代理母と社会的合意2 ― 2018年02月17日 19:59
代理母という方法を社会的に公認するか否か。すなわち、代理母となる出産した女性を法律上の母親とするのではなく、遺伝的、生物学的な母親である卵子提供者を法律上の母親とするか。
前回ブログで述べた平成19年3月23日最の高裁判決は前者でした。そして、その原審である東京高裁判決は、後者の立場をとりました。法的にはわが国の民法の解釈ではなく、外国裁判の効果の承認に際して、後者の結論が、わが国の公序に反しないとしたのです。
前回述べた様に、法律上、代理母による方法が禁止されていません。
民法には、このことに関して直接規定する条文がなく、出産した女性を母親とすることを前提とした条文が存在するだけです。しかし、出産した女性を母とする民法の解釈が、判例としても確立されていました。
最高裁判決は、代理母の方法によって遺伝的な繋がりのある子をもうけることが行われていることが、「公知の事実」であるともしています。今後も、この方法が実施されることが予想されます。
従って、傍論ですが、
「社会一般の倫理的感情を踏まえて、医療法制、親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ、立法による速やかな対応が強く望まれる」と述べています。
民法制定時には予想もできなかったことが科学的に可能となり、社会的に公知の事実となっているのです。民法の想定外の出来事だと言えます。
2,法と社会通念
法は、その国の歴史、文化、経済や宗教、また慣習や風土などを前提として、その社会を規律するために作られます。逆に言えば、その社会と切り離された法はうまく社会を規律できません。社会を土台として、その上に、法が形成されます。
歴史や文化、慣習の上に、その社会にその時点での合意が形成されると考えて、これを社会通念と言い換えるならば、それが法の大前提となります。
民法制定時の日本社会が想像もできなかった代理母という方法について、これを組み込んだ法が成立していないことは当然でしょう。
わが国において、制定法は、主として国会が作ります。立法機関です。主権者たる国民が選挙した、国民の代表者である国会議員が、作った法であるから、国民はその法に服します。憲法の考え方です。
国会議員は立法の際に、先に述べたわが国社会のあり方や倫理観等を考慮して、その社会に適した法を作るはずです。
時代が変われば、社会が変わります。
時代が変わって社会が変わるとしても、法が以前のままであるとしたら、法がうまく社会を規律出来なくなります。
そこで、法を作り替える(改正する)必要を生じます。国会議員、あるいは法案を準備する政府機関は、どのようにしてそのときの社会通念を知り得るのでしょうか。
3,法制審議会の役割
政治的な耳目を集めるような法律については、議員立法という方法(議員発議)もありますが、専門的、技術的な法については、一般に法案を政府機関が準備します(内閣提出)。
基本的な法を作る上で、極めて重要な役割を担うのが法務省の法制審議会です。所掌事項は、法務大臣の諮問に応じて、民事法、刑事法その他法務に関する基本な事項を調査審議することで、構成員は、定員20名以内の学識経験者とされています。その分野の専門家である大学教授・研究者や実務家であることが通常です。
多くの法が、法制審議会で審議され、法律要綱としてまとめられると、内閣法制局で調整の上、法案として国会に送られます。そこで、更に、国会議員による審議に付され、国会において、可決成立すると、正式に法律となり、施行されます。
よほど政治的社会的な意味合いが大きく、世論に関係するのでない限り、実際に国会議員がこの間に介入することは少なく、多くの場合に、国会に上程された法案がそのまま通過するのです。
各種委員会で審議されるとしても、国会議員がその内容について、十分な専門的知見を有しているとは言えない場合も多いのです。
与野党とも、議員は、担当官庁の官僚の用意した文書と法案とを見比べて検討し、大臣でさえ、官僚の用意したアンチョコで答弁するなど、通常の光景でしょう。
そこで、法制審議会の役割が重要なのです。
生殖補助医療については、生殖補助医療関連親子法制部会が、平成13年に第1回目の会議が開催され、法案の前提となる中間試案を発表した後、15年第19回会議で中断しています。
http://www.moj.go.jp/shingi1/shingikai_seishoku.html
なぜ、中断しているかというと、19回目会議の議事録を読む限り、法務省のお役人が国会議員に法案について打診してみたのだけれど、どうも感触が良くない。むしろ、法制化に向けて十分な意欲が無く、理解が得られないというのが理由のようです。
中間試案というのは、法案となるべき条文案、多くの場合に複数選択肢を用意しているものを公表して、パブリックコメントを徴するものです。
このパブリックコメントを参照しつつ、最終的な法律要綱という法案の原型となるものを作ります。その中間試案の段階で、止まったままです。
4,厚生科学審議会生殖補助医療部会報告書(平成15年)
他方、厚労省の審議会として、厚生科学審議会の生殖補助医療部会というものがあります。平成13年に第1回会議が開催され、平成15年に第27回会議を最終回として、報告書が公表されています。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-kousei.html?tid=127750
平成10年に設置された専門委員会の報告書が、「インフォームド・コンセント、カウンセリング体制の整備、親子関係の確定のための法整備等の必要な制度整備が行われることを条件に、代理懐胎を除く精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療を認めるとともに、必要な制度整備を3年以内(平成15年中)に行うことを求める」ものであった(平成12年)ので、
新しい部会の設置目的は、「この報告書の要請を踏まえ、報告書の内容に基づく制度整備の具体化のための検討を行うこと」です。
その構成員は、医療関係者、法律家、倫理学者、心理の専門家等の精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療に関する幅広い分野の関係者を委員とする(おおむね20名程度)、とされています。
当初委員の名簿を見ると、医師、医学者、法学者、弁護士などで、産科婦人科学会会長や医師会副会長、著名な大学教授を含んでいます。
ここでは代理母に焦点を当てています。
この15年の報告書でも、代理母の方法(代理懐胎)は許されないとする結論です。代理母の産んだ子はその懐胎した女性の子である、子からみれば代理母が母であるとする結論となります。
この報告書lをまとめる際に、前提として、素案に対するパブリックコメントが徴されました。
以下には、報告書が代理母の方法に反対であるとした理由と、そのパブリックコメントにおいて、むしろ代理母の方法に賛成する少数意見とを紹介します。
5,部会報告書ー代理母の方法に反対の理由
(1)人の尊厳に関わるという理由
代理母は10カ月間子を懐胎するのですから、妊娠がどれほど生命・身体の危険を伴うかはよく知られているでしょう。それほどの危険を冒しながら、赤の他人の受精卵によって子を産むのです。その身体を生殖の手段として扱うことになる点で、「人」を専ら生殖の手段として扱ってはならないという基本的な倫理観に反するという側面があります。
女性が、10カ月間子を胎内において育てるのですから、代理母がお腹の中の子に母性を感じることが有り得ます。その子を、生まれた後に、代理母から引き離すことになります。
代理母が懐胎後、妊娠・出産に不安を感じて中絶を望むとき、あるいはその生命・身体の危険を避けるために、中絶が必要なとき、中絶は許されるのでしょうか? 逆に、代理母の懐胎後に、依頼主夫婦が中絶を望んだらどうなるでしょう。子に母性を感じ、生命を途絶させることに躊躇するなら、中絶をしない権利が保障されるべきでしょうか?
胎児は誰の子なのでしょう。
(2)子の福祉に関わる理由
代理母が母性を感じる場合に、代理懐胎を依頼した夫婦と代理懐胎を行った人との間で生まれた子を巡る深刻な争いを生じる可能性があります。子の手を両方の「親」が引っ張り合ってしまうわけです。
また、その方法によったということで、子が将来、出生の経緯に悩むことが無いとも言えません。
他人の精子又は卵子の提供を受ける場合、子が将来、遺伝学的な父又は母を知りたがるようなときに、出自を知る権利を保障すべきでしょうか。
代理母によって誕生した子に、すなわちお腹を痛めた訳ではない子に対して、血の繋がりがあるとしても、遺伝学上の母親が真の愛情を持って養育できるでしょうか。
他の人種・民族の精子または卵子を用いる場合には、人種や民族の異なる子が生まれることがありますが、そのような子が日本の社会にうまく適合できるかという心配もあります。
(3)優生思想の排除という理由
遺伝子情報に基づき確率上優秀な人間に育つはずの、例えば、容姿端麗でスポーツ万能の人間となる確率の高い受精卵を、多くの代理母jの胎内に移植するとすれば、その国の国民はすべて、そのような人間になり得るのでしょうか。これが優生思想です。
かつてナチスドイツが、地球上の諸民族の中でゲルマン民族の優位を唱えたように、民族的特質をよく備えた人同士の受精卵のみで、いわば子を製造するとしたら、・・想像しただけで、ぞっとしますね。
(4)商業主義の排除という理由
生命の誕生に関して商業主義が許されるかという基本的な倫理観念が関係します。代理母に代金を払って子を懐胎・出産してもらうのです。代理母の探索や契約業務のために、エージェントが必要であるなら、その料金も必要でしょう。多額の料金を取るなら、人身売買という非難も当たるかもしれません。子の売買です。
6,代理母に賛成である意見
パブリックコメントに寄せられた賛成意見をそのまま引用します。
(1)まず、妻の代理で執筆したという放送作家の意見です。
「代理母によることを真剣に望む女性の手記」という標題です。
「妊娠2ヶ月になるかならないか、普通なら気がつかない位の時期…でも私はすぐに気がついたんです。それほど、子供を望んでいました。嬉しかった、楽しかった、お腹が少しずつ、大きくなり、母親になることが何より幸せでした。母性というのでしょうか、身体も心も日々、満たされていました」。
しかし、女性は、突然、流産し、その後、血が止まらなくなる病気と、胎盤剥離という病気の合併症になり、死ぬか、生きるかの大変危険な状態になったため、やむなく子宮の摘出を行い、一生、自分では、子供が産めなくなりました。しかし、卵巣は残されたために、卵子の摘出は可能です。
「夫に“外で子供を作ってきて、いつでも離婚してあげるね“と言った事もあります。夫を愛していても、愛する人が父親になることが出来ない。私が妻だから…悩んだあげくの言葉でした」。
「でも夫は“バカいうな、お前の子供だから欲しいんだよ”と言ってくれました。嬉しかったけど、悲しい、辛い言葉でした」。
「愛する人と愛する人の子供と一緒に生きたい!」
「きっと普通の当たり前の生活を送っている人々は、“神の領域を越えて、何を言っている。何を考えているんだ”と言うと思います。でも、方法があるのなら、その方法にかけてみたい。かけてみたいと思う私は、おかしいのでしょうか?」
人の命の誕生に関する問題は、かつて神の領域にあること、人の手の届かないことであったかもしれません。現在、ことに日本では、宗教上の理由で立法に反対するという人は余りいないでしょう。法は、世俗の問題であり、宗教上の規範とは異なります。
しかし、このことが必ずしも、宗教を意味するとも限らないのではないでしょうか。人の尊厳に関わることだから、社会の倫理観念に反するからという理由付けは、「人の手の届かない」問題であると言っているようにも聞こえます。
(2)「妊娠・出産をめぐる自己決定権を支える会」の意見
進歩発展した生殖医療を選択し、享受することは憲法の保障する国民の権利であるという意見です。
「本来国民は他人に損害(迷惑)を与えない範囲で極力それぞれの幸福を追求する権利を有するべきだと考えます。その意味で不妊に悩む夫婦の為に善意で代理母を引き受ける女性の行動を政府が規制すべきではないと思います」。
「判断力を持った大人の女性がそのような危険性を認識した上で代理母を引き受けるのであれば、その行動を国が規制するのは出過ぎた真似」
「更に女性を道具として扱うので反対だと、そう感じる人もいるでしょうね。しかし、そう感じない人もいて当然ではないでしょうか。自分は道具と感じるから反対だ、あなたもそう感じなさい!と言うのは僭越な発想だと思います」。
そうして、法が、代理母の方法を禁じることは、幸福追求権を行使しようとする人に制裁を加えることになる、というのです。
次に憲法13条の条文を掲げます。
憲法第十三条
「すべて国民は、個人として尊重される。
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」。
この後段が、幸福追求権と呼ばれます。
7,原審東京高裁判決
平成19年最高裁判決の原審である東京高裁は、最高裁と反対の結論でした。
次に、東京高裁の理由付けを引用します。
依頼主夫婦らと代理懐胎の方法によった子との間に血縁関係が存在している。
代理母が代理出産を申し出たのは、ボランティア精神に基づくものであり、その動機・目的において不当な要素がない。その手数料は,代理母が提供した働き及びこれに関する経費に関する最低限の支払(ネバダ州法において認められているもの)であり、子の対価ではない。
代理出産契約の内容についても、妊娠及び出産のいかなる場面においても、代理母の生命及び身体の安全を最優先とし、代理母が胎児を中絶する権利及び中絶しない権利を有しこれに反する何らの約束も強制力を持たないこととされ、代理母の尊厳を侵害する要素を見いだすことはできない。
代理母の側の夫婦は、その子らと親子関係にあることもこれを養育することも望んでいない。他方、依頼主夫婦らは、子らを出生直後から養育し、今後も実子として養育することを強く望んでいる。依頼主夫婦を法律的な親と認めることが子の福祉を害するおそれはなく、むしろ、その夫婦に養育されることがもっともその福祉にかなう。
「現在、我が国では代理出産契約について明らかにこれを禁止する規定は存せず、我が国では代理出産を否定するだけの社会通念が確立されているとまではいえない」。
8,社会の進展と法発展
代理母を知らない時代の社会通念を前提として、民法が制定され、これを前提とした最高裁判決が下されました。
しかし、現代は、代理出産が公知の事実であるとされます。
代理母についての、これを許容する社会的合意があるでしょうか?これが形成され、社会通念であるとすると、社会通念が、時代と共に変遷し、移り変わっても、古い時代にできた法がそのままである可能性があるのです。
その場合には、立法がなされるべきでしょう。そのような法を変えるべきです。
もしそれがなされないとすれば、この社会通念を法解釈に反映させる必要があります。
法解釈は、裁判所が有権的最終的に行います。それが裁判所の役割です。
個別の事件毎に、法を解釈し、その事件の当事者を救済するべきです。
但し、三権分立がわが国の国家制度の基本的仕組みです。
立法=法を作ることは国会の役割であり、解釈=法を解釈適用することは裁判所の役割です。選挙で選ばれていない裁判官が法を作ることは許されません。
あくまでも、現に存在する法を前提として、その解釈の範囲に留まらなければなりません。解釈の枠を超えてしまうと、法を作ることと同じ意味になります。国民主権にもとるのです。
裁判所も法解釈において、社会通念を参照します。可能な範囲で、これを解釈に反映させるべきです。
立法機関である国会(内閣=政府)が社会通念の在処を探ることは当然です。
そして、立法府や政府、裁判所がそのために参照するのが、主として各種審議会ということになります。
要するに政府により選ばれた20名ほどの有識者の会議です。その中には裁判官や官僚自身も含まれます。
公聴=パブリックコメントを徴する機会も形式的にはありますが、それほど有意義であるとも思えません。
もっとも、これは先に述べたように、国会議員が無関心であるような一般の法律の話です。
9,最高裁判決後の生殖補助医療を巡る状況
政府が日本学術会議に依頼し、作成された次の文書があります。
「代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題-社会的合意に向けて-」
平成20年(2008年)4月8日
日本学術会議・生殖補助医療の在り方検討委員会
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t56-1.pdf
日本学術会議というのは、人文社会科学、自然科学の双方の科学者を代表する団体です。この団体に対して、法務大臣及び厚生労働大臣が連名で、「代理懐胎を中心に生殖補助医療をめぐる諸問題」についての審議を行うよう依頼し、これに答えてまとめられた報告書です。
「医療、法律、生命倫理その他幅広い分野の専門家」による検討委員会が設けられたそうで、その報告書です。結論的には、最高裁判決を追認しており、これを越えるものではありません。
子を出産した女性が法律上の母親であり、代理懐胎の方法は認められないというものです。
更に、「生殖補助医療法」という法律についての、次のニュースがありました。これは議員立法です。
第三者卵子の提供を受けて出産した場合、出産した女性を母親とし、夫の同意を得て第三者精子の提供を受けた場合には、夫が嫡子とすることの否認ができないことを、明文で定める民法特例法の法案です。議員立法として起草され、自民党内委員会で了承されたとのことでした。
要するに、不妊に悩む女性が他人の卵子をもらい出産した場合には、出産した女性を母親とします。また、夫の同意の下で、他人の精子の提供を受けて受精した場合、夫がその子が嫡出子であることを否定できないとするものです。代理懐胎の方法は認めていません。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG16H5Q_W6A310C1CR8000/
この法案ですら、2017年3月時点では国会で審議入りできていないようです。
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO14438680U7A320C1EA1000/
このような重要な問題について、あなたはどのようにお考えになりますか?
あなたは、その結論の前提となる社会的合意の形成に参加しているのでしょうか?
全国民的議論が惹起され、その世論によって、このような法は作られるべきではないでしょうか?
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