子の連れ去りと親権者の決定2020年08月24日 19:05

 両親が離婚するのは大人の勝手かもしれません。婚姻は法律上の制度です。配偶者の双方に法的な権利及び義務を生じます。むしろ、不幸な婚姻関係を早期に解消して、そのような足かせから解放され、自由な立場に戻りたいと願うこともあります。そのような場合でも最も深刻な問題が子供の処遇です。子供の親権争いは、自分の子の両手を父と母が双方から引っ張り合う、親にとっては半ば命がけの、子供にとって残酷この上ない争いとなることが多いでしょう。このような場合に、子供を手放したくない親が、子供を相手方に無断で勝手に連れ去る、「子の連れ去り」の問題を取り上げます。
「親による「子の連れ去り」が集団訴訟に発展 海外からは“虐待”と非難される実態とは」(https://dot.asahi.com/dot/2020082000083.html?page=1
AERAdot. 8月22日の記事です。

 子の一方的な連れ去りについての法の未整備が、憲法13条に違反し、連れ去られた子の人権も侵害しているとして、別居中の親を中心に、他方の親から引き離された子供も含まれる原告団14人が、国を相手取って集団訴訟を提起したという内容です。

 欧米諸国には共同親権の制度によっている国があります。通常子の監護、養育を行う親を決めつつ、他方の親の面会交流権も保証されることが多いのです。欧米の映画やドラマを見ていると、毎週末の数日や、一月に一度1週間程度、あるいは学校の長期休暇中の一定期間、通常一緒に暮らしていない親の住居に行くという場面が出てきますね。監護・養育権を持つ親は、相手方が子との面会交流を行わせる法律上の義務を負うので、その同意なくして遠方に転居して、面会交流を困難にすることも禁じられます。仮に、監護権のある親が従来の住居から子を連れ去ったり、逆に、そのない方の親が面会交流中に子を連れて遠方に逃げたりすると、誘拐罪に問われることもあるのです。父母の共同親権の下で、通常養育する親を決め、他方との面会交流を親及び子の双方に厳密に保証していることが分かります。

 これと異なり、わが国は単独親権の制度をとっています。現行民法上、夫婦の離婚の際に、財産分与や慰謝料の支払いが決められ、そして子供がいる場合、親権者が決定されます。当事者の協議に基づき、最終的には裁判所が、両親の経済状況や社会的立場、子供の置かれる環境などの諸事情を総合的に勘案して、子の幸福の観点から、子の親権者がいずれの親となるか、養育費の支払いや親権のない親との離婚後の面会交流の方法を含めて、当該の子に最も適切な方法を考案することになっています。

 従って、一方の親の単独親権といっても、通常養育する親を決め、親権のない方の親も養育費を分担しつつ、適当な方法で面会交流を行うことを取り決めることもできるのです。しかし、実際上、親権者とされた親が離婚した他方配偶者に対して、子との面会交流を拒むことや、再婚などの事情により、子との面会が困難になることが多いのです。また、養育費の支払い不履行が横行しています。

 上記のweb記事によると、「約90名の議員が所属する超党派の議連「共同養育支援議員連盟」が、森雅子法務相らに対し、養育費不払い解消に関する提言書を提出」したとされています。養育費の支払いと、面会交流を含む共同養育の取り決めを離婚成立の要件とする、法の改正を求めているようです。

 離婚の成立要件として合意したとしても、その約束が反故にされないための仕組みが必要でしょう。提言の内容を知らないのですが、養育費の支払いと面会交流の権利・義務を組み合わせるうまい方法があると良いようには思われます。子の連れ去りとの関係で言えば、結婚が破綻した夫婦の一方が、離婚前に、他方配偶者に無断で子を連れて家を出て行く場合、離婚の際の親権者指定において、裁判所が、現在、養育している親と子の環境を重視するので、結局、連れ去った方が勝つ場合があるのです。

 欧州連合(EU)欧州議会が8月8日、EU加盟国の国籍者との関係で、日本人の親が日本国内で子どもを一方的に連れ去さることを禁止する措置を講じるよう日本政府に要請する決議案を採択しました。(共同通信)(https://this.kiji.is/653694244372382817

 欧州議会というのは、EUの行政および立法を主として司る欧州理事会および欧州委員会の、諮問機関ないし立法の参与機関というほどの位置付けを有するものです。EU各国における直接選挙により選ばれるEU市民の代表たる議員が構成員です。対日決議といっても法的拘束力はなく、欧州委員会や各国政府に対して日本政府に働きかけることを要請したものです。子供に対する重大な虐待であると非難しています。

 国際的な子の連れ去りについては、ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)があります。国際結婚をした夫婦の間の子が、従来居住していた国から、無断で一方の親の国籍国に連れ去られたという場合、連れ去りから一年以内であれば、締約国は、子が元居住していた国に送還しなければならないと規定されています。

 1980年に採択された条約なのですが、わが国が締約国となって上の義務を負ったのは、2014年になってからです。外務省のHPによると「1970年には年間5,000件程度だった日本人と外国人の国際結婚は,1980年代の後半から急増し,2005年には年間4万件を超えた」とされています(https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_000843.html#section1)が、この間、外国で結婚した日本人が離婚をする際に、子供を無断で連れ出し、日本に帰国するという事例が頻発したのです。欧米諸国を始めとして、ハーグ条約締約国が増加する中、日本のみがいつまでも加入していませんでした。

 外国に居住する日本人が、その国の国籍を有する配偶者と離婚すると、居住資格を失う場合もあるし、言語の問題があり、容易に良い収入を得られる仕事を見つけられない場合もあります。国際結婚であれば、経済的にも、親権争いに敗れて帰国を余儀なくされると、二度と子供に会えなくなることを懸念して、離婚裁判の前に、あるいは裁判中に隙を見つけて、相手方に無断で子供を連れて帰国してしまうのです。日本の裁判所は、日本法の下で、子が現在日本にいる生育環境を重視して、養育中の親の経済状況に問題がないならば、子の利益の観点から、養育中の親の親権を認め、子の連れ戻しを認めません。ハーグ条約の締約国であれば、1年以内であれば、理由のいかんを問わず、よほどの事が無い限り、連れ戻しが決定されなければならないので、日本の裁判所の実務が国際問題に発展しました。

 子から引き剥がされた外国にいる親は、その国で、離婚裁判や親権者指定の裁定を裁判所に求めるでしょう。子の一方的な連れ去りを違法とする国であれば、尚更、置いてきぼりにされた親の親権、監護権を認めます。アメリカ人の父親が、日本人の母親が子供を連れ去った場合に、その母親と子供の住所をつきとめて、母親やその家族の前で、暴力的に子を連れ戻そうとした事件が起こりました。日本では、アメリカ人の父親が警察に拘束されたのですが、アメリカでは父親が親権・監護権を認められていたので、この母親がアメリカに行けば、誘拐罪で逮捕されていたのです。この事件を契機として、日本の態度を非難する世論がアメリカ国内で巻き起こり、アメリカ政府が日本政府にたいして、一定の措置をとることを要請する事態にまで発展しました。このような事例はアメリカに止まりません。

 そこで、日本が重い腰を上げて、ハーグ条約の締結に向けて検討を開始し、上に述べたように、2014年に至って漸く、締約国となったのです。これ以降は、条約の要件に従い、日本は子を元の国に送還する義務を負うこととなりました。現在の住所が判明していると、裁判所を通じて子を保護し、元の居住国に連れ戻すことができます。EU議会の対日決議は、日本国内において、居住地を変えて、子を連れ去ることを問題視するのだと思われます。

 日本に住む日本人夫婦の離婚に関する国内事件でも、先に述べたように居住地からの子の連れ去りを防止するのに有効な法が存在しないからです。共同親権か、単独親権か、いずれの法制度が適切なのか、面会交流権の確保の方法など、日本法として、その運用を含めた検討が必要なようです。

 ここで、少し、視点を変えてみます。日本は、国際社会の一員です。多くの国において妥当するルールがあるとき、日本だけがこれを無視するなら、日本国内の法としては問題がないと、その時には考えられるとしても、国際的には非難を免れないということです。日本では常識であっても、国際社会では、非常識だとして批判されることが往々にしてあるようです。国際的な、「隣近所の決まり事」があるときには、それに従うという価値観があっても良いでしょう。

 子の奪取をめぐる問題は、元々、子が親と居住していた国の、司法的解決がなされるべき問題です。すなわち離婚裁判や調停などの司法手続きに委ねるということが、法治国家としての重要な前提となるはずです。勝手な子の連れ去りを認め、無断で子を奪った方が、既得権により優先されるということを認めることが、多くの国で違法視されているのです。それでは、子の両手を、両親が実力を行使して引っ張りあう、文字通りの奪い合いにもなります。子の利益には全く適わないでしょう。ハーグ条約が、原則として子の親権の法的内容や具体的な監護のあり方については述べず、ただ、一方的に子を奪う行為を問題にして、子を、元居た国に返した上で、その国の司法的解決に委ねることのみを義務付けているのです。

 ハーグ条約が適切にわが国で実施されるためにも、離婚の際の親権者指定をめぐるわが国国内法上の問題を、もう一度考え直す必要があります。

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