学術会議の任命拒否問題2020年10月18日 20:58

 最近、学会発表および学会誌投稿や、遠隔授業の準備に忙殺されています。遠隔授業に慣れないせいか、兎に角、準備に時間がかかります。ブログ更新を怠っていました。
(_ _)

 当面、不定期に更新します。気がついたら、読んでみて下さい。




 日本学術会議法は昭和二十三年に公布された法律です。戦後間もなく、戦中、科学が軍事目的に利用されたことの反省に立ち、政治部門とは独立した科学者の機関として設立されました。昭和58年に大きな法改正があり、それまでの、会員公選制から推薦制に改められました。このとき、学術会議の推薦に基づき内閣が任命するとしても、形式的任命であり、実質的な意味合いを含まないという趣旨の政府答弁が繰り返されていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201008/k10012653471000.html
NHK・News Web  2020年10月8日 12時48分)

 政府は、憲法15条を根拠にしつつ、首相に、推薦通りに任命する義務はないとの立場です。かつ、昭和58年法改正時の政府答弁から、必ずしも解釈変更はないとしています。

 憲法15条は公務員の選定・罷免権が国民に存することを規定しています。ここで、公務員とは国民の代表者たる議会の議員のことであり、普通選挙によることが規定されています。この規定を根拠として、その他の公務員についても、国民主権原理の下で、国民の代表者である国会・地方議会がその勤務条件等を決定する権限を有するべきであると解されています。民主主義的コントロールが公務員全般に及ぼされるという趣旨です。

 ここから、学術会議の会員も公務員であるので、一定の民主的コントロールが及ぼされるべきであるとすることは理解できます。しかし、その民主的コントロールとは、国会が学術会議法という法律により、その選任の方法を決めているならば、それで足りると解することもできます。直ちに、首相の任命拒否権の根拠となるとは言い難いのです。

 学術会議会員は公務員といっても、特別公務員であると加藤官房長官が説明しています。特別職公務員とは、一般職公務員と異なり、「政治的な国家公務員(内閣総理大臣、国務大臣など)や、三権分立の観点や職務の性質から国家公務員法を適用することが適当ではない国家公務員(裁判官、裁判所職員、国会職員、防衛省の職員など)を指します(人事院のHP「おしえて人事院-国家公務員や人事院に関するQ&Aです」より)。

 公務員と言っても多様であり、職務の性質に応じて、民主的コントロールの在り方も様々です。例えば、国立大学の役員や一般の教職員・事務職員は、法人化以前は文部省・文科省の一般職国家公務員でした。法人化後も国家公務員法の適用は受けませんが、準公務員として、学長は文科大臣が任命します。運営費交付金など巨額の税金が投入される教育・研究機関です。法人職員の勤務条件は人事院勧告に従い決定されます。仮に、文科大臣が、特定の国立大学において選考された学長の任命を、政治的理由に基づき拒否するなら、直ちに学問の自由に関わる問題となるでしょう。

 また、特別職の代表格である裁判官ですが、その非民主的性格は法学を行う者の常識です。裁判所は司法を行う国家機関として税金により運営されています。しかし、日本の裁判官は、国民の選挙により選ばれません。たかだか最高裁判所裁判官について、国民審査があるだけです。但し、憲法および裁判所法に基づき、最高裁判所裁判官は内閣の指名に基づき、天皇が任命し、下級審裁判官は最高裁の指名に基づき、内閣が任命します。一旦、判事として任命されると、国会の弾劾裁判によるほかは罷免されません。民主的コントロールからはほど遠い存在ですが、この程度にはコントロールが及んでいるとも言えます。もっとも、下級審裁判官について、最高裁が指名した判事を、政治的理由に基づき、内閣が任命を拒否できるとすれば、政治部門が司法に対して介入したとして、三権分立の観点から直ちに憲法違反の疑いを生じます。




 学術会議は内閣総理大臣の所轄であり(法1条2項)、その会員については、学術会議が内閣総理大臣に推薦し(法17条)、総理大臣がその推薦に基づき任命する(法7条2項)と規定されています。これまで、学術会議の推薦に対して任命拒否を行った例がなかったのに、今年の推薦に限って首相が6名について拒否したのです。いずれも人文および社会科学の分野の学者であり、自然科学分野を含んでいません。

 新聞報道等によると、この6名の学者は、集団安保法ないし共謀罪の創設に係る組織犯罪処罰法改正に反対の立場を表明したことのある人物です。政府は、総合的な見地からの任命権の行使であり、人事の案件であるから詳細を述べないとして、具体的な理由を明らかにしていません。

 学術会議会員となるべき資格は、「優れた研究又は業績がある科学者」(17条)としか規定されていません(11条も参照。昭和58年改正時の両院の付帯決議によると、推薦に際して、女性や年齢構成に対する配慮が求められている)。政治家や官僚が、学問的業績を評価して、わが国における各分野の最も優秀な専門家達の推薦を拒否することは不可能と言えるでしょう。後でも触れますが、集団安保法反対等の理由であるとしか考えられません。そうであれば政治的理由に基づき、学術会議会員の任命を拒否したことになります。

 このことが憲法の規定する学問の自由に抵触するかが問われます。




 以降の記述の前提として、特定の政治的立場から述べているのではないことを明らかにしておく必要があるでしょう。まず、集団安保法について、憲法違反の疑いは晴れません。憲法改正が必要です。拡張的個別自衛権と、片務性のある集団自衛権というのは、どれほどの相違があるのでしょうか。具体的に、何ができて、何ができないのかの精密な議論こそ必要です。例えば、自衛隊が敵地攻撃能力を保有するべきだというのは、個別自衛権の範囲内で可能な議論です。原理的な、もっと言えば、言葉の争いをいつまでもしていては仕方がないのではないでしょうか。拡張的個別自衛権のラインに戻すとしても、日本の片務性に関するアメリカとの再交渉を含めて、外交・安全保障の現実的対応をとらざるを得ません。

 次に、組織犯罪処罰法の改正についてです。現在の国際社会共通の最大の関心事項の一つがテロとの闘いであり、また経済的犯罪組織を含めグローバルな手法を用いた資金洗浄の防止です。そのために「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」が平成12年に国連総会において採択され、わが国が同年に署名し、平成15年には、条約として発効し、わが国の国会が承認しています。

 わが国における条約の実施法が組織犯罪処罰法の改正法であり、共謀罪の新設ですが、この実施法の成立に随分時間を要しました。実施法の成立後、同条約を締結し、ようやく同条約がわが国内において発効しました。外務省のホームページによると、2018年6月18日現在の締約国は,189の国・地域となっている非常に成功した多国間条約です。この条約の趣旨について反対する人は少ないでしょう(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/soshiki/boshi.html 参照)。

 条約を締結すると、国際法としてわが国を拘束します。その内容に抵触する国内法の改廃を行わない限り、国際法違反ということになるから、実施法の成立を待たなければなりませんでした。実施法との関係でいうと、共謀罪を新設して、準備段階に犯罪の構成要件を拡張することが、条約上の義務と言えるかが焦点となります。もし条約上の義務であるならば、必要な立法を行わない不作為の国際法違反となるので、国会が条約の承認を行い、これに加入すると決定しておきながら、実施法の立法を怠るのは矛盾します。もっとも犯罪化拡張の範囲について、どのような法改正が有り得たか、条約および国内法の解釈が必須とはなります。




 学術会議法の問題に戻ります。

 同会議の目的が法の前文に規定されています。すなわち、「日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立される」。戦後間もなく、焦土と化した国土を前に、政治家も科学者も、その戦禍を被ったことを悔い、二度と、科学の軍事利用がなされないように決意したことが伺えます。

 この目的のための職務を遂行する上で、学術会議の独立性が規定されています(3条)。昭和58年改正時の両院の付帯決議にも、特に、会議の独立性に配慮するべきことが述べられています。

 その職務として、政府は学術会議に対して、「科学に関する研究、試験等の助成、その他科学の振興を図るために政府の支出する交付金、補助金等の予算及びその配分」や、「政府所管の研究所、試験所及び委託研究費等に関する予算編成の方針」について諮問することができ、諮問を受けた学術会議は答申を行います。また、学術会議は、「科学の振興及び技術の発達に関する方策、科学に関する研究成果の活用に関する方策。科学研究者の養成に関する方策、科学を行政に反映させる方策、科学を産業及び国民生活に浸透させる方策」に関して政府に勧告を行うことができます。

 学術会議が行政改革の対象たり得るとして、その在り方について見直しが検討されるという報道がありました。近時、学術会議が「提言」は行っているが、「答申」「勧告」は余り利用されていないとされています。しかし、最近はあまり諮問がないので、「答申」がないというのが本当のところのようですし、求められてもいないのに、学術会議が政府に対して「勧告」を行うほどの必然がないとも言えそうです。「勧告」というよりも「提言」する方が、当たりが柔らかいので、日本社会では受け入れられやすいでしょう。

 学術会議は政府の言う通りに答申、提言を行っておれば良いというのであれば、その会議は単なる御用学者集団であり、独立性を損ない、その目的を無にします。

見 直し議論の背景として、学術会議が軍事目的研究を禁止していることが考えられます。

 「井上信治科学技術政策担当相は13日、日本学術会議が軍事目的の研究を禁止していることについて「戦後70年以上たち、社会のあり方、時代の変化もある。軍事と民生のデュアルユース(両用)はどの科学技術の研究分野でもあり得る。そうした変化も考えた上で考えていただければと思う」と述べ、禁止の見解を見直すよう促した」。(https://www.sankei.com/politics/news/201013/plt2010130021-n1.html
産経新聞2020.10.13 16:39)

 戦後復興を遂げ、既に経済大国となって久しい日本です。時代の進展とともに、日本周辺の情勢および国際社会の考え方が変わり、科学技術の発展もあるので、これに併せて学術会議の在り方が見直されるということは、すなわち軍事目的の研究を解禁するべきであるという圧力であるようです。




 以上の一切が今回の任命拒否の理由でしょう。

 まず、先に述べたように、集団安保法や共謀罪について、研究者として、その学問的知見からどのような意見を持ち、主張するかはその研究者の自由であり、これが理由で政府が学術会議に任命しないとすると、まさに学問の自由に関わる問題となります。

 次に、廃止を含めた行政改革を振りかざして、どうしても政府の見解を踏襲するべきだと専門家集団に強要することもまた、学問の自由に抵触する可能性があります。助成金、交付金、補助金などの配分、政府所管研究所等における予算編成について、政府の諮問を受けたときに、軍事目的研究に肯定的に言及する答申をさせるということでしょうか。

 時代や社会の進展とともに、法の改正や法解釈の変更が必要となることが有り得ることは当然です。少なくとも、学術会議会員の任命拒否は法の運用の変更に当たります。軍事目的研究の解禁を促すために、会議の構成員を代えようとするのではないかと少々穿ったみかたをしたくなります。しかし、当初の学術会議の目的が上述の通りである以上、軍事目的研究の解禁を認めることは背理となります。

 確かに重要な問題でしょう。学術会議でも議論を尽くす必要があります。むしろ学術会議だけでは済まない、大いに国民的議論を巻き起こしてゆくことが必要な問題です。繰り返しておきますが、仮に集団安保法や共謀罪に賛成であり、軍事目的の線引きが困難であるからその研究も有り得るとする立場をとるとしても、思想良心の自由、言論の自由、学問の自由に抵触する方法をとることは許されません。

 憲法を含めた「法」の解釈には客観的な、取り得る範囲があるとする見方を私は取っています。法と政治を明確に区別するべきです。法は社会統制の道具です。法の支配が社会の安定に通じます。そのときの政治的風潮に左右されない厳然とした範囲のあることが重要です。

 法の明文および改正時点での両院付帯決議における独立性の強調、推薦規定を含む法の構造、学術会議創設の当初目的と推薦制の当初運用を勘案して、学術会議法の解釈として、首相による任命拒否を可能とする解釈変更が可能かについては相当疑問があります。これを可能とするためには、行政府が暗黙裏に解釈変更を行うという姑息なやり方ではなく、真正面から、学術会議会員の任命方法についての法改正を行うべきであったでしょう。

 行政庁所管の法律について、当該行政庁の解釈が先行し、まずは優先されることには疑いがありません。しかし、解釈の可能な範囲を超えると違法となります。学術会議法の解釈に憲法問題が関係します。法解釈についての有権的最終的な決定権限は裁判所にあります。任命拒否問題は継続しています。いずれ憲法訴訟に発展するかもしれません。


2020/11/07 誤解を招かないために、3の部分的な修正。

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