界の貿易が目覚ましい発展を遂げたのです。1963年の世界貿易総額が1547億ドルであったものが、1964年から67年にかけて開催されたケネディ・ラウンドにより、各国が関税を引き下げた結果、1973年の貿易額が5743億ドルに達し、1973年から79年の東京ラウンドの結果、1984年には、世界貿易額が1兆9154億ドル、WTOを設立した1986年から93年のウルグアイ・ラウンドの結果、2008年の世界貿易総額が30兆ドルを超えています。

自国産業を保護する方法としては関税のみが許され、輸出入の数量制限は原則として禁止されています。ある程度の関税であれば、その関税が価格に上乗せされても、安価で高品質な製品を輸出することで克服可能ですが、他国がその製品の輸入制限を行うとすると、いかようにもこれを克服できないからです。

GATT―WTOは、国際的な市場における商品の競争条件を規定しています。各国が自国優先主義による恣意的な規制により、国際的な市場における自由で公正な競争を歪めようとすることを、可能な限り抑制する。どの国であれ、安価で品質の良い物を作れば、他国への輸出により利益を挙げられる。そのことを無差別に保証するのです。第二次世界大戦前に、宗主国を中心とした植民地間のブロック経済化が進行し、遅れて経済発展を遂げた、日本、ドイツ、イタリアを締め出した結果、第二次世界大戦に至ったという反省を踏まえています。
GATTは最恵国待遇を規定しているのですが、同時に24条で、関税同盟や自由貿易地域の設立を許容しています。GATT―WTOの水準を下回らない、貿易の自由化を一層促進するものに限り、一定の要件の下で認められるのです。

このような関税同盟の一つが、欧州共同体、後の欧州連合(EU)です。


2、欧州共同体―欧州連合

1957年に欧州共同体(EEC)設立条約が調印され、1968年 ベルギー、西ドイツ(当時)、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダの原加盟国6カ国が関税同盟を完成させました。

EEC設立条約は、関税同盟と貿易の数量制限の禁止を中心とします。

関税同盟は、域内の関税を全廃すると共に、域外の第三国との間の関税を共通にします。従って、例えば、フランスが日本から輸入する場合にオランダの港で陸揚げして、ベルギーを通過し、フランスに到着するとすると、輸入品に対する関税が共同体の対外共通関税として一度課されると、域内を通過する際には何らの関税も課されません。関税はいずれかの加盟国の収入ではなく、共同体の共通財源に組み込まれます。EECの加盟国は、第三国に対する共通関税を課する権限を、EECに移譲しているのです。

現行のEU機能条約でも、関税同盟と数量制限の禁止を中核として、EU全体で単一市場を創設し、非関税障壁を削減しつつ大市場のスケールメリットを生かして、全体として発展することが目的となっています。

ヒト・モノ・カネ・サービスの、加盟国間の国境を超えた自由移動が更に徹底され、EU市民であれば、どの国で会社を設立し、事業活動を行うこともでき、またどの国において労働を行うとしても自由です。EUのいわば憲法のようなもので、加盟国がこれに違反して制限を課することができません。

EUが拡大して、現在28カ国が加盟しているのですが、その拡大に伴い域内において後発国々に経済発展がもたらされました。イギリス、ドイツ、フランスの経済の高度に発達した地域から、スペイン、ポルトガルや、中東欧の低開発国へと、経済発展が及んだのです。関税がないから、人件費の安いこれらの国々で製造し、イギリス・ドイツ・フランスなどの大消費国で販売することができるから、先進地域の企業が挙って、後発の国々に工場を建設したのです。先進国企業が技術を移転した結果、チェコにOEM生産のための大企業が誕生したという例もあるのです。

EU構成国間の経済格差はなお大きなもので、特に東欧諸国の生活水準は低く、これらの国から、相対的に高賃金である先進地域に移民が流入しています。イギリスがEU離脱を決めたのも、徹底したヒトの移動の自由のおかげで、とりわけポーランドなど域内の後発国からの単純労働の移民を規制できないことへの不満が、不況期には反移民運動に繋がったことが重要な理由の一つです。

EU単一市場の創設という目的は、環境規制や消費者保護ルールその他の法の統一という側面にも及び、更に深化し続けています。


3、メガFTA・EPA

WTO上(GATT24条)、自由貿易地域は関税同盟とは区別されます。自由貿易地域の場合、域内の関税を実質撤廃するとしても、域外の第三国との関係においては、加盟国が独自に関税を課することができます。域外との間で共同体共通関税というものがありません。

日本が現在締結しているFTA・EPAの状況については、外務省のHPが便利です。
それによると、TPP11や日本・EU間のEPAなど、発行済み、署名済みのものが、18あります。交渉中のものとして、コロンビア、日中韓、RCEP、トルコとのFTA等があげられています。

世界の国々の間でFTAの締結競争が起きています。前述したように多角的貿易交渉によって、世界の貿易が拡大してきたのに、WTOの貿易交渉が今のところ頓挫してしており、一定の進展も見られるものの、めぼしい成果が得られていないからです。

多角的な貿易交渉が困難となった理由として、一つは、WTO加盟国が増加し、多国間条約をめぐる南北問題を生じたためです。発展途上国が先進国のように、自由貿易の恩恵を被っていないという不満が存在します。他は、世界貿易の発展に伴い生まれた新興国の存在です。すなわちBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)等です。新興国の利害は、先進国や途上国の利害とも異なり、三つ巴の争いとなります。

前回の貿易交渉であるドーハ・ラウンドは、あと一歩で妥結するところだったのですが、インドと中国が、途上国向けのセーフガード条項を強化することを求めて、アメリカがこれに反対したため、土壇場で合意案が破棄されました。日本はこのときも、農産物の大幅自由化を要求され、相当程度の譲歩を示していたという経緯があります。これがご破算となりました。

多国間の枠組みにおける更なる自由化が達成されなかったことで、各国が二国間、複数国間のFTA締結競争に至ったのです。その先陣を切っているのが、中国や韓国です。日本は多国間の枠組みを重視していたため、この競争に少々、遅れ気味だったのですが、ASEANやEUといった地域とのFTAのほか、TPPの締結がありました。

TPP11では、日本、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナムの、人口合計5億人、GDP合計10兆ドル、貿易総額5兆ドルの自由貿易地域が創設されることになります。

TPPというと、関税の引き下げの側面が注目されがちですが、貿易円滑化や電子商取引に関するルールが含まれており、特に、中国との関係で重要なのは、投資、国有企業支援、知財保護に関する規定です。

投資先国が投資企業に先端的技術の移転を要求することの禁止や、国有企業に対する補助金に対する制限、知財侵害に対する厳格な規制を行うことを、構成国に求めています。いずれもトランプ大統領が中国に対して要求していることです。もともと国家資本主義である中国を念頭に置いた規定だったのです。今の中国がとても飲めない規律内容で、アメリカを含む環太平洋と東南アジア諸国が、TPPにより中国包囲網を敷く作戦であったと思われます。これが成功していれば、中国の一帯一路政策にも十分対抗し得たでしょう。ところが、元々アメリカが旗振り役であったTPPから離脱して、アメリカは中国に対して貿易戦争を仕掛けています。

TPPは、モノ・カネ(投資)・サービスの移動の自由に向けた高レベルの通商法ルールを含むわけです。

そのほか、FTA・EPAには、ヒトの移動に関する取り決めがなされる場合があります。日本とインドネシアやフィリピンとのEPAにおいては、看護士・介護士について、日本が一定数の人員を受けいれることを約束しています。もっとも当初、3年以内の、日本語表記の看護士等資格取得のための試験合格を要件としたため、日本に定住することが困難な状況です。

4、安倍総理の国連一般討論演説

先日行われた第73回国連総会での一般討論演説で、トランプ大統領が反グローバリズムを掲げ、愛国主義(patriotism)を標榜しました。トランプ大統領の保護主義政策とナショナリズムに対して、安倍総理は日本が自由貿易主義の旗手であることを宣言したのです。そして、このことに関して、具体的には、次の3点を取り上げています。WTOへのコミットと、RCEP交渉、そして、アメリカとの貿易交渉です。

トランプ大統領はWTOに不満を抱いており、WTO脱退も辞さないとしています。アメリカをこの多国間の枠組みに繫ぎ止めるためには、日米欧の共同提案にかかるWTO改革が成功する必要があるかもしれません。中国を念頭に置いた、補助金規制や知財保護に関するWTO改革には、総会における全員一致が必要です。つまり、中国が拒否権を有することになります。先に述べた理由で、途上国や他の新興国との関係もあり、極めて厳しい課題となるでしょう。

RCEPとは、外務省の発出している文書「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)(概要)」(外務省HPに掲載)によると、交渉参加国がASEAN10か国と日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インドの6か国であり、世界人口の約半分、世界のGDP及び貿易総額の約3割を占める巨大な経済圏です。

RCEPが重要なのは、日本が多国間主義の下で、地域全体の発展の中に日本を位置づけ、国際主義の長期的利益を指向するという観点からです。この国際的地域には、多くのわが国企業が、大企業も中小企業も含めて既に進出し、サプライチェーンを構築し、また多様な市場に参入しています。この地域における国境による障壁を可能な限り除去し、互恵的な関係を築いて行くことができるなら、将来において、EUや北米大陸に優位するほどの経済成長を遂げる可能性を十分有しています。

関税のみならず、非関税障壁を含む、包括的、野心的な協定を締結するとすれば、国家資本主義を取る中国や、地域大国であり特有の文化を有するインドの説得が鍵となるでしょう。中国は一帯一路政策という独自の国際戦略により、シルクロード経済圏への経済的進出を国家として推し進めています。中華思想の下、帝国主義的発展を目指すのであれば、RCEPは余計なものでしょう。筆者には、アメリカも中国も、いずれもとてもわがままな国に見えます。日中韓や日中の二国間のみの枠組みよりも、インドを引き込む多国間の枠組みが、対米戦略と同様の意味において、好ましいと思われます。そして、中国がそれを嫌うなら、残りの国々で、新世紀通商法ルールを策定した経済共同体の形成に向けて努力することが可能ではないでしょうか。

安倍総理は、RCEPに向けて全力を傾注すると、国連総会で宣言したのです。そして、アジア・太平洋からインド洋に至る広域の、自由で公正な通商法ルールを有する経済圏システムを構築することができれば、中国の一帯一路政策に対抗できる壮大な国家戦略となるでしょう。

更に、将来的には、民主主義、人権の尊重や環境保護といった価値観を、友好国とともに、この地域全体に広めることができれば、EUに匹敵する文化的な共同体にもなり得る、少なくともその可能性は留保したいと思います。

アメリカとの関係については、少なくとも首脳同士の友好関係が極めて良好であることが重要です。規範的価値には無頓着であるように見えるトランプ大統領には、特にこの点が有意味であると思われます。ビジネスのパートナーとして、ウィンウィンの関係を作り上げる。そのためのディールが全てであるようです。これほどのナショナリズムに走るアメリカの大統領を何とか凌がなければならないでしょう。

FTAほどの包括性を持たないTAGとして、TPPの内容を盛り込むのが日本の狙いであると思います。そして、将来、アメリカの大統領がその意義を再認識したときに、TPPに引き込むことができれば、RCEPと共にTPPが一層の重要性を獲得するでしょう。

経済グローバル化の奔流が国家(法規制)を翻弄する2018年09月23日 20:36

朝晩は、随分秋めいてきました。食卓に、薄紫の大きなポピーのような花を、ビーフィーターの細い角張った空き瓶の中にさしてあります。空き瓶のラベルの裏には、赤い模様が書いてあって、それが水を透過して写っています。表では、赤い制服を着た門番が、大きな花弁を仰いでいます。


1,リーマン危機10年

最近次の記事が目に留まりました。

「リーマン危機10年 データで読む 中間層の所得、中国2.3倍 米は横ばい」
日経電子版 2018/9/21 2:00

記事は、アメリカと中国の、2007年と2017年の国内総生産(GDP)を比較しています。2007年がリーマンショックと金融危機を生じる直前の年であり、その後の10年間で世界の経済がどのように変わったかを考察する内容です。これによると、米中のGDPが接近しつつあります。やがて中国がアメリカに並ぶ日もそう遠くない将来に実現するかもしれません。

そして、記事によると、中国における中間層の所得は2.3倍に増加したのに、アメリカのそれが横ばいであった。先進各国において所得格差が拡大し国民の分断を招いた、とする内容です。2008年9月のリーマンショックのあと、アメリカの中間層はバブルで手に入れた豪華な家を失いました。中間層の低落により、大衆の不満が高まり、アメリカや西欧各国において、移民排斥運動と反グローバルのポピュリズムに通じたとしています。


2,日本の中間層の低落? と、反グローバリズム

最近、野党が上の記事とよく似た議論を展開しています。日本の中間層が低落し、所得の格差が拡大している。ぶ厚い、豊かな中間層を取り戻そうと言うのです。その念頭にあるのが、日本の高度経済成長期です。その時代、確かに、中間層は所得倍増を実感していました。株価も土地もほぼ右肩上がりで、山師でなければ、証券取引によって確実に財をなし得たし、購入した土地やマンションが値下がりするということも、思いもよらない。各家庭には、ボーナスで購入した新製品の家電製品が増えて行きました。

どうやら現在の中国が、少なくとも沿海部の庶民がそのような生活を満喫しているようです。ちなみに、経済開放前の中国が低劣な生産性の故に、押し並べて生活水準が低く、庶民がそんな豊かさを経験することがなかったことはよく知られています。

現在の日本の資本主義経済は既に老成しています。高度経済成長期のような、豊かさの倍増という実感が再び訪れるということは考えにくいでしょう。しかし、よく考えてみると、今のところ、日本の雇用状況は実に安定的です。失業者が町に溢れかえるというような事態にはなっていません。むしろ、どの産業を見ても、人出不足に喘いでいる、雇用が有り余っているのではありませんか。そして、中間層に属する多くの人々は、高度経済成長期に経験した豊かさを温存し得ているのです。

すなわち、中間層に属する人達の経済状況が、相当に高い水準にまで至った後、この数十年間、横ばいなのではないか、ということです。

日本の格差の拡大という問題は、資本主義経済に必然的に生じ得る生活困窮者の問題をひとまず置くとすると、中間層の没落ではなく、恐らく、より高位層に富が偏在しているという不満ではないでしょうか。

先ほどの記事に戻ると、先進国一般について、「中間層の停滞は、人手のかかる労働集約からアイデアで勝負する知識集約へと産業構造が急変したことに根源がある。IT(情報技術)化の進展は優れたアイデアを持つ一部の知識労働者に成長の果実を集中させる」、と分析しています。

中国の企業家にジャック・マーという人がいますね。中国企業アリババ・グループの会長です。アリババ・グループは、電子商取引サイト、検索サイト、電子マネーサービス、ソフトウェア開発などを行うIT企業です。ジャック・マー氏は、アメリカのトランプ大統領に対して、アリババ・グループとして、アメリカ国内に100万人の雇用を創出すると約束していました。

もっとも、米中貿易戦争で、アメリカが2000億ドル(約22兆5000億円)相当の中国製品に更なる関税をかけると発表した2日後、この約束を撤回することを表明しました。中国政府の圧力によるともされていますが、アメリカ国内に雇用を産み出すことに熱心なトランプ大統領に対して、雇用のお土産を用意していたのですが、貿易戦争のおかげでこれを失うかもしれません。

トランプ大統領が、経済政策の内、なぜ雇用にのみ、それも鉄鋼・自動車などの重厚長大型の製造業の雇用にのみ、そんなに執着があるのか、自身の支持層なのかもしれませんが、よく分かりません。ここで注目したいのは、IT産業の産み出す雇用です。

同大統領がIT産業を攻撃したときに、アマゾンUSが、いかにアメリカ経済に貢献し、国内に雇用を生んでいるかを説明していました。電子商取引により、輸入した外国製品を販売しているとしても、電子商取引にまつわる顧客対応の他にも、例えば、巨大な倉庫の建造、在庫管理や配送業務、商品の運送など、流通に関わる膨大な雇用と経済の波及効果を産み出していることは容易に想像できます。

日本の産業構造にも、このような変化が生じているようです。

GATT時代から継続し、1995年のWTO成立以来、更に飛躍的に進展した経済のグローバル化が、世界中の国々において、産業構造の転換を半強制的にもたらしました。2001年12月には、中国がWTOに加盟しています。自由貿易の恩恵を被りながら、中国が世界の工場と化し、高度経済成長を果たしたのです。

モノの交易の観点からは、モノを産み出す製造業についてみれば、先進各国の製造業者が安価な労働力を求めて製造拠点を他国に移転させ、これら国々において、サプライチェーンを構築したため、先進各国において、製造業の空洞化を来しました。

そして、アメリカや西欧諸国は、経済成長に伴う労働力の不足を、安価な外国人労働力に依存し、安易に膨大な数の移民を受け入れたのです。そのため、主として構造転換を余儀なくされる製造業において、既存の住民・国民が、移民に職を奪われ、あるいは移民同様の劣悪な労働条件を飲まざるを得なくなった。その不満につけ込んだ移民排斥運動が、反グローバリズムの標語の下で、ポピュリズムとして隆盛しているという状況にあります。

しかし、日本の現状はこれと異なります。確かに、製造業の空洞化を生み出しましたが、一次的に衰退した製造業についても、異なる製品の開発と業態の転換により生き残り、国際競争力を獲得するに至る企業も現れるのです。

例えば、日本の繊維製品は一時、中国等の開発途上国の後塵を拝しました。現在でも安価な製品群は途上国に依存しているとしても、高付加価値の日本製品は、メイド・イン・ジャパンのブランド価値を獲得しています。また、繊維製品から、機械や航空機の部品、建材に使用する素材の産業として、劇的に復活した企業もあるわけです。

そして、電子商取引の隆盛は、配送業の、恒常的な人出不足を産み出しました。このブログで何度も言及しているように、製造業を含めて、様々な業種で、労働力不足が顕著なのです。

ちなみに、筆者の時代に習った中学高校の「地理」の教科書には、インドやタイなど、第三世界の国々が植民地時代のプランテーションの影響からどうしても抜け出せない、極貧の発展途上国として描かれていました。それらの国々に、現在、経済開発と豊かさがもたらされつつあります。その時代を知っている者からすれば、驚愕するような発展です。

WTOの根本理念は、自由貿易主義を推進して、世界の経済厚生を最大にすること、その恩恵を世界中の国々に及ぼし、世界経済の持続的な発展を期することです。WTOはそのために必要な通商法ルールの体系であり、なお、発展を止めていません。更に、TPPその他の、メガFTA・EPAがその系譜に属します。日本は、その中にあってこそ、その長期的な国家利益に適うのです。

自由貿易主義の評価も多様であることは、この筆者も知っています。しかし、第二次世界大戦以前の経済ナショナリズムが悲惨な戦争の惨禍をもたらし、焼け野原となった国土を前にした人々が世界を再建するために、GATTを生み出したこと、その後も、繰り返し生じる経済ナショナリズムと闘いながら、その障壁を打ち破り、現在の豊かさを多くの国々にもたらしたことは、確かなのです。

世界中の貧しい人々にパンが行き渡ること、これが世界平和への道です。そのために最も効率の良い、実現可能な方法を見出さなければなりません。


3,モノの取引から、サービスの取引(投資)への、グローバル化

先進国経済の発展段階において、既に、モノの交易中心の時代から、投資の時代へと進展しています。一つの国が原材料を輸入して、製品に加工して輸出するという単純な形態ではなくなっています。製造拠点や販売拠点を、世界中のどの国において事業活動を展開するかは、その時点における各国の法制や経済水準などにより、利潤の最大化のために、一にかかってその企業の決定に依存します。

サプライチェーンを複数国に跨がり構築する多国籍企業が、その子会社や関連会社を、それぞれの国に設立するのです。これが対外直接投資です。その他国に対する技術の移転を引き起こし、雇用を生み出し、経済発展に役立ちます。そして、ある国で製造した製品を、どの国に輸出し、販売するのかについても最適な国を選択します。

日本の優れた製造技術は、部品産業として生き残っています。日本製部品を中国などに輸出し、やはり日本企業の子会社がその国で組み立てた完成品を、日本に輸入する場合も有り、更に第三国に輸出する場合もあります。

国際的なM&Aにより、企業規模を拡大させ、世界的企業となる企業も現れます。日本企業がそのような多国籍企業として、国外で儲けた利益を日本に送金することで、日本の経済が潤うという仕組みです。

日本の金融機関が、世界中の証券・金融市場に投資して、売買差益や配当により、金儲けをすることも日常的に行っています。

かくて、日本経済の中心がモノ自体の交易から、投資の時代へと移り変わって、もう既に相当の期間が経過しました。

但し、重要なことは、投資が出超であることです。世界の優良企業が日本市場に投資して、日本に先進的技術やノウハウをもたらし、更なる雇用と経済の成長を促すことが、まだ充分達成できていないのです。

なお、製造業の多国籍化のみならず、現在は、サービス業のグローバル化が顕著です。宅急便を例にとると、他国で宅配事業を展開するためには、その国で子会社を設立するなり、同業者を買収することが必要となります。日本で培ったノウハウを基に、その事業所で配送業を営む人員を雇い入れ、事業を展開することが必然だからです。あらゆる形態のサービス業が海外進出しています。銀行等金融業、デパート・スーパーマーケットなど流通業、食品加工業や外食産業、ホテルなどの観光業などなど。進出先国で稼いだカネが日本に送金されます。

このような経済のグローバル化は必然的に生じるのです。いずれか一国の抵抗によって妨げることのできないこのグローバル化の奔流に巻き込まれ、各国の経済と法規制が翻弄されます。いずれか一国ではもはや制御できません。多国間の枠組みでこそ、なんとかコントロールする試みが可能です。

それがWTOであり、FTA・EPAなのです。


4,労働市場の流動性に関する、アメリカ型と日本型

各国の労働市場も、上のようなグローバル化を避けられないようです。

先進各国において、高度人材外国人の獲得競争が激化しています。研究者、技術者、特にIT技術者については、わが国の人手不足が深刻です。経営者や高度な金融知識をもったディーラー、外国の法律知識を持ったアドバイザーなど、益々、必要な人材となるでしょう。そのような獲得競争に、わが国が負けないようにしなければなりません。

そのために必要な法制度の整備や日本人コミュニティーの物的、心理的障壁を取り除くことが急務と思われます。

一定の技能者や単純労働者の受入れについても、既に何度か取り上げていますが、わが国の受け入れ問題は、アメリカやEUにおける、難民問題や移民問題とは性質が異なります。早急に、しかし堅実に行うべきです。

ここで労働市場の流動性について、言及しておきます。わが国の労働市場の在り方はアメリカのそれとは大きく異なります。アメリカは、解雇自由の原則が徹底している国であり、簡単に首が切れるけれども、セーフティー・ネットが準備されていて、失業保険で食いつないでいる間に、次の職場を捜すことができ、かつ、労働市場も流動性にあふれている国です。次の仕事が、前の仕事に見劣りするということは必ずしもなく、そのときの経済情勢と本人の能力次第です。

企業としては、そのときに必要な部門に必要な人材を獲得し、不要となれば容易に他に変えられるので、都合が良いでしょう。労働側も、不当な差別的処遇でない限り、成果主義を受け入れつつ、他のより良い職場に容易に移籍できるのです。アメリカの労働者はその自由の方を、規制よりも好むのでしょう。アメリカについて、よく思うのですが、ここまでの自由競争社会は、日本人には不向きです。

日本の労働市場は、よく知られているように、終身雇用制が本則ですね。最近は、人手不足、企業にとっての人材難を反映して、若干これが崩れつつあり、転職市場の拡大がみられるようです。しかし、終身雇用制が基本であることには間違いないでしょう。一つの企業に就職したら、定年になるまでその企業で働き、転職しようとしても、ほぼ必然的に賃金等の労働条件の切り下げに繋がります。流動性の乏しい国です。

そこで、法制度としても、解雇自由の原則の下で、解雇権濫用の法理が発達し、企業からは相当に解雇の手が縛られています。簡単に首を切られても、流動性がないので、容易に転職できないという日本社会の特殊事情を汲んだものです。

将来的に、更に日本の労働人口が確実に減少するという予測の下、企業の人材難が深刻化して行くとも考えられます。従って、企業の側に、今少し労働市場の流動化に向けた欲求が生まれているようです。解雇権濫用については、労働法規制が確固たるものですので、その大枠の中で、国内的な人材の獲得競争に向けて、あるいはグローバルな高度人材の獲得競争に向けて、労働市場の流動性を惹起する試みが求められていると思われます。

労働者側からは、突然、首を切られるということではなく、そちらは法規制の枠があり、むしろその職場が嫌であれば、他の企業からのより有利な条件でのオファーを受け入れるということはできるでしょう。

そのために、企業側として、労働条件の多様なメニューを呈示できるようにする。この文脈で、先の国会で随分議論のあった、「高度プロフェッショナル制度」や「裁量労働制の拡張」というのも理解できます。先に述べた、労働市場のアメリカ型と日本型の間に、従来のような硬直な法規制に縛られた日本型ではない、ほどよいところにこれを定位させることはできないか。この意味で、労働の対価を必ずしも、労働時間のみで図るのではなく、労働者側のニーズも汲みながら、労働時間による規制の在り方を見直す必要もありそうです。

もっとも、野党の批判は、制度の悪用や転用に向けられていました。そのあたりは充分注意を要するでしょう。従って、その要件化を慎重に、明確に規定すると共に、悪用を阻む具体的な方法を考案するなり、労基署による取り締まりがいかに促進されるかを、同時に議論して欲しかったと思います。

どのような法制度にも、悪用はつきものです。制度の弊害が、たとえ一人の命でも、人の生命を犠牲にするようなものであれば、その制度はあってはならない。しかし、その大前提の下で、利点が弊害を上回るように制度設計し、法制度を経済、社会の現実に即したものとするような進展を促してもらいたいものです。

日米貿易協議2018年08月24日 19:27

台風が二つ日本列島を通り過ぎてゆきます。あんなに暑かったのに、殺人的な酷暑であったのに、なんとなく、風に、秋の気配を感じます。

日米貿易協議の初会合が今月10日に終了しました。新聞記事によると、日本がTPPへの復帰を促したのに対して、アメリカは二国間FTAの締結を迫ったことで折り合わず、9月に次回協議を行うことで合意したとのことです。

「貿易促進で一致 9月に次回会合 日米貿易協議が終了」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34079010R10C18A8000000/(日経新聞電子版)

今日は、貿易戦争なり貿易協議と、国際的な通商法ルールの関係について、考えてみます。


1,貿易戦争とWTO

トランプ大統領はWTOの脱退に言及するなど、WTOを無視するかのような対外経済政策を遂行しています。米中貿易戦争のまっただ中ですね。双方の関税引き上げ合戦が、WTO上いかなる根拠の下に正当化されるのか、未だに全く不明です。国際法であるWTOという多国間条約にいずれも加盟しているのに、その法的義務に従わないのを当然のように振る舞うのは、国際法を軽視するにも甚だしい所業です。

国際法は平時国際法と戦時国際法に分類可能です。国際経済法の戦時国際法が発動されるべきなんでしょうかね?(ジョークです。)

もっとも、双方とも国内法上の根拠に基づいた国内的には合法の行為を行政府が行っているには違いありません。しかし、その行為が国際法違反であれば、損害を被る国からWTO提訴が可能となります。

戦争を仕掛けておいて、あるいはその遂行中にも、法廷闘争をその「戦争」の方法の一として取り組むことが充分あるべきでしょう。特に、アメリカは法の国であり、多民族国家アメリカにとって、コミュニケーションの第一歩が対話というより「議論」であり、法を巡る紛争で有り得ます。民族間あるいは人種間で非常に大きな価値観の相違があり、そもそも対話が成立しない可能性があります。法が、ひとまずはその共同体の意思を示すルール集であるので、そのルールの意味解釈と適用を求めて、裁判所を活用する。その論理の争いの方が、どこまでも解決のつかない価値を巡る闘争よりも容易に結論を導くことができ、紛争の当事者がその解決に納得することまでが社会の大まかな合意でありさえすれば、その方が簡便であり、遺恨を残さないからです。

このあたり、腹芸と空気を読む必要のある忖度の得意な日本の「和」の文化とは対照的ですね。

アメリカの対外経済戦争の遂行も国内法上の根拠を有するので、戦争を仕掛けられた場合、国際法に訴えると同時に、アメリカ国内において、アメリカ通商法等の国内法に基づく、法廷闘争を仕掛けることも方法の一つかもしれません。

そもそも、米中の貿易戦争では、いずれの国も表面的には一歩も引かない構えです。経済的覇権を賭けた戦争でしょう。かつて日本がいずれアメリカを抜いて世界一の経済大国になるのではないかなどと、夢想されたバブルの時代がありました。その前後の時代にも、日米の貿易紛争が次々と引き起こされました。その結果、日米構造協議において相互に内政干渉を行い、両国が注文を付け合う指向性を有したのです。そして多角的なWTO体制においては、関税や通商ルールに関して、加盟する国々が互いに内政干渉を行い会う大がかりな仕組みができたと言えます。

トランプ政権がこの国際的潮流に逆行し、時計の針を逆回転させた、WTO以前の状態、すなわち「法」ではなく、むしろ外交交渉による解決を志向していることは憂慮すべきです。ディール=取引は、交渉力の大きな方が常に勝つことのできる、強い者に有利な手法です。

どうやら米国連邦議会選挙の年に、トランプ政権が有権者ないし支持者向けに(ラスターベルト向け(^_^))、経済戦争を鼓舞し、どこまでも戦い抜く姿勢を示して、支持をつなぎ止める作戦に出ているように思われます。

短期的な国家利益を目指すのではなく、国際共同体に属する全ての国の利益が向上する、そのような長期的な利益を指向すること、限られたリソースの中での持続的な発展を目指すというのがWTOの目的であったのです。


2、日米貿易協定と通商ルール

さて、日米貿易協議については、次のブログが目に留まりました。

細川昌彦「「米欧休戦」から読む、日米貿易協議の行方―TPPベースの「日米EPA」を目指せ」
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/062500226/073000003/?P=1(日経ビジネス・オンライン)

トランプ政権があくまでも日米FTA締結に固執するとすれば、やがては日本がその点の譲歩を迫られることでしょう。TPPに復帰してくれるとは思えません。結局二国間の協定に留まるのなら、関税の引き下げとモノの輸入拡大に止まるFTAではなく、米国が加入していたときのTPPの水準と内容で、投資、知財や競争政策などの通商ルールを含めて、EPAを締結すべきだとする主張です。

この筆者も同感です。

また、米欧貿易戦争は一応終息したのですが、前述のブログは、米国からする自動車関税の追加関税発動は、脅しのツールに過ぎず、本丸は農業であり、日米貿易協議にも応用可能であるとしています。


3,日米農業交渉と農産品の自由化

トランプ政権が、高関税で保護されている農業分野で、日本に譲歩を迫ることは必定です。牛肉に関する更なる自由化が求められているという報道があります。

日米の農業交渉について、少し時代を遡り、前史をみることにしましょう。

牛肉・オレンジの自由化を巡る日米の貿易交渉は、少なくとも1971年に遡ります。その後、GATTウルグアイラウンド(1986~1994)の交渉を経て、1991年以降、自由化されています。

更に、1993年にはアメリカ産リンゴが自由化されました。リンゴについて、輸入自由化はそれ以前から行われていたのですが、病虫害の問題から、アメリカ産リンゴは輸入されていなかったのです。

農業の自由化を巡っては、国内的に激しい反対論が巻き起こされるのが常です。農業関係の諸団体がそれを支持母体とする国会議員を動かすことや、国会議事堂前で反対のシュプレヒコールによるデモンストレーションがあったのが記憶に蘇ります。産地選出の議員が日の丸柄の鉢巻きをして、そのデモ隊に入っていたり・・・。

例えばコメの自由化の際も、自由化を進める政府・与党関係者と反対の農業団体との間で、熾烈な論争が繰り広げられましたが、結局は、反対派がグローバル化の浪に打ち勝つことができませんでした。現在、わが国は、コメについては、とてつもない高関税の下、国家管理貿易を行って輸入を統制していますが、ともかくも自由化されました。自由化は、WTO交渉の中で、全体で他国とのウィンウィンの果実を求めた結果、免れないことでした。その関税も、ドーハラウンドが妥結していたら、次期WTOの体制においては、関税の大幅下げが必至の状況にありました。しかし、これが上手くいかなかったために、従前の関税水準に止まっています。

牛肉や、オレンジ・リンゴの生果実・果汁についても、産地農家や生産県の議員の多くが猛反対をしても、押し切られるという歴史を繰り返しています。もちろん自由化との駆け引きの中で一定の優遇政策が採られることが通常でしょう。

ここで考えたいのは、あれだけの国内的な、特に産地の猛反対があっても自由化した結果、どうなっているのかということです。

まず、消費者目線で考えたいと思います。

よくスーパーに買い物に出かけます。子供の頃には、アメリカ産やオーストラリア産の牛肉なんか売っていませんでした。自由化されていなかったからです。その結果、牛肉は高止まりしたままで、中流家庭ですき焼きなんか、特別の日のごちそうか、あるいは庶民には高嶺の花でした。いまでも牛肉は高い方ですが、少々安く済ませるためには国産でなくても、外国産牛肉があります。以前は、その選択肢自体がなかったのです。

ただ、日本は豊かになりましたね。その日本の家庭に育った大学生達に聞くと、アメリカ産やオーストラリア産の牛肉はあまり買わないそうです。うまくて柔らかな国産牛を選ぶといいます。売り場を見ても、国産牛のスペースの方が大きいように思いますが、どうでしょう?日本の消費者の嗜好を捕らえているのは、「和牛」なのかもしれません。

ミカンやリンゴについては、どうですか?

オレンジや外国産リンゴは日本人の嗜好に合っているでしょうか。

皮を剥く果物の消費量が全体に低下傾向にあるため、ミカンの生産量が減少しているそうです。しかし、筆者の暮らす愛媛県では、温州ミカンの季節が早々と終わると、次々と品種改良された様々な晩柑類が出回ります。いよかん、清美、ポンカン、デコポン、せとか、紅マドンナ、はるみ等々の晩柑類です。いずれも味や香りに特色が有ります。

スーパーでは、オレンジの売り場がこれらの国産柑橘類の片隅に追いやられています。

リンゴはどうでしょう。国産の多様な品種のリンゴが年中、スーパーの売り場にならんでいます。あれだけ騒ぎになったアメリカ産リンゴはどこに行ったのでしょう?

調べてみますと、対日輸出はもはやなされていないとのことです。

ちなみに、わが国のリンゴの輸出入状況について。
https://www.pref.aomori.lg.jp/sangyo/agri/ringo-data04.html(青森県庁HP)

少なくとも、ミカンやリンゴについて、オレンジ等外国産果実の自由化の影響が顕著には感じられません。政府の政策や農家の努力により、外国産品との競争に打ち勝ったようにも思えます。

農業経営の視点からは、「和牛」ブランドの確立による輸出機会が増えていることが夙に指摘されています。高級な和牛のイメージを維持発展させることで、輸出が増えることも予想されます。そのためには、原産地表示を保護する通商ルールが、各国間で確立されていることが必要になります。低品質の偽和牛が出回ることで、その国のブランド・イメージが損なわれてしまうからです。自由化と多国間での通商ルールの確立が農産物の輸出に役立つのです。

台湾では、日本産高級リンゴが引き出物として重宝されており、輸出が伸びています。様々な柑橘についても、低温保存技術の確立と輸送方法の発達により、近隣のアジア諸国向けを中心とした輸出産品として発展する可能性があるでしょう。

外食産業や食品加工業の観点からは、安価で高品質の外国農産品によることができることが好都合であることは自明です。

狂牛病がアメリカで発生したとき、アメリカ産牛肉の輸入をわが国が制限したことがあります。WTOの例外ルールに基づく措置です。ところで、牛丼の吉野屋は、ご存知でしょう。吉野屋を経営する吉野家ホールディングスは、その価格と味を維持するためには、どうしてもアメリカ産牛肉でなければならない。オーストラリア産ではまかなえないとして、牛丼の提供を取りやめたことが、一時話題になりました。

また、ミカン・ジュースで有名な愛媛飲料のポン・ジュースですが、温州ミカン100%では必ずしもありません。オレンジ・ジュースを混和させています。甘味と酸味の調整上、ミカン100%よりも一般の消費嗜好に合うという理由です。価格的にも低価に維持する意味合いがありそうです。

鉱工業製品の関税引き下げの際にも、その産品を生産する国内産業が一次的に衰退することがあります。しかし、まず同業生産者が、その国からの輸入に対して関税の引き下げられた低賃金の国に生産拠点を設け、逆輸入や三国間貿易を行って利益を上げることはよく知られています。商社にしても、単なる利益獲得の機会が多様化すると考えるに過ぎません。そして、国内に留まる事業者は、業態転換を含む構造調整を進めることで、生き残りを図ることになります。日本の繊維産業がその代表でしょう。イノベーションによる新たな製品や産業の創生がその鍵となります。

農業産品についても、同様に考える余地がありそうです。


4,リンゴの火傷病に対する検疫とWTOルール

ところで、リンゴの火傷病という、リンゴの幼果期に発生する特有の病気があります。日本には自然発生の無い病気です。アメリカ産リンゴの輸入が、当初なされなかった理由は、日本にないこのような病原菌が輸入リンゴに付着しており、日本のリンゴの木にパンデミックを引き起こしてはいけないという考慮からでした。

先に述べたようにアメリカ産リンゴの自由化のとき、極めて厳格な検疫措置を実施しました。

この検疫措置に対して、アメリカがわが国をWTO提訴して、わが国が敗訴した事件があります。この事件を通して、国際的な通商法ルールの意義を考えてみようと思います。

まず、WTO上、GATT11条1項により、輸入数量制限が一般的に禁止されています。加盟国は、特定産品を輸入禁止や関税割当制にすることを禁じられ、国内産業保護は全て関税の方法によらなければなりません。農業協定により農産品についても例外ではありません。しかし、例外的に輸入制限を行える場合が規定されています。

GATT20条によると、麻薬やわいせつ物などの禁制品の輸入禁止や、人・動物・植物の生命・健康の保護のために必要な輸入制限や禁止が認められます。狂牛病や鳥インフルエンザの発症した国からの、牛肉や鶏肉の禁輸が許されます。

輸入品が税関で検疫措置を受ける場合があります。外国産の農産品に日本には存在しないような病害虫が付着ないし汚染されていないことを確認する措置です。この方法について、規定するのが、衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)です。これによると、検疫措置を採る国に対して、次の様に義務付けています。

1.必要な限度において、科学的な原則に基づいた措置をとること
2.十分な科学的証拠が存在すること
3.加盟国間及び国内外で不当な差別をしないこと
4.国際貿易に対する偽装した制限となるような態様で行わないこと

アメリカ産リンゴの輸入解禁に際して、わが国は、次の検疫措置を実施しました。

アメリカの産地において、火傷病の完全無病園地を対日輸出用に指定し、その輸出園地の周囲に500m幅の緩衝地帯を設置することなど、厳格な園地検査の実施を求めたのです。輸出用リンゴ園地に対して、園地を取り囲むように500メートルもの幅で農産品を産出しない土地を設けろと要求しているわけです。幾ら国土の広いアメリカでもリンゴの対日輸出をする農家が表れるのだろうかと疑いたくなりますね。

2002年から2005年に掛けて、アメリカは、わが国のリンゴ検疫措置がSPS協定に反しているとしてWTO提訴しました。その結果、この検疫措置は科学的根拠が無くて、隠された貿易制限に当たるとして、わが国が敗訴したのです。これを受けてわが国はこの検疫措置を廃止しました。

仮に、この措置が隠された貿易制限であったとして、ここまでして国産リンゴを米国産リンゴから守る必要がなかったことは、先に述べたとおりです。

WTOが前述した目的から、自由貿易を擁護するものであり、加盟国がその規定するルールに基づき、モノやサービス、及び情報の交易を行い、加盟国の全てが自由貿易の恩恵を受けるようにする。そのために、貿易を巡る紛争を生じたら、WTOの法的ルールを解釈し、事例に適用して、法の専門家が解決する。これが司法的解決です。日米の関係には当てはまりませんが、途上国がアメリカに勝訴することも実際にある「小よく大を制す」方法です。


トランプ大統領はこれがお嫌いなようです。

部品カルテル型の設例2018年08月03日 23:55

競争法のケンカ

各国競争法が抵触する場合の設例について、今日が最後となります。

1、ブラウン管テレビ事件

 ブラウン管テレビ事件というのは、昨年下された最高裁判決の事件です(最判平成29年12月12日・民集71巻10号1958頁)。

 簡略化して説明します。まず、東南アジアの複数国に所在するブラウン管製造会社らが価格カルテルを締結しました。そして、これをわが国のテレビ製造販売業者の現地製造子会社が購入し、カルテル対象ブラウン管を組み込んだブラウン管テレビを製造した上、わが国のテレビ製造販売業者がそのテレビを購入した事件です。

 最高裁判決の前提となる事件に焦点を当てますと、ブラウン管のカルテルが締結された後、マレーシアにあるブラウン管製造会社Z1から、そのブラウン管を購入したテレビ製造会社X1が完成品を組み立て、X2という日本のブラウン管テレビ製造販売業者がこれを購入しました。マレーシア企業X1は日本企業X2の完全子会社でした。X1がX2の現地製造子会社ということになります。

 事件の背景として、ブラウン管の製造販売に係る継続的な取引関係があると伺えるのですが、Z1(マレーシア企業)の親会社である韓国企業Z2を含めて、ブラウン管製造メーカー側と、日本のX2との間で、予め、ブラウン管の価格、数量や仕様など重要条件の交渉がありました。その交渉で決定された価格等に従い、X2の指示の通りに現地製造子会社X1がZ1にブラウン管を注文し、購入したのです。

 部品カルテルとしては東南アジア諸国の複数のブラウン管製造会社と、日本や韓国に所在するその親会社らが締結したものです。従って、日本企業のブラウン管製造子会社から、日本企業のテレビ製造子会社が購入したものを含みます。現地製造子会社というのは、東南アジアの国々においてその国の法に基づき設立された会社であり、日本企業の子会社と言っても、親会社とは別個の会社であり、設立された国の企業です。実際の事件では、ブラウン管製造メーカーの側は、日本、韓国、台湾、マレーシア、インドネシア、タイの企業であり、テレビの製造地はマレーシア、インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナムの各国に渉ります。そのテレビを、日本の複数の企業が購入しました。

 完成品のブラウン管テレビとして、わが国内に流通したのは僅少であり、多くは、そのまま国外に転売されています。

 わが国の公正取引委員会が、わが国企業を含む複数国のカルテル参加企業に対して、独占禁止法を適用し、課徴金を課しました。このようなわが国独禁法の適用を容認したのが、最高裁判決です。

 最高裁判決のポイントとして、X1とX2が完全親子会社として経済的に一体であるという点と、X2が部品製造者側と重要条件の交渉を行いその合意に従い、現地製造子会社に購入させたという点が重視されました。このような取引には、わが国の独禁法が適用されて良いというのです。

 前回もお話ししたように、原材料や部品調達のサプライチェーンが高度にグローバル化されている今日、完成品を購入する企業・消費者が部品カルテルの被害を受けることが容易に予想されます。わが国に所在する完成品購入企業や消費者を保護するために、このような国外で締結されたカルテルに対して、わが国独禁法が対処する必要性があるとも考えられます。そこで、上記ブラウン管テレビ事件でのわが国独禁法の適用について、わが国の経済法学説上も、多くがその結論には肯定的であるようです。


2、モトローラ事件

 モトローラ事件というのは、2014年に下された、アメリカの第7巡回区連邦控訴裁判所の判決です。

 アメリカの携帯電話の製造販売会社であるモトローラが原告となり、外国で締結された携帯電話用液晶パネルの価格カルテルによって、これを購入したモトローラが損害を被ったとして、カルテル参加企業である液晶パネル製造者ら(日本、韓国等の企業)を被告として、損害賠償請求訴訟を提起しました。

 ①アメリカ企業であるモトローラが液晶パネルの引渡しを受け、アメリカ国内で携帯電話を製造したのは、全体の1%に過ぎません。この部分に対して、アメリカの反トラスト法が適用されるというのはほぼ問題がないでしょう。

しかし、多くはモトローラの現地(主として中国及びシンガポール)製造子会社らが購入し、現地で完成品が組み立てられた上、完成品である携帯電話をモトローラが購入し、②アメリカ国内において流通させたか、または、③そのまま国外に転売しました。

 ②と③の場合、部品である液晶パネルの直接購入者はモトローラの現地製造子会社であり、完成品の購入者であるモトローラは、部品に対しては間接購入者であるということになります。判決は結論的に、間接購入の部分(②と③の双方)について、モトローラの請求を否定しました。

 モトローラは、価格等を現地製造子会社に指示し、その指示に従い現地製造子会社が、液晶パネルメーカーらに発注したのであり、また、モトローラと現地製造子会社は経済的に一体であると主張しました。また、モトローラの携帯電話に特化された用途を有する液晶パネルについて、液晶パネルのメーカーらは、これが組み込まれた携帯電話がモトローラによって購入され、アメリカ国内に流通することを知っていたはずです。これを知りつつ価格カルテルを締結したことが、アメリカの市場に影響したのであるとモトローラが主張しました。

 しかし、第7巡回区控訴裁判所の判決は、次のような二つの理由により、モトローラの主張を排斥しています。

 まず、第7巡回区の民事損害賠償に関する先例として、間接購入者理論が確立されています。判決から若干離れて、この考え方を説明しておきます。

 商品が転売される途中でその商品を最初に購入した者を直接購入者と呼び、その者からその商品を購入した者を間接購入者と呼ぶとします。その商品のカルテルがあったとき、カルテル参加者に対して損害賠償を請求できる資格があるのは、直接購入者のみであるとする考え方です。最初に、カルテル対象商品を購入した者のみが反トラスト法上の損害賠償請求が可能であるとします。最終の購入者が消費者であるという場合には、消費者が3倍額賠償を求めて提訴することができません。

 これに対して、損害転嫁の抗弁を認めるという考え方があります。上の例で、カルテルによる損害を最初に被るのは直接購入者ですが、その分を価格に上乗せして、転売して行くなら、最終の購入者が最終的にその損害を被ることになります。中間者は、カルテルによる価格高騰の分、高く買っても、その分、価格を高くして次に転売するのだから、プラス・マイナス・ゼロになるはずです。従って、中間者が競争法上の損害賠償を請求すると、次の購入者に損害が転嫁されているのだから、むしろ中間者には損害賠償請求をする権利がないと言えることになります。これが損害転嫁の抗弁です。競争法上の賠償請求をされた相手方にそのような主張を認めるものです。

 カルテルに基づく損害という同一の損害について賠償請求が可能であるのが、直接購入者か、最終の購入者かという問題に関して、法の立場が国によって異なるのです。

 第7巡回区は間接購入者理論によっています。部品カルテルの場合、部品を直接購入した者のみが反トラスト法上の賠償請求が可能であり、間接購入者である完成品購入者はこれができないことになります。

 第二に、判決は次のように述べました。親子会社は別個の法人であり、子会社は現地の法に基づき設立され、その法に服する。従って、子会社が損害賠償を必要とするなら、その国でその国の法に基づき請求すれば良い、その国の競争法の執行が不十分だとか、競争法自体が存在しないとしても、モトローラは子会社をその国に設立することを自ら選択したのだから仕方がない、とするのです。

 但し、重要なことは、モトローラ控訴裁判所判決は、競争法当局(司法省)が罰金を科する場合と、裁判所で民事の損害賠償を請求する場合とを区別していることです。この事件で、アメリカの競争法当局は、反トラス法を適用するべきであると主張しました。判決でも、前者の問題については、別個の基準があり得るとして、間接購入者理論は民事賠償にのみ存在する先例であるとしています。


3、ブラウン管テレビ事件とモトローラ事件との比較

 ここで、日本のブラウン管テレビ事件と、アメリカのモトローラ事件を比較しておきましょう。前者は、公取委が課徴金を課した事件なので、行政制裁の問題で有り、後者は私人と私人の間の、民事賠償請求事件なので、基準が同一である必要はないと、私は考えています。

しかし、法の適用範囲の比較をしておくことは有益でしょう。

 カルテルの締結地が国外である場合に、カルテル対象商品(部品a)の直接購入者X1の所在地と完成品bの購入者X2の所在地が異なるときに、対象商品の現実の引渡地、完成品の現実の引渡地について、次のような設例を用います。
(なお、「引渡し」の語が、現実の引渡とは異なり、法的な意味におけるそれを指すことがあります。ここでは引渡地は、契約により決定される事項となり、一般的には本船渡しの契約が多いと考えられるので、この場合のみを例としています。)
 
 ①X2がaの引渡しを現地で受け、X2の所在地に持ち帰り、その国で転売するか、bを製造し、流通させる。
 ②X1がaを組み込んだbを現地で製造し、X2がbの引渡しを現地で受け、X2の所在地に持ち帰り、その国内で流通させる。
 ③X1がaを組み込んだbを現地で製造し、X2がbの引渡しを現地で受け、そのまま他国に転売する場合。X2の所在地国内では流通させない。

 以上の設例を前提に、モトローラ事件は、①にのみ、反トラスト法を適用し、ブラウン管テレビ事件は、①から③までの全てに対して、日本の独禁法を適用しました。一見すると、日本法の域外適用の範囲が広いように思われます。

 しかし、わが国最高裁判決の事実認定によると、完成品購入者である親会社が、部品メーカー側と取引の重要条件について、直接交渉しており、その合意に従い、子会社に購入させたとされています。この部分が、モトローラ事件とは異なります。


4、設例について。

 次に、以前のブログに挙げた設例を再掲します。

「部品カルテル型(ブラウン管テレビ事件・モトローラ事件)

ある製品(完成品a)の部品に関する価格カルテルが、A国企業Y1(日本企業Y2の子会社)を含む複数の部品メーカーによりA国で締結された場合で、A国企業X1がカルテル対象部品を購入し、A国において対象部品を組み込んだ完成品aを組み立て、その完成品aを日本の企業であるX2が購入(輸入)したとする。この部品カルテルが、部品の市場であるA国市場に競争制限的効果を生じるのは当然である。

同時に、X1とX2に一定の関係がある場合などの条件を充たせば、日本の最高裁判決によると、当該のカルテルが、aという完成品の輸入市場に影響を及ぼしたとき、日本が競争制限的効果を生じる市場の一つであるとして、日本の公取委が独禁法を適用して課徴金(行政罰)を課し得る。

従って、この部品カルテルに対して、A国競争法が適用され、同時に、日本の独禁法が適用されることがある。

設例1
日本の独禁法が当該部品カルテルを規制し、A国競争法もまた規制する。

設例2
日本の独禁法が当該部品カルテルを規制し、A国競争法は明示的に許容する。

以上の条件を前提にして、次の問題を考察することができる。

①課徴金の問題として、A国競争法の立場は、わが国独禁法の解釈に影響するか。

仮に、公的執行について、わが国の独禁法の適用があるとして、

②次に、X1のY1及びY2に対する損害賠償請求の問題としては、裁判所は、わが国独禁法の適用範囲について、抑制的に解し得るか。 」



設例1-①について。

 A国に競争法があるとき、部品カルテルの締結地であり、対象商品の市場があり、A国の企業が、実際に対象商品を購入した事件であれば、A国が自国競争法を適用するのはほぼ必然です。他方、ブラウン管テレビ最高裁判決に従うと、X1とX2に一定の関係があり、上述の要件を充たすなら、わが国の独禁法を適用することになりそうです。

 わが国独禁法の解釈として、X1の部品の直接取引を対象としてX2もその需用者(購入者)であるとする考え方や、X1とX2が一体であり、X2が部品取引の交渉者であるなどの事情に基づき独禁法が適用されるとする考え方などがあります。

 この場合は、刑罰ないし行政制裁の二重処罰に類する問題を生じます。わが国独禁法の適用を抑制する必要は必ずしもないでしょう。しかし、事件当事者と、わが国及びA国との関係の強さの比較や、X1及びX2の関係の態様など、事実関係によっては、行政庁である公取委が外国政府の立場も勘案しながら、柔軟にわが国独禁法の適用を調整することもあり得べきではないでしょうか?

 課徴金算定の問題としては、ブラウン管テレビ判決では、X1の損害を算定の基礎としました。経済法学説として、柔軟な制裁金制度を立法論として主張する立場があります。

 なお、X1とX2が親子会社であっても、別個の法人であり、それぞれ設立された国の法に従うというのは、日本もアメリカと同じように大前提となります。


設例1-②について。

 A国の部品購入者であるX1がわが国で、カルテル参加者であるわが国企業を相手取って損害賠償請求をした場合です。

 前回のブログでお話ししたように、X1の損害賠償請求については、A国に生じた競争制限効果に基づきA国で発生した損害なので、A国法が準拠法となります。競争法を含めてA国法に従い、損害賠償を肯定すれば足りるでしょう。

 他方、わが国の独禁法の「市場のルール」がこの場合にも適用されるというのが、設例1-①の結論でした。そうすると、少なくとも理論的には、わが国独禁法が準拠法のいかんに関わらず適用される絶対的強行規定とならないか否かというのが、私の学会報告の主旨でした。

 設例1-①に対して、わが国独禁法における「一定の取引分野」の解釈として、わが国独禁法が適用される場合です。わが国の公取委審決が前提として存在し得ます。その場合の民事賠償であり、X2ではなく、X1が原告となっています。

 結論的には、この場合には、わが国独禁法(市場のルール)の適用は抑制されるべきであると解します。その際に、アメリカの統治利益分析論を応用するのですが、わが国独禁法の実質的解釈に抵触法原則としての解釈原則を付け加えるというものです。この点は、ブログを読まれる皆さんには難解ですので、これ以上は止めておきます。


設例2-①

 基本的には、法の適用原則の解釈として、設例1-①と同様の問題です。

 しかし、設例1と異なり、本来、部品カルテルについて、A国が競争法を執行するべきであるのに、してくれないので、わが国独禁法の適用がなされるという場合です。しかし、設例1の場合と同様に、事件当事者と、わが国及びA国との関係の強さの比較や、X1及びX2の関係の態様など、事実関係によっては、行政庁である公取委が、外国競争法がこの場合を明示的に許容している点をも勘案しながら、柔軟にわが国独禁法の適用を調整することもあり得ると解するべきです。


設例2-②

 設例1-②と同じように、準拠法はA国法となります。A国の競争法も適用されます。そこで、X1の賠償請求は否定されることに一応なります。

 しかし、ここでも、設例2-①の問題として、わが国独禁法の適用可能性があることを前提しています。すると、市場のルールとしてのわが国独禁法が、準拠法のいかんに関わらず適用される絶対的強行法規とはならないかという疑問を生じます。

 特に、X1及びX2の関わる取引を前提に課徴金を課するという公取委の審決が先行する場合に、X1の損害賠償請求につき、わが国独禁法25条(無過失責任)の適用が問題となり得ます。

 私は行為の禁止(市場のルール)と損害賠償の問題について、統一的に準拠法選択を行うべきであるとしますが、行為規範(行為の禁止を定める法規範=市場のルール)について、絶対的強行法規となると解しているのです。その場合、準拠法であるA国の競争法が損害賠償を否定し、わが国の独禁法が損害賠償を肯定することになります。

 この辺り、大変難しい問題で、必ずしも定説がありません。

 更に、間接購入者理論ないし損害転嫁の抗弁の問題が関係します。術語を使うと、前者は、競争法民事賠償の、原告適格ないし請求権者の範囲の問題です。A国が損害転嫁の抗弁を肯定し、従ってX2の請求を認め、X1の請求を否定する場合に、仮に、わが国法の解釈として、X1の請求もX2の請求も原告適格としては肯定するとき、X1に対しては、部品カルテルによる損害という同一の損害について、わが国法が請求を認め、A国法が請求を否定することになります。

 原告適格とか、請求権者の範囲というと、損害賠償の争点であるとも考えられますが、問題の性質がそう明らかであるようにも思えません。間接購入者理論などの解釈が絶対的強行法規の性質を帯びないか否かも、別途考察する必要がありそうです。

 いずれにせよ、外国競争法が準拠法として(準拠法と共に)適用されるとき、わが国の独禁法が絶対的強行法規となるなら、カルテルにより生じる同一の損害に対して、結論が正反対となります。この場合に、わが国独禁法の解釈として、適用を抑制するべきかについて、やはりアメリカの統治利益分析論を応用しようとしています。わが国独禁法の実質的解釈に抵触法原則としての解釈原則を付け加えるというものです。



フー。 ( ̄Д ̄つかれたー


11/05 3の文章を手直し。

エムパグラン型の設例2018年07月29日 03:16

ここのところ、暑さでややバテ気味です。昨日の晩にアメリカの判決を読み直して、ようやく書き終えました。先週の続きです。
ややハードルが高いかもしれません。国際的なカルテルとはどのようなものか、事件を知るだけでも良いかもしれません。


1、ビタミン・カルテルと競争法の公的執行

ビタミン・カルテル事件という国際カルテル事件があります。

スイス、ドイツ、フランス、日本のビタミン剤の製造販売業者が、価格カルテル及び市場分割カルテルを締結しました。この行為に対して、アメリカ及び欧州の競争法当局が、それぞれアメリカ反トラスト法及び欧州競争法を適用し、日本、スイス、ドイツの製薬会社らに巨額の罰金・制裁金を課したものです。
「国際カルテル事件における各国競争当局の 執行に関する事例調査報告書」(2016年・経産省)
http://www.meti.go.jp/press/2016/06/20160603002/20160603002-1.pdf

以上は、刑事罰及び行政制裁の問題ですから、公法の適用としての、競争法の適用です。その国の競争法当局が自国の競争法を適用する関係です。


2、ビタミン・カルテルと民事賠償-エムパグラン事件

このビタミン・カルテルに関して、アメリカで民事裁判が提起されました。それが、エムパグラン(Empagran)事件です。2014年のアメリカ連邦最高裁判決です。

世界各国のビタミン剤の販売者が価格協定を締結し、その結果、アメリカ及びその他の国々において、ビタミン剤の価格高騰を招いた場合に、アメリカの購入者がアメリカで被った損失には、アメリカの反トラスト法が適用されるが、外国の購入者が外国で被った損失については、アメリカの反トラスト法が適用されないとしました。

この最高裁判決では、ビタミン剤を自国で購入したエクアドルの事業者が、自国における価格高騰により被った損害の賠償を求めて、カルテル参加企業をアメリカで訴えたのです。

ウクライナ、オーストラリア、エクアドル及びパナマの購入者は、おのおの自国で販売されたビタミン剤を購入しました。各国で生じた価格高騰がその国に生じた効果ですが、これがアメリカに生じた価格高騰とは別個独立のものであるとされたのです。

重大な反競争的行為が外国でなされ、それが自国内に効果を及ぼすと同時に、外国にも効果を及ぼしている場合であっても、国内の効果と外国の効果が互いに別個独立である場合に、自国反トラスト法の適用をしませんでした。

まとめると、この事件では、行為が外国で行われ、効果が外国に生じ、加害側及び被害側の両当事者が外国の事業者である場合に、外国で生じた損害の賠償を求めた事例に対して、アメリカが反トラスト法を適用しなかったのです。

しかし、同一のカルテルによって、外国で生じた効果(価格高騰)がアメリカに生じた効果(価格高騰)と密接に関係するとき、アメリカの反トラスト法が適用されるかについて、最高裁判決は適用の可能性を否定はしていません。この事件で、被害側によると、ビタミン剤は容易に持ち運べるのだから、アメリカの価格高騰がない限り、その他の国の市場における価格高騰もないという関係にあるので、アメリカの反トラスト法が適用されるべきであるとしていました。

価格カルテルというとんでもない悪行が、世界のどこかで行われ、複数の国に被害が及ぶことを抑制するべきであり、そのためにアメリカにも効果が及ぶどき、アメリカの反トラスト法が、そのようなとんでもない行為に積極的に適用されるべきであるという考え方が、この当事者の主張の背景にあります。


3、アメリカの3倍額賠償

アメリカには、意図的な、とんでもない悪行によって、私人が損害を被った場合に、実際に被った損害の三倍額の賠償を請求できる法制度があります。エムパグラン事件も、当初、価格高騰のために、アメリカで被害を受けた者と外国で被害を受けた者の双方を代表して、外国の被害者が損害賠償を求めるという、クラスアクション(集団訴訟)として提起されており、三倍額賠償が求められていました。

日本法では、そのような場合には実際の損失を埋め合わせるというのが損害賠償の本旨であるから、懲罰的な数倍額の賠償を認めるべきではないと考えられています。このような懲罰は、日本法の下では、刑事罰の問題であり、民事事件では扱われるべきではないとされるのが一般的です。

そのほか、アメリカには、司法制度や民事手続上の、世界でも珍しい特有の法制度が存在します。損害賠償を求める被害者側に有利に作用することの多いそれらの法制度のために、口の悪いイギリスの裁判官によると、「蛾を集める暗がりの灯り」のように、アメリカは世界中から原告を集めると評されています。

アメリカの訴訟制度は興味深い点が多いので、また、いずれかの機会にお話しします。


4、エムパグラン型

 ここで、以前に呈示した設例の問題を再掲します。

「日本のY社とA国のZ社を含む国際的カルテルが、A国で締結された。これにより、日本とA国の対象商品市場に競争制限的効果を生じた。日本市場とA国市場が密接に関連している。(近隣国市場でサプライチェーンが共通であり、価格が通常連動する。)対象商品の価格が日本とA国で上昇し、日本のX1社とA国のX2社が損害を被った。エムパグラン基準では、日本の独禁法とA国競争法が共に、日本市場及びA国市場を包括した対象商品の国際的市場に適用される可能性がある。すなわち、日本の独禁法が日本市場における損害とA国における損害に適用され得るし、A国の競争法が日本市場における損害とA国における損害に適用され得る。

カルテル参加者に対する行政罰・刑罰については、エムパグラン基準をいずれの国も採用すると仮定すると、結果的に、日本の独禁法とA国競争法が交差的に重複適用されることも理論的には可能である。

わが国で、X1及びX2がY及びZに対して、損害賠償請求訴訟を提起する場合、いわゆるモザイク理論によると、日本において生じたX1の損害については、日本の独禁法を含む日本法が適用され、A国において生じたX2の損害については、A国競争法を含むA国法が適用される。」
(なお、この設例は、松下満雄「米国「外国取引反トラスト法改善法」(FTAIA)の研究」『国際商事法務』43巻2号(2015)147頁以下、150頁の設例を下に改題したものです)。

エムパグラン基準と一口に言いましたが、上記2の終わりの方で言及した判決の部分を指します。その取引分野において、日本市場とA国市場が密接に関係していると仮定します。


5、行政罰・刑罰について

多国籍企業が入り乱れて近隣諸国を包括する国際市場において熾烈な競争を演じている商品があるとします。グローバル化の進んだ今日の経済社会において、複数国を包括する国際的な市場の中で、どの国に製造拠点を設け、どの国に販売拠点を設けるかは、そのときどきの経済情勢や各国の社会情勢に依存して決定される偶然の産物です。

わが国の企業を含め、各国の企業が、現地生産子会社や販売子会社を設け、また関連会社を通じて、国際的な地域市場における生産及び販売の計画をたてるのです。従って、その国際的市場に包含される各国市場は互いに密接に関係し、価格協定がこの国際市場を念頭に締結される可能性もあるでしょう。そのような商品を対象とするカルテルにより、各国市場における対象商品の価格が連動して変化するというような場合が想定されます。

ここで、日本市場とA国市場が対象商品について密接不可分の関係にある場合に、先のようなエムパグラン基準を、A国の競争法当局と日本の公取委が採用したとして仮定すると(あくまでも仮定の話です)、A国の競争法が自国市場に生じた効果と日本市場に生じた効果を根拠に制裁金を課するし、日本の公取委が日本市場に生じた損害とA国市場に生じた損害を根拠に課徴金を算定する可能性が、理論的には前提できるでしょう。

それぞれの競争法が重複適用されてしまうとすると、二重処罰に似た問題を生じます。公法的な側面では、各国がそれぞれの基準に従い、自国競争法を一方的に適用するからです。各国の競争法の公的執行における調整が必要になります。


6、民事賠償について

X1及びX2が、日本で、Y及びZに対して、損害賠償請求した場合です(裁判管轄があるとします)。

モザイク理論というのは、一個の不法な行為により、複数国に結果を生じたとすると、被害者は各国において生じた損害をその国の法に基づき、加害者に請求できるという考え方です。この考え方によると、複数国に生じた損害をまとめて、いずれか一つの国の法に基づき請求することはできません。

これを競争制限行為に当てはめてみると、カルテルのような一個の競争制限行為の効果が、複数国に生じたとすると、被害者は、その国に生じた効果に基づき、その国に生じた損害の賠償を、その国の法に従い請求できるということになります。被害企業が複数国で損害を被ったとしても、どこか一国の法に基づき請求することはできません。

そこで、X1が日本において被った損害については、日本の法が適用され、X2がA国において被った損害については、A国の法が適用されます。

A国の国際私法が同じ準拠法を選択するとすれば、結果が同一となり、法廷地漁りが除去されます。

アメリカのエムパグラン判決は、反トラスト法違反の民事的賠償について、一方的法適用を行い、自国法が適用されるか否かの問題とします。公法の法適用と私法の法適用を厳密に区別しません。

日本やヨーロッパの法では、民事賠償の問題については、双方的に自国の法と外国の法を適用可能とします。従って、わが国では、X2の損害賠償について、わが国の独禁法を無理に拡張して適用しなくても、競争法を含めてA国の法に基づくことができます。


ちょっと疲れてきました。この辺にしておきます。(Ζ_Ζ)

以下、追加の情報。7月29日13時過ぎ。
上述したエムパグラン事件ですが、最高裁判決の以前、控訴裁判所段階では、被害側が勝訴していました。これが上訴されたものです。最高裁では、国内損害と外国損害の密接関連性についての審理のために、控訴審に差し戻されました。

11/07 若干の文章修正

ハートフォード型の設例2018年07月20日 17:54

こちらは良い天気です。暑いです。それでも東京や大阪といった大都会や盆地の京都などとは異なり、若干しのぎやすいです。海に近くて気候の穏やかな松山市です。

書いている途中で、少しうたた寝をしてしまいました。目覚めて快調!

1、ハートフォード火災保険事件

設例1の事例は、アメリカの裁判例であるハートフォード火災保険事件を基に作っています。

アメリカの反トラスト法(競争法)は、19世紀末から20世紀初頭にかけて成立したもので、アメリカにおいても極めて重要な法分野です。世界の中で、最も早くこの分野が発達し、法発展が先進的でもあります。日本の独占禁止法に相当する法律であり、日本の独禁法の母法とも目されます。

自由市場経済の下で、完全に市場の手に委ねてしまっては経済活動の寡占化・独占化が進み、自由競争が阻害されてしまう恐れがあります。自由競争の下でこそ、市場に対する新規参入の機会均等と、そのことによる社会的なイノベーションが望まれ、消費者・労働者といった弱者の利益にも配慮された、健全な経済の発展が期待されるのです。

アメリカでは資本主義経済の発展段階における早い段階からこのことが認識され、反トラスト法が早期に発達しました。しかし、ヨーロッパや日本などの他の先進国においては、ことに第二次世界大戦後の復興期に、企業間のカルテルに寛容である政策により、経済発展が優先されることも多かったのです。

アメリカの企業からすれば、強力な自国反トラスト法の執行により企業活動の手を縛られるのに、他国の企業は、アメリカの法では違法な行為であっても自由に事業活動を行えるということになり、他国企業のカルテルにより、世界で最大のアメリカ市場において、アメリカの企業が不利な立場に立ってしまうのです。

そこで、アメリカの反トラスト法執行当局や裁判所が積極的に、他国で締結された他国企業間のカルテルなどに対しても、自国反トラスト法を適用するようになります。アメリカ市場に反競争的な影響を与える場合に、外国で締結されたカルテルに対しても、反トラススト法を適用できると解釈しました。このような解釈を、外国の反競争的行為の効果が自国市場に及ぶ場合に、自国競争法を適用できるという意味で、効果理論と呼び、自国競争法を自国領域外に適用するという意味で、域外適用と称します。これに対して、むしろカルテル許容政策を取る国が、アメリカに対して、国際法違反の域外適用であると猛反発しました。

1980年代を通じて、アメリカと他の先進諸国、特にヨーロッパ諸国との間の、法適用をめぐる熾烈な外交的攻防が続けられました。

しかし、現在、先進各国の競争政策が均一化し、EUを含めて、むしろどの国も効果理論によりながら、自国市場に影響を与える場合に域外適用を行うことが一般的になっています。後で述べる、ブラウン管テレビについての最高裁判決が、わが国の裁判所がわが国独禁法を域外適用した最初の最高裁判決になります。

そこで、ハートフォード火災保険事件ですが、1993年のアメリカの連邦最高裁判決の事件です。再保険の事業者がアメリカの保険会社と締結する再保険契約の問題として、イギリスにおいて再保険者の団体が協定を締結し、アメリカの保険会社がアメリカ市場で提供する保険契約の条件を拘束したという事件です。

再保険というのは、保険会社が消費者等と保険契約を締結し、保険金を支払う場合に備えて契約する保険のことで、消費者等に保険金を支払った保険会社に対して再保険の保険金を支払うとういものです。巨額の支払いにより倒産しないように、保険会社のための保険契約のことです。

アメリカで保険契約を締結した消費者等が、イギリスの再保険者の団体による上のような条件拘束により、保険金を支払ってもらえない事態を生じ損害を被ったとして、19の州とアメリカの消費者等が集団訴訟を提起しました。

詳細な要件論は別にして、要するに、イギリスでの協定がアメリカの保険市場において反競争的効果を生じたことを理由に、アメリカの裁判所がアメリカの反トラスト法を適用しました。

ところが、イギリスではこの協定が許容されており、アメリカの反トラスト法が適用されるべきではないとするイギリス政府の見解が表明されていたのです。


2、公法と私法の法適用

前々回の国際私法への招待でお話をした内容を覚えていますか?

公法と私法とで、法適用の方法が全く異なると述べました。このことはわが国の法の大前提とされます。わが国の国際私法は大陸法系統に属します。大陸というのは、ヨーロッパ大陸のことで、明治維新にわが国法を整備したときに法の先進地域として、西欧各国の法を継受したので、現在でも多くの法分野が大陸法の影響を強く受けています。法分野を公法と私法に峻別し、法適用も異なる方法によることにしています。

しかし、アメリカはこの法系統に属しません。公法と私法を峻別するという発想を欠くのです。前述の、ハートフォード火災保険事件でも、損害賠償の問題という私法上の問題について、反トラスト法の行政処分や刑事罰を課する公法としての側面と同様の、法適用の方法によっています。

重要な国家的利益に関わる法である反トラスト法の一方的な適用のみがあり、ほぼ外国の競争法を適用することをしないと言って良いのです。反トラスト法については、自国法の適用があるか否かを決定し、適用される場合に損害賠償の根拠とすることができ、否定されるとそもそも損害賠償を求めることが許されません。

アメリカにおいても、一般の不法行為事件では、損害賠償請求の根拠として外国法が適用されることがあります。双方的な法適用がなされ、法選択の結果、自国法か外国法を適用し、損害賠償が認められるか否かを判断します。しかし、反トラスト法の私法的な請求については、一般の不法行為事件とは区別されるのです。

日本法は、先に述べたように、公法と私法を厳密に区別します。公法は一方的な法適用を行い、私法は双方的に法を適用するのが原則です。競争制限的行為により、私人が損賠を被り、私人である行為者に損害賠償を求める関係に対しては、自国法か外国法か、準拠法を決めなければなりません。

EU法では、競争制限的効果を生じた市場地国の法を適用するという規則を有します。EUの構成国に共通の法規則です。従って、EU構成国であるヨーロッパ諸国の裁判所は、損害賠償請求事件には、この規則に従い外国の競争法を準拠法として適用することになります。

私は、わが国の国際私法の解釈として、競争制限行為に基づく損害の賠償を求める場合に、準拠法を決定する必要があると考えています。その場合に、法的根拠はいずれにせよ、競争制限的効果を生じた市場地国の法を適用することになります。そして、わが国の法であれ、外国の法であれ、その国の競争法が適用されます。


3、そこで、前回示した事例をもう一度、掲げます。
 ここまでで解決できるのがⅠのハートフォード型の事例です。

「Ⅰ ハートフォード型

設例1
日本のY社とA国のZ社らのカルテル参加者が、A国でカルテルを締結した。このことによって、複数国の市場に競争制限的な効果が及び、日本もその一つに含まれる。カルテル対象商品(モノかサービス)を日本のX1社が購入し、カルテルによって損害を被った。

日本が当該カルテルを規制し、A国が許容する

設例2
日本のY社らが、日本で輸入カルテルを締結した。このカルテルは日本の行政庁による行政指導に基づくものであった。日本の輸入市場には影響がないものとする。このカルテルによって、A国の輸出市場に競争制限的な効果が及び、A国のX2社が損害を被った。

日本が当該カルテルを許容し(わが国独禁法上、適用除外の例外則に該当する)、しかしA国が規制する。

以上の条件を前提する。

① 設例1の事例でも、設例2の事例でも、行政罰・刑事罰の問題については、日本では公取委が、日本において日本の独禁法が適用されるか否か、A国においては、A国競争法当局が、A国競争法が適用されるか否かを、いずれも一方的に決定する。

② わが国で、損害賠償訴訟が提起された場合、設例1のX1の損害について、準拠法として日本法が適用され、設例2のX2の損害について、準拠法としてA国法が適用される。 」

① の問題について。
設例1においては、A国で締結されたカルテル、設例2においては、わが国で締結されたカルテルに対して、行政処分ないし刑事罰が下されるか否かの問題について、A国の競争法が適用されるか否かは、A国当局がその競争法の適用を一方的に決定することになり、わが国の独禁法が適用されるか否かは、わが国の公取委(ないし裁判所)が一方的に決定することになります。

② の問題について。
X1の損害との関係で、競争制限的効果の生じた市場地国であるわが国の法が準拠法となります。従って、わが国の独占禁止法が適用され、独禁法上の損害賠償規定ないし一般不法行為法である民法709条により損害賠償の成否が決定されます。

X2の損害に関して、競争制限的効果の生じた市場地国であるA国の法が準拠法となります。従って、A国競争法が適用され、A国の特別法であれ、一般不法行為法であれ、その民事賠償規定により損害賠償の成否が決定されます。

さて、次の問題です。

「①と②のいずにせよ、わが国で、わが国の独禁法を適用する場合に、A国の競争政策ないし競争法の適用の結果を考慮することができるか?」

この問題を考える前に、設例2の事例について、もう少し解説します。


4、設例2の事例の解説

この事例の基にしたのが、ズワイ蟹輸入カルテル事件です。(この事件について、石黒一憲「ボーダーレス・エコノミーへの法的視座・第16回 ズワイ蟹輸入カルテル事件と域外差止命令-国家管轄権論的考察」『貿易と関税』1992年10月号36頁以下参照)

1982年当時、アメリカにとってわが国が水産物の最も有力な輸出先でした。この事件ではアラスカ産ズワイ蟹のわが国の輸入業者において、価格カルテルが締結されたとして、アメリカの裁判所がアメリカの反トラスト法を適用しました。買付価格を談合によって低く抑えたとされました。

実はこのカルテルは、わが国の行政庁が、輸入秩序の維持及び過当競争の防止を目的としてした行政指導により、締結されたものだったのです。

そこで、設例2は、以上のような輸入カルテルがわが国にあった場合に、アメリカで対象商品の輸出に関わるX2というアメリカの事業者が損害を被ったという事例です。アメリカにおける当該商品の輸出市場に競争制限的効果が及んでいます。

先に述べたように、このカルテルにアメリカが行政処分等の前提として、効果理論に基づき自国法を適用する否かは、アメリカ法が一方的に決定することです。他方、日本の独禁法に基づき、排除措置命令という行政処分等が発出されるかは、わが国の公取委が一方的に決定することです。

ここからが、先日私が学会報告を行った要点の一つとなります。ごく概括的に、専門家でなくても、ある程度法的な知識があれば理解可能なように記述しますが、難解であると思われたら、飛ばしてください。結論的に、何を言いたいかだけでも分かれば、結構面白いかもしれませんよ。


5,「①と②のいずにせよ、わが国で、わが国の独禁法を適用する場合に、A国の競争政策ないし競争法の適用の結果を考慮することができるか?」-1

行政罰・刑事罰の前提としての①の場合。

設例1は、A国で締結されたカルテルに対して、日本が規制し、A国が許容する。わが国に競争制限効果が及んでいるので、わが国の独禁法を適用するとする場合、A国が当該カルテルを許容する趣旨が問題となりそうです。単に無関心ないし競争法の未整備であるのか、積極的な国家政策としてカルテルを許容しているのか。私は、これを考慮する余地があると考えています。

基より、わが国市場に競争制限的効果が生じているのですから、そんなに良い顔をしている場合ではないでしょう。従って、よほどのことがない限りわが国の独禁法が適用される必要があるでしょう。しかし、少なくとも、わが国独禁法の解釈原則として、外国の法と政策を考慮する法理が付加されるべきです。

設例2は、日本で締結されたカルテルに対して、日本が許容し、A国が規制する。A国が競争制限的効果の及んだ市場地国であるとして、A国競争法が適用を欲する場合、日本としては、このことを考慮できるでしょうか。わが国独禁法の立場としては、適用除外規定(独禁法22条)の解釈の問題となるでしょう。あるいは行政指導に基づくカルテルが独禁法の適用を免れるかという論点に関する解釈論の問題です。

ここでもわが国法の解釈上、適用を除外されるべき場合は、当該カルテルが規制されてはならないでしょう。しかし、ここでもA国の法と政策を考慮する余地が、適用除外規定の解釈(わが国独禁法の解釈)に付加されるべきです。


6,「①と②のいずにせよ、わが国で、わが国の独禁法を適用する場合に、A国の競争政策ないし競争法の適用の結果を考慮することができるか?」-2

わが国で、カルテル参加者であるY社らに対して、損害賠償訴訟が提起される②の場合。

設例1のX1の損害賠償について、準拠法が日本法となります。日本の独禁法が適用されます。しかし、A国はカルテル許容政策を取っています。

以前のブログでお話ししたように、損害賠償を規律する規範は、一般に、法に禁じられた行為がなされ、これに基づき損害が発生した場合に、その損害を賠償する義務を生じるという構造をとっています。

わが国の独禁法の構造も、行為規範と効果規範(損害賠償規範)に分解することができます。

独禁法1条が法の立法目的として、「この法律は、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止」するとし、更に、3条が「事業者は、私的独占又は不当な取引制限をしてはならない」と規定しています。そして、例えば不当な取引制限とは、2条6項により、「この法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう」と定義されています。

以上が、行為規範ないし禁止規範です。一定の行為を法が禁止しています。

この違反に対しては、行政処分・行政罰や刑事罰のほか、行為規範の違反により、損害を被った者はその賠償を行為者に求めることができます。

わが国の独禁法上、同一の行為規範の違反に対して、行政及び刑事の罰則と民事賠償の双方が効果として与えられているのです。

設例のYらの行為、すなわちわが国の独禁法3条に違反する行為、によってX1の損害がもたらされたという場合、損害賠償については、独禁法25条(26条)(無過失責任)または民法709条(過失責任)が根拠条文となります。

このとき、上述の5で述べたのと同様の考慮が必要であると、考えています。すなわち、行政罰や刑罰の場合と同一の行為規範である独禁法3条(及び2条)の、地理的適用範囲を決定する際に、A国の法と政策を考慮する法理を付加するべきであるとするのです。

設例2のX2の損害賠償について、準拠法がA国法となります。A国の競争法が、競争制限的効果を生じた市場地の法として、適用を欲するとすると、Yらは、X2に対して損害賠償をしなければならないのでしょうか? X2らのカルテルは、わが国の適用除外を受けていたはずです。

結論的には、損害賠償が否定されると解されます。幾つかの法律構成が考えられますが、ここでは私見を開陳しておきます。

行政罰や刑罰の場合と同一の行為規範である独禁法の3条及び、その適用除外規定と解釈が適用されねばならないと解します。これらの規定等を、準拠法のいかんに関わらず適用されるべき絶対的強行法規であると解するからです。

更に、ここでも、上述の5で述べたのと同様の考慮が必要であると、考えています。すなわち、このような行為規範の地理的適用範囲を決定する際に、A国の法と政策を考慮する余地を付け加えるべきであるとするのです。

そして、法廷地の法と外国法との適用の調整をする法理を、独立の抵触法原則として、わが国の独禁法の行為規範の解釈に付加するというものです。