強制労働と国際法 ― 2020年01月20日 04:13
日韓請求権協定が、日本及び韓国の互いにいかなる主張もなし得ないとする意義について、日本と韓国の解釈が異なります。日本及び韓国の最高裁判所の解釈と、国際法と国内法の関係について、幻冬舎ルネッサンス・アカデミーの連載に掲載しています。先日、最終稿(第4回)を発行元に送ったので、その内掲載されるでしょう。今日のブログの内容は、その補足です。
1、強制労働の禁止と国際法
1930年の強制労働条約(ILO第29号条約)には、日本も1932年に加入している。その2条において強制労働が定義されている。すなわち、処罰の脅威の下に強要せられ、かつ、自ら任意に申し出でたものではない一切の労務である。同条2項に強制労働に該当しない例外が規定されている。「純然たる軍事的性質の作業に対し強制兵役法に依り強要される労務」、「完全な自治国の国民の通常の公民義務を構成する労務」、および「戦争等の場合、及び一般に住民の全部又は一部の生存又は幸福を危険にする一切の事情において強要される労務」が強制労働に当たらないとされている。
強制労働条約に関する2014年の議定書が成立し、発効している。1930年条約が植民地における労働形態を念頭に置くものであったので、人身取引などの現代的問題に対処するため、同条約を補足する議定書である。(https://www.ilo.org/tokyo/standards/list-of-conventions/WCMS_239150/lang--ja/index.htm)この議定書において、強制労働被害者に対する民事的な救済を与えるべきことが規定されているが、日本は未加入である。強制労働被害者が「適当かつ効果的な救済(補償等)を利用することができることを確保する」と規定されている。
もっとも、1930年条約の時点で、強制労働が違法であるとされるので、韓国元徴用工の事件では、日本及び企業がこの条約の違反行為を行ったとする余地がある。例外条項を解釈するために、日本の植民地支配が合法であるか否かが一個の要素される可能性もある。仮に、日本及び徴用工裁判の被告とされた日本企業が、強制労働を行わせたとすると、強制労働条約に違反し、日本が国家責任を負うということになる。
ある国が国際法違反を行った場合の、国家責任の内容については、2001年の国連総会決議により採択された国際法委員会の報告に基づく国家責任条文が重要である。
ここでは、民事的な効果について見ておく。国際法違反の行為を行った国は、損害の完全な賠償義務を負うとされ、この損害には、いかなる損害も含まれる(31条)。損害の賠償の方法としては、原状回復を原則としつつ、金銭賠償及び陳謝があると規定されている(34条ないし38条)。もっとも、これは被害国が加害国に対して、国家責任としての義務履行を請求し得る、基本的に国家間の問題である。被害国による請求の放棄も認められる(45条)。
国家責任条文は、一般国際法であり、特別国際法が存在する場合には、特別法の適用される範囲において適用されない(55条)。従って、争われる問題に関する特別国際法が存在するときには、適用範囲に関する限界を画する問題を生じ得る。国際経済関係を一般的に規律するWTOがこの意味で特別国際法であるので、以前のブログに述べたように、WTOとの関係において、WTO違反に対する対抗措置に係る問題は専らWTOにより規律されるとも考えられるが、微妙な問題が残される。
強制労働については、前述の強制労働条約が存在するので、損害の賠償の問題については、同条約および前述の議定書が規律する。また、日韓請求権協定のような二国間条約が存在する場合には、一般国際法の強行規範に反しない限り、優先すると解されよう。その意味で、日韓請求権協定と強制労働条約の関係には一応触れるべきかもしれない。
2、慣習国際法の成立と不遡及の原則
17世紀の法学者グロティウスが国際法の父とされ、1648年のウェストファリア条約が、30年戦争を終結させた世界で最初の近代的条約である。近代的国際法がこの時期に成立したとすると、現代に至るまで、その内実は益々、具体化、精緻化され、明文規定を含む多くの国際文書が生み出されてきた。このことをどのように理解するか、大きく分けて、次の二つの考え方があり得る。一つがこれである。国際法が自然法であるとすると、未だ見出されていない規範を含めて既に存在するはずである。これが人類の歴史の発展と共に次第に明らかにされて来たと考える。喩えて言えば、天界に漂う法の雲海は、地上からは有るのは分かるのであるが良くは見えない。その規範の一個一個を、地上にある判定者が、見出だし、人々に分かるように取り出して見せる。このとき初めて、誰にも確かに見えるようになるのであるが、その「条文」はその以前に既に存在はしていたのである。今一つが、次である。国際法も実定法である。漸次的法発展があるのであり、常に変転する。17世紀に近代的国際法が誕生して以来、継続的に新たな法が生み出され、現在の複雑で多層的な国際法規範の体系にまで至ったのである。新たな法規範は、その以前には存在せず、既存の法体系に付け加えられる。
自然法と言うと、現在の法学説では余り流行らない。しかし、慣習国際法とされるものが、その双方の性質を一定程度帯びるようである。一般に慣習法の成立を言うとき、法の主体たる者の行為を観察して、一定の長期間に渡り、行動傾向が一様にあり、大半の者が法として遵守している(国際法の場合、これを法的確信と呼ぶ。)場合を指す。慣習国際法の場合、その主体は第一義的には国家である。その援用を行う者が、その成立について実定的な証拠を示す必要がある。一定期間継続的で、斉一的な個々の国の国家実行としての行動や、一つの国際機関の宣明などである。多数の国の加盟する多国間条約や、これらを研究する多くの国際法学者の議論を経た文書が国際機関の承認を得たものが、最も分かり易い。条約は、署名と承認により、加盟国間のまさに明文の法となるのであるが、これをしていない場合にも、その内容が多くの国によって慣習国際法として認められる場合がある。
現在の国際社会において、特定の法規範の内容が、慣習国際法であると多くの国によって認められていると仮定する。ある行為者の行為がこの規範に違反すると主張する者は、その行為の当時に既にその慣習法規範が成立していたと言うであろう。これを否定する者は、その当時、未だ、多くの国が法としては認めていなかったと主張する。慣習国際法の成立時期を認定する作業はときに困難を極めるであろう。特に、その行為者の行為を刑事的な意味で犯罪に該当するとか、国際法違反の責任として賠償の効果が認められるとする場合、前者については、国際的な意味においても罪刑法定主義は当てはまると考える余地があるし、後者についても、法の一般原則として、法の適用についての不遡及原則が妥当すると考えられる。要するに、行為当時に違法ではない行為によって、行為者は裁かれるべきではないという原則である。
3、強制労働の禁止と日韓請求権協定
以上を、元徴用工の裁判に当てはめてみよう。
第二次世界大戦当時、明文の条約として、1930年の強制労働条約が成立していた。批准していたので、わが国内においてもまさに法としての効力を有する。元徴用工の労働態様が強制労働に該当するかは、国際法上はまずこの条約を適用しなければならない。次に、それが強制労働に当たるという場合に、被害者に補償が与えられるべきであるかも同条約、及びその他の国際法の観点から決定される。強制労働の禁止は1930年条約のときに既に、国際的な強行法規範であると思われる。しかし、被害救済の方法として、民事的賠償の機会や金銭的補償の提供が現在の国際法上の要請であるとしても、これが強制労働の文脈において明文規定とされたのが2014年議定書であった。わが国は議定書に加入していないので、この意味でわが国の法ではない。その内容の慣習国際法が成立しているとしても、成立時点が、第二次世界大戦のときまで遡れるかは多分に疑問である。
次に、2014年議定書にあるように、強制労働の被害に対して金銭的補償の提供が国家に義務付けらるとしても、日韓請求権協定の締結の経緯からは、第一次的に責任を負うべきは韓国であると解する。韓国大法院判決多数意見が言うように、元徴用工の補償について、韓国において、社会保障的な、国による一定の給付が存在する。新日鉄事件は、韓国の元徴用工の被った損害の完全賠償のために、韓国法に基づく給付額が不十分であるとして、徴用工を用いた企業にその不足分の賠償を求めているのである。強制労働条約の議定書が、被害者に補償を与えることを国に義務付けるとしても、必ず、民事訴訟の形で加害者に対して賠償を求め得るとする義務まであるかは不明である。日本は日韓請求権協定に基づき、多額の経済援助を行った。しかも、元徴用工に対して韓国法に基づく補償はあるのである。それ以上に、元徴用工が個人として金銭的賠償を請求し得るとする国際法上の義務が、いずれかの国家にあるかは疑問である。
上の記述だけ見ると、誤解を生じるかもしれません。幻冬舎ルネッサンスのサイトを是非見てください。
2月11日注記
上記において、国際的な強行法規範という語を用いています。特に、国際人権法上の要請として、重大な人権侵害など国家間の合意によってもこれを免責することが許されないような国際法規範をそう呼びます。国際的強行法の範囲や効果について、国際法上いまだ決着のついていない問題の一つです。ここでは、単に、抽象的に強制労働の違反をいう場合、そのように解されるという趣旨です。
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