リベラルの経済政策....?2017年10月23日 17:57

衆議院選挙が終わりました。

最近、気になったのは、経済政策でリベラルと保守の対立とは何か?ということです。

大きな政府か小さな政府か、という対立軸がある、というのはよく耳にします。

どの点に着目して、大きい、小さいというのかはそうはっきりしません。

「公」が、累進課税によって、金持ちから特に、たくさんの税金を取って、市民に分配する。そうして、経済状態の格差をできるだけ減らそうとすれば、それは「大きな政府」なのでしょう。
公共事業の支出を拡大して、経済の活性化を図るという方向性も「大きな政府」だと言える。

他方で、政府支出を減らして、経済活動の自由にできるだけ委ねるべきだ。市場の原理、自由競争に任せておけば、政府が色々するよりも、良い結果が得られる。経済活動を縛る法規制も無くすべきだというのは「小さな政府」の主張でしょう。

それぞれの極端な立場を除くとしても、大きな方向性として、政党毎にその違いはあります。

そこから、保守主義とリベラルの違いという分け方にも一理ある。格差是正と平等主義か経済活動の自由かの、大まかな相違です。


しかし、例えば、この政策が大きな政府を指向し、この政策が小さな政府を指向するというような、同一の座標軸上に置かれた物差しがあり、大きな政府政を指向する政策の方向に+何ポイント、小さな政府・政策の方向に-何ポイント進むと仮定します。


現実の政党の具体的な経済政策毎にこのポイントを割り振るとして、各政党のポイント総計が、大小のどちらに何ポイントずれているのでしょうか。

例えば、行政改革によって、政府の人件費や仕事を減らし、支出を減少させると、小さな政府方向ににXポイント進むが、消費税増税によって、高齢層や若者層への公からの給付を増やすと、大きな政府の方向にYポイント進むなら、そのポイント差が、いずれに向かうかによって、大きな政府指向というのか、小さな政府指向と言うのかを決めるのでしょうか。

ここで言いたいことは、各党の現実の政策というのは、大きな政府指向、小さな政府指向の様々な政策を複雑に組み合わせるものであって、一概に、大きな政府、小さな政府という区別ができないのではないかということです。

それで良いはずですよね。

前回の記事で述べたように、自民党長期政権下における、55年体制という、自民党と社会党の裏取引もあったとされる政治状況の下で、所得再分配政策が進められ、それなりに社会保障の充実した国になった。大規模な公共事業も行われ、ひたすら経済成長が目指された。これは全く大きな政府指向の政策だったと言えるでしょう。

現在、少子高齢化社会となって、財政破綻の危機を迎えているのは、社会構造の変化を計算に入れていなかったためであり、泡を食って何とかしようとしている。

それでも、各党の政策では、アメリカ型の激烈な自由競争社会に向かおうとする主張はなくて、社会保障を維持しつつ、財政危機を乗り越える議論です。

この観点からは、田原総一朗氏が、ブログやテレビ討論で主張したように、日本には、リベラルがないのではなくて、保守がないのです。経済政策に関しては、総リベラル社会だと言って過言ではない。

また、規制緩和を推し進め、経済活動の自由をある程度容認するという方向は、「保守」主義にしかあり得ないのでしょうか。国の経済状態が良くなって、税収が上がり、社会保障ないし社会的給付の原資に充てることができる。その分配については、弱者優先か、高齢者や若者のいずれへの給付を多くするかなど、方法の相違が有り得るし、税金の徴収方法や税率の問題も別に有り得ます。

古い時代には、自民党内の現実的な政策選択としての主張の相違が、自民党総裁選の争点であり、国民・市民の関心事項でした。

結論
1、大きな政府、小さな政府という区別では、わが国の、リベラルと保守を分けることが難しい。
2、税金の徴収方法と社会的給付の分配方法に関して、格差是正と平等主義に一層着目するか、自由競争を指向するかの、大まかな違いが理念としてはある。しかし、現実の政策としては、そんなに大きな違いがあるようにはみえない。