差別の問題と、下からの民主主義 ― 2017年10月26日 00:26
1976年に発効した国際人権規約という包括的な条約のほか、1969年発効の人種差別撤廃条約、1981年発効の女子差別撤廃条約という二つの条約があります。この二つの条約について、少しお話しします。
日本は、女子差別撤廃条約を1985年に、人種差別撤廃条約を1995年に批准しました。
女子差別撤廃条約は、女性に対するあらゆる形態の差別を禁止する条約です。
そのために、雇用機会均等法が制定され、国籍法が改正されました。
この条約への加入と、条約上の義務を充たすための国内法整備により、女性の社会進出が一層推し進められたのです。
それまで女性保護の名目で、女性であることを理由に就職ができなかった様々な職種が解放されました。電車運転手やタクシー運転手などもその例です。今では良く見かけますね。
それ以前は、女性であるために、たとえ希望しても、決してその職に就くことが許されなかった。
外資を除くと、大企業の総合職への就職についても相当制限的でした。例えば、都市銀行についても、窓口業務を基本とする一般職ではなく、男性と同等の条件で転勤・昇進の有り得る総合職には、それまでほとんど女性採用が無かったんです。均等法における「努力義務」の規定のおかげです。
国立大学も、今では女性教員の採用が奨励されています。文科省が数値目標を言ってくるぐらいです。実は、筆者の専門分野である、法律は、それまで極めて女性研究者の少ない分野の一つでしたが、現在は相当数の女性が大学に採用されています。
これらの社会変革を生じたのが、約30年ほど前の条約加入をきっかけにしているのです。
30年前のことですよ。そんなに古い話ではありません。
この条約の義務履行をわが国に求めている国際機関によると、女性管理職の割合や、賃金などの雇用条件の差別、人身売買被害者への救済対策について、問題視されています。
民法の婚姻年齢が男女間で異なることも指摘されていましたが、現在の民法改正作業において、改められるようです。
なんと緩慢な歩みでしょうか!
次に、人種差別撤廃条約です。
1969年に国際的には成立・発効している条約について、わが国はほんの20年ほど前に漸く加入しました。
これは、あらゆる形態の人種差別を禁止する条約です。
人種のほか、民族、肌の色、出自などに基づく差別を禁止しています。国や地方公共団体が差別行為を行わないこと。そして、一般社会における私人間の差別を撤廃するための法律を作ることが求められています。
この加入時に、わが国は、現行法で十分条約の義務を充たすことができると考えたので、新たな差別禁止法などは立法していません。
外国人おことわりの張り紙を貼って、外国人女性を店から追い出した宝石店や、やはり外国人の入浴を拒否したスーパー銭湯の運営会社が、差別行為を理由に民事的な損害賠償を払わなければならなくなりました。裁判は、この条約を根拠としています。
この条約履行のための国際機関により、日本は、被差別部落の問題やアイヌ民族の問題を指摘されています。
筆者は、被差別部落、アイヌ民族のほかにも、在日朝鮮・韓国人の問題が日本固有の最も根深い問題であると思います。
これらの人達は、どんなに長く日本に住んでいても、日本に生まれ育った人達であっても、今現在の問題として、結婚・就職差別が厳然として存在している。
私の母校の一年後輩に、在日の学生がいました。大変優秀な人なのですが、司法試験の口頭試験に三度落ちてしまいました。筆記試験こそ難関なのですが、口頭試験はほぼ通る試験なのです。彼は、差別のせいかと悲観して、他の国立大学の医学部を受験し、一発で合格しました。ただ、医学部に合格した年に、司法試験の最終合格を果たし、弁護士資格を得ています。
司法試験のことが差別を原因とするかどうかは分かりませんが、この事例の意味するところは、これほど優秀な学生が、難関の資格試験に合格すること以外に、良い就職が考えられないということです。
差別を禁止するためのより積極的な施策を国・公共団体に義務付けること、私人間の差別を禁止し、助長する行為を罰することを含む、包括的な差別禁止法が望まれます。
最近できた、障害者差別解消法にしても、差別禁止規定は実は「努力義務」に留まります。
ここで、この回に、もう一つ是非とも主張したいことがあります。
女子差別や人種差別など、国際条約に加入して、国が条約に義務付けられる形で、漸く、法ができ、あるいは裁判の根拠とされるようになった。
草の根の運動を地道に行ってきた人達がいることも否定しません。しかし、筆者が言いたいのは、そのような運動が社会全体を揺るがすような大きな運動につながって、世論が動いた、その結果として、社会の変革がなされた、というものではないということです。「上」からの、一歩前進ですね。
女性で無い者、被差別対象ではない人達が、そういう声をくみ取り、社会改革のために一緒に立ち上がるということが余り感じられませんね。傍観者社会です。
もっとも、私自身がそのような運動に参画してきたというわけではありまんので、偉そうにはとても言えませんが。
草の根からの、「下」からの、民主主義によって、社会変革が成し遂げられるというのが、理想でしょう。
結論
1,より積極的な規定を含む包括的な差別禁止法が必要である。
2,日本の社会は少数者・マイノリティに冷たい傍観者社会だ。
3,下からの民主主義がどうすれば生まれるのか、考えなければいけない。
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