テニスボールとラグビーボール ー 国籍について2019年10月21日 21:10

予定より随分、遅くなってしまいました。実は別の原稿を書いていたのです。幻冬舎ルネッサンスアカデミーというウエブサイトに、「韓国における元徴用工裁判と日本の対抗的措置」というテーマで連載しています。現在、第1回目が掲載されています。第二回目を昨日、出版社に送りました。来週ぐらいに掲載の予定です。



テニスの大坂なおみ選手の誕生日が10月16日だったそうです。同選手が、日米両国の国籍を有する二重国籍者であることをご存じの皆さんも多いでしょう。父がハイチ出身者で、母が日本人である同選手はアメリカに住んでいます。先日、大坂選手が日本国籍選択の手続きを開始したという報道がありました。22歳になる直前のタイミングです。

 私は内心ほっとしました。二重国籍であっても、一方が日本国籍であれば良いようにも思えますが、日本の国籍法によって、22歳までに国籍選択宣言を行わないと日本国籍を失うからです。大坂選手が来年の東京オリンピックに日本代表として出場するためには、日本国籍が必要です。もし、ここで国選択宣言を行わないと、東京オリンピックに、大坂選手がアメリカ代表として出場したかもしれません。

 ほっとすると同時に少し後ろめたい気持ちにも駆られました。なぜなら、国籍法上、日本の国籍を選択すると、もう一つの国籍を放棄する必要があるからです。大坂選手は、アメリカ国籍法の手続きに従って、アメリカ国籍を放棄する必要があります。しかし、アメリカ在住の同選手が、アメリカ国籍を放棄した途端、住んでいる国で外国人になってしまいます。今までは、アメリカ人であったのに!アメリカからの出入国の際に、手続きが煩雑にならないと良いのですが。国籍を失うと、そのほかにも色々面倒があります。日本に住む外国人であれば、国政はおろか地方の選挙権も無くなります。

 国籍取得について、日本は父母両系血統主義によります。父か母が日本人であれば、その子供は生まれた時に、日本の国籍を取得するのです。他方、アメリカなどの移民国家は生地主義をとる場合が多いです。その子がアメリカで生まれた場合、アメリカ国籍も取得します。そこで、その子は二重国籍となります。このように、ある国の国籍を有するか否かは、その国の国籍法が決定するので、二重国籍が必然的に発生します。

しかし、日本の国籍法は、国籍唯一主義を前提とします。二重国籍の発生を抑制しようというのです。日本人の子供が外国で誕生した場合、日本に出生届を出すときに、国籍留保の届けをしなければなりません。とても簡単にできますが、これをしないとその子は日本国籍を失います。外国で生まれた子供については、日本との関係が薄い場合があるので、その親に日本国籍取得の意思があるかを確認するのです。その上で、その子が22歳になるまでに、上述の国籍選択宣言を行わないといけません。日本国籍を付与する場合を、その人と日本との密接な関係のある場合に限定するためです。しかし、他方で、国籍唯一の原則から、二重国籍者が日本国籍を保持するために、他方の国籍を放棄する義務を規定しています。

 これは、外国人が帰化する場合も同様です。日本国籍を取得するときに、元の外国国籍を放棄する必要があります。もっとも、その外国が国籍放棄を容易には認めてくれない場合もあるので、帰化が難しい理由の一つになり得ます。在日外国人の子供が日本に生まれたとき、親の国籍を承継しているとすると、そのまま外国人として日本で暮らしてゆくことになります。もし、この人が日本に帰化しようとすると、親の国籍を放棄しなければなりません。

 国籍というのは、どのような意味を持つのでしょう? この国に住む大多数の人は、日本に生まれた日本人です。国籍なんか、生まれたときにあるので、水か、空気のような存在でしょう。外国に行くときに、日本のパスポートを作り、その国のビザを申請するので、ようやく日本の国籍を意識できるかもしれません。しかし、移民にとっては、とても重要な問題です。

 国籍は、多くの人にとって、アイデンティティーの中心です。移民にとって、元々、生まれ育った国の国籍であったり、親から受け継いだ国籍であったりします。他方、今、住んでいる国はその人にとってどのような存在でしょうか。仕事があり、生活の中心である国です。友人、知人に囲まれている。二世以降であれば、生まれ育った国であり、その国で教育を受け、その国の文化や風習に馴染み、心からその国を愛して止まない。日本人がその出身地を想うように、まさに生まれた地域こそ故郷なのです。ある人にとっては、そんな国なのかもしれません。

 もっとも、移民集団が、その社会の中で囲い込まれてしまっていて、差別の対象である場合もあります。その移民集団は、むしろその社会の中にあって、隔絶された小社会を形成し、もと居た国の文化や伝統を頑に守り、子孫にもその誇りを伝えようとするかもしれません。今生きている国から、真の意味での同化を拒まれ、逆に、今生きている国に対して同化を拒絶する声にならない叫び声を発しているのです。

 昨年、テレビ・ドラマ化された山崎豊子の『二つの祖国』という小説があります。明治期以来、多くの日本人が海外に移住しました。貧しかった時代の日本は移民送り出し国でした。この小説は、アメリカに移住した日系二世の第二次世界大戦時における苦悩を描いたものです。アメリカに住む日本人がひどい差別を受けながら、日本人としての民族の誇りを失わず、しかし、同時に生まれたときからアメリカ人なのです。そのアイデンティティーの揺らぎがこの小説の重要なテーマです。

 国籍選択の話に戻ります。二重国籍を有する人にとって、一方が、生活の中心の国であり、他方が、アイデンティティーにより重要な国であるかもしれません。また、双方の国が同じように重要である場合もあるでしょう。このとき、国籍選択制度は、生まれ育った国と親の国との間での選択を迫るものとなります。

 ある学生は、ブラジルから来た移民一家の子弟でした。ブラジルは生地主義の国なので、ブラジル生まれで、日本人の親を持つその学生は二重国籍者でした。大学生にとって、22歳というのはもう目前です。大学を卒業し、永住しようと決心しているのです。民族的には日本人です。日本国籍を選択して、ブラジル国籍を放棄すれば良いじゃない?と、簡単に考えてしまうかもしれません。しかし、その学生にとって、ブラジルは生まれた国であり、ブラジルの文化や風習にも、子供の頃から慣れ親しんでいるし、何より、その国は大好きなお婆さんの国なのです。日系人も、もう三世、四世にもなれば、その国に同化している場合が多いでしょう。日系ブラジル人の場合、日本の文化にも親しんでいるし、日本語も堪能である場合があります。これから生きていく国と、お婆さんの国の、どちらかをどうしても選ばないといけない。ブラジルの国籍を捨てるとすると、お婆さんを悲しませてしまう。

 生活の中心である実効性のある日本の国籍と、ある種の郷愁とアイデンティティーの源の一つであるもう一方の国籍を、同時に保有することを許容することがなぜできないのでしょう。国籍唯一の原則にも理由があります。政治的には、二つの国に結びつくことが問題視されるでしょう。しかし、私的な生活においては、二つの国籍を持つことが、むしろその人の利益になることが多いのです。

 帰化の場合を含めて二重国籍を許容するべきであるというのが私の持論です。そうして、国籍をめぐるアイデンティティーの悩みを無くし、日本国籍の取得を促すべきであると考えています。二重国籍の許容が世界の潮流になっています。ヨーロッパでは多くの国の加入する条約があり、二重国籍者が双方の国籍を保持する権利を保障しています。もっとも、二重国籍者に対して、ある種の公民権の制限はやむを得ないかもしれません。確かに、国会議員になる被選挙権を認めることには抵抗があります。しかし、自分達の生活やその国の将来を決めるために、代議士を選ぶ選挙権を保有することが、その国に受け入れられたというアイデンティティーの形成に役立ち、真の意味での同化に通じるでしょう。

 技能実習や特定技能という資格で外国人の出稼ぎ労働者を多く受け入れる政策に日本が転換しました。少子高齢化が進行してやむを得ず、単純労働についても、外国人を受け入れることにしたのです。しかし、高度人材外国人については、容易に永住権が認めらるとするなど、相当以前より、日本は移民受け入れ政策に転換していたのです。熟練した技能を有する単純労働者を含めて、労働力が不足している分野において、生活力のある、日本で活躍してくれる良い外国人を、より一層受け入れるべきであるとすれば、同化政策を失敗する訳にはいきません。同化を強制するのではなく、心から、日本人として、日本のために貢献してくれる人たちとなってくれるように。

 ところで、ラグビー・ワールドカップでは、日本代表の快進撃が日本中に勇気を与えてくれました。南アフリカと対戦したとき、涙を流して君が代を歌う流選手と肩を組んでいる選手たちの中に、多くの外国人選手がいました。その国の代表が、国籍ではなく、住んでいる国を基準にして選考されるのです。

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