ハートフォード型の設例2018年07月20日 17:54

こちらは良い天気です。暑いです。それでも東京や大阪といった大都会や盆地の京都などとは異なり、若干しのぎやすいです。海に近くて気候の穏やかな松山市です。

書いている途中で、少しうたた寝をしてしまいました。目覚めて快調!

1、ハートフォード火災保険事件

設例1の事例は、アメリカの裁判例であるハートフォード火災保険事件を基に作っています。

アメリカの反トラスト法(競争法)は、19世紀末から20世紀初頭にかけて成立したもので、アメリカにおいても極めて重要な法分野です。世界の中で、最も早くこの分野が発達し、法発展が先進的でもあります。日本の独占禁止法に相当する法律であり、日本の独禁法の母法とも目されます。

自由市場経済の下で、完全に市場の手に委ねてしまっては経済活動の寡占化・独占化が進み、自由競争が阻害されてしまう恐れがあります。自由競争の下でこそ、市場に対する新規参入の機会均等と、そのことによる社会的なイノベーションが望まれ、消費者・労働者といった弱者の利益にも配慮された、健全な経済の発展が期待されるのです。

アメリカでは資本主義経済の発展段階における早い段階からこのことが認識され、反トラスト法が早期に発達しました。しかし、ヨーロッパや日本などの他の先進国においては、ことに第二次世界大戦後の復興期に、企業間のカルテルに寛容である政策により、経済発展が優先されることも多かったのです。

アメリカの企業からすれば、強力な自国反トラスト法の執行により企業活動の手を縛られるのに、他国の企業は、アメリカの法では違法な行為であっても自由に事業活動を行えるということになり、他国企業のカルテルにより、世界で最大のアメリカ市場において、アメリカの企業が不利な立場に立ってしまうのです。

そこで、アメリカの反トラスト法執行当局や裁判所が積極的に、他国で締結された他国企業間のカルテルなどに対しても、自国反トラスト法を適用するようになります。アメリカ市場に反競争的な影響を与える場合に、外国で締結されたカルテルに対しても、反トラススト法を適用できると解釈しました。このような解釈を、外国の反競争的行為の効果が自国市場に及ぶ場合に、自国競争法を適用できるという意味で、効果理論と呼び、自国競争法を自国領域外に適用するという意味で、域外適用と称します。これに対して、むしろカルテル許容政策を取る国が、アメリカに対して、国際法違反の域外適用であると猛反発しました。

1980年代を通じて、アメリカと他の先進諸国、特にヨーロッパ諸国との間の、法適用をめぐる熾烈な外交的攻防が続けられました。

しかし、現在、先進各国の競争政策が均一化し、EUを含めて、むしろどの国も効果理論によりながら、自国市場に影響を与える場合に域外適用を行うことが一般的になっています。後で述べる、ブラウン管テレビについての最高裁判決が、わが国の裁判所がわが国独禁法を域外適用した最初の最高裁判決になります。

そこで、ハートフォード火災保険事件ですが、1993年のアメリカの連邦最高裁判決の事件です。再保険の事業者がアメリカの保険会社と締結する再保険契約の問題として、イギリスにおいて再保険者の団体が協定を締結し、アメリカの保険会社がアメリカ市場で提供する保険契約の条件を拘束したという事件です。

再保険というのは、保険会社が消費者等と保険契約を締結し、保険金を支払う場合に備えて契約する保険のことで、消費者等に保険金を支払った保険会社に対して再保険の保険金を支払うとういものです。巨額の支払いにより倒産しないように、保険会社のための保険契約のことです。

アメリカで保険契約を締結した消費者等が、イギリスの再保険者の団体による上のような条件拘束により、保険金を支払ってもらえない事態を生じ損害を被ったとして、19の州とアメリカの消費者等が集団訴訟を提起しました。

詳細な要件論は別にして、要するに、イギリスでの協定がアメリカの保険市場において反競争的効果を生じたことを理由に、アメリカの裁判所がアメリカの反トラスト法を適用しました。

ところが、イギリスではこの協定が許容されており、アメリカの反トラスト法が適用されるべきではないとするイギリス政府の見解が表明されていたのです。


2、公法と私法の法適用

前々回の国際私法への招待でお話をした内容を覚えていますか?

公法と私法とで、法適用の方法が全く異なると述べました。このことはわが国の法の大前提とされます。わが国の国際私法は大陸法系統に属します。大陸というのは、ヨーロッパ大陸のことで、明治維新にわが国法を整備したときに法の先進地域として、西欧各国の法を継受したので、現在でも多くの法分野が大陸法の影響を強く受けています。法分野を公法と私法に峻別し、法適用も異なる方法によることにしています。

しかし、アメリカはこの法系統に属しません。公法と私法を峻別するという発想を欠くのです。前述の、ハートフォード火災保険事件でも、損害賠償の問題という私法上の問題について、反トラスト法の行政処分や刑事罰を課する公法としての側面と同様の、法適用の方法によっています。

重要な国家的利益に関わる法である反トラスト法の一方的な適用のみがあり、ほぼ外国の競争法を適用することをしないと言って良いのです。反トラスト法については、自国法の適用があるか否かを決定し、適用される場合に損害賠償の根拠とすることができ、否定されるとそもそも損害賠償を求めることが許されません。

アメリカにおいても、一般の不法行為事件では、損害賠償請求の根拠として外国法が適用されることがあります。双方的な法適用がなされ、法選択の結果、自国法か外国法を適用し、損害賠償が認められるか否かを判断します。しかし、反トラスト法の私法的な請求については、一般の不法行為事件とは区別されるのです。

日本法は、先に述べたように、公法と私法を厳密に区別します。公法は一方的な法適用を行い、私法は双方的に法を適用するのが原則です。競争制限的行為により、私人が損賠を被り、私人である行為者に損害賠償を求める関係に対しては、自国法か外国法か、準拠法を決めなければなりません。

EU法では、競争制限的効果を生じた市場地国の法を適用するという規則を有します。EUの構成国に共通の法規則です。従って、EU構成国であるヨーロッパ諸国の裁判所は、損害賠償請求事件には、この規則に従い外国の競争法を準拠法として適用することになります。

私は、わが国の国際私法の解釈として、競争制限行為に基づく損害の賠償を求める場合に、準拠法を決定する必要があると考えています。その場合に、法的根拠はいずれにせよ、競争制限的効果を生じた市場地国の法を適用することになります。そして、わが国の法であれ、外国の法であれ、その国の競争法が適用されます。


3、そこで、前回示した事例をもう一度、掲げます。
 ここまでで解決できるのがⅠのハートフォード型の事例です。

「Ⅰ ハートフォード型

設例1
日本のY社とA国のZ社らのカルテル参加者が、A国でカルテルを締結した。このことによって、複数国の市場に競争制限的な効果が及び、日本もその一つに含まれる。カルテル対象商品(モノかサービス)を日本のX1社が購入し、カルテルによって損害を被った。

日本が当該カルテルを規制し、A国が許容する

設例2
日本のY社らが、日本で輸入カルテルを締結した。このカルテルは日本の行政庁による行政指導に基づくものであった。日本の輸入市場には影響がないものとする。このカルテルによって、A国の輸出市場に競争制限的な効果が及び、A国のX2社が損害を被った。

日本が当該カルテルを許容し(わが国独禁法上、適用除外の例外則に該当する)、しかしA国が規制する。

以上の条件を前提する。

① 設例1の事例でも、設例2の事例でも、行政罰・刑事罰の問題については、日本では公取委が、日本において日本の独禁法が適用されるか否か、A国においては、A国競争法当局が、A国競争法が適用されるか否かを、いずれも一方的に決定する。

② わが国で、損害賠償訴訟が提起された場合、設例1のX1の損害について、準拠法として日本法が適用され、設例2のX2の損害について、準拠法としてA国法が適用される。 」

① の問題について。
設例1においては、A国で締結されたカルテル、設例2においては、わが国で締結されたカルテルに対して、行政処分ないし刑事罰が下されるか否かの問題について、A国の競争法が適用されるか否かは、A国当局がその競争法の適用を一方的に決定することになり、わが国の独禁法が適用されるか否かは、わが国の公取委(ないし裁判所)が一方的に決定することになります。

② の問題について。
X1の損害との関係で、競争制限的効果の生じた市場地国であるわが国の法が準拠法となります。従って、わが国の独占禁止法が適用され、独禁法上の損害賠償規定ないし一般不法行為法である民法709条により損害賠償の成否が決定されます。

X2の損害に関して、競争制限的効果の生じた市場地国であるA国の法が準拠法となります。従って、A国競争法が適用され、A国の特別法であれ、一般不法行為法であれ、その民事賠償規定により損害賠償の成否が決定されます。

さて、次の問題です。

「①と②のいずにせよ、わが国で、わが国の独禁法を適用する場合に、A国の競争政策ないし競争法の適用の結果を考慮することができるか?」

この問題を考える前に、設例2の事例について、もう少し解説します。


4、設例2の事例の解説

この事例の基にしたのが、ズワイ蟹輸入カルテル事件です。(この事件について、石黒一憲「ボーダーレス・エコノミーへの法的視座・第16回 ズワイ蟹輸入カルテル事件と域外差止命令-国家管轄権論的考察」『貿易と関税』1992年10月号36頁以下参照)

1982年当時、アメリカにとってわが国が水産物の最も有力な輸出先でした。この事件ではアラスカ産ズワイ蟹のわが国の輸入業者において、価格カルテルが締結されたとして、アメリカの裁判所がアメリカの反トラスト法を適用しました。買付価格を談合によって低く抑えたとされました。

実はこのカルテルは、わが国の行政庁が、輸入秩序の維持及び過当競争の防止を目的としてした行政指導により、締結されたものだったのです。

そこで、設例2は、以上のような輸入カルテルがわが国にあった場合に、アメリカで対象商品の輸出に関わるX2というアメリカの事業者が損害を被ったという事例です。アメリカにおける当該商品の輸出市場に競争制限的効果が及んでいます。

先に述べたように、このカルテルにアメリカが行政処分等の前提として、効果理論に基づき自国法を適用する否かは、アメリカ法が一方的に決定することです。他方、日本の独禁法に基づき、排除措置命令という行政処分等が発出されるかは、わが国の公取委が一方的に決定することです。

ここからが、先日私が学会報告を行った要点の一つとなります。ごく概括的に、専門家でなくても、ある程度法的な知識があれば理解可能なように記述しますが、難解であると思われたら、飛ばしてください。結論的に、何を言いたいかだけでも分かれば、結構面白いかもしれませんよ。


5,「①と②のいずにせよ、わが国で、わが国の独禁法を適用する場合に、A国の競争政策ないし競争法の適用の結果を考慮することができるか?」-1

行政罰・刑事罰の前提としての①の場合。

設例1は、A国で締結されたカルテルに対して、日本が規制し、A国が許容する。わが国に競争制限効果が及んでいるので、わが国の独禁法を適用するとする場合、A国が当該カルテルを許容する趣旨が問題となりそうです。単に無関心ないし競争法の未整備であるのか、積極的な国家政策としてカルテルを許容しているのか。私は、これを考慮する余地があると考えています。

基より、わが国市場に競争制限的効果が生じているのですから、そんなに良い顔をしている場合ではないでしょう。従って、よほどのことがない限りわが国の独禁法が適用される必要があるでしょう。しかし、少なくとも、わが国独禁法の解釈原則として、外国の法と政策を考慮する法理が付加されるべきです。

設例2は、日本で締結されたカルテルに対して、日本が許容し、A国が規制する。A国が競争制限的効果の及んだ市場地国であるとして、A国競争法が適用を欲する場合、日本としては、このことを考慮できるでしょうか。わが国独禁法の立場としては、適用除外規定(独禁法22条)の解釈の問題となるでしょう。あるいは行政指導に基づくカルテルが独禁法の適用を免れるかという論点に関する解釈論の問題です。

ここでもわが国法の解釈上、適用を除外されるべき場合は、当該カルテルが規制されてはならないでしょう。しかし、ここでもA国の法と政策を考慮する余地が、適用除外規定の解釈(わが国独禁法の解釈)に付加されるべきです。


6,「①と②のいずにせよ、わが国で、わが国の独禁法を適用する場合に、A国の競争政策ないし競争法の適用の結果を考慮することができるか?」-2

わが国で、カルテル参加者であるY社らに対して、損害賠償訴訟が提起される②の場合。

設例1のX1の損害賠償について、準拠法が日本法となります。日本の独禁法が適用されます。しかし、A国はカルテル許容政策を取っています。

以前のブログでお話ししたように、損害賠償を規律する規範は、一般に、法に禁じられた行為がなされ、これに基づき損害が発生した場合に、その損害を賠償する義務を生じるという構造をとっています。

わが国の独禁法の構造も、行為規範と効果規範(損害賠償規範)に分解することができます。

独禁法1条が法の立法目的として、「この法律は、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止」するとし、更に、3条が「事業者は、私的独占又は不当な取引制限をしてはならない」と規定しています。そして、例えば不当な取引制限とは、2条6項により、「この法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう」と定義されています。

以上が、行為規範ないし禁止規範です。一定の行為を法が禁止しています。

この違反に対しては、行政処分・行政罰や刑事罰のほか、行為規範の違反により、損害を被った者はその賠償を行為者に求めることができます。

わが国の独禁法上、同一の行為規範の違反に対して、行政及び刑事の罰則と民事賠償の双方が効果として与えられているのです。

設例のYらの行為、すなわちわが国の独禁法3条に違反する行為、によってX1の損害がもたらされたという場合、損害賠償については、独禁法25条(26条)(無過失責任)または民法709条(過失責任)が根拠条文となります。

このとき、上述の5で述べたのと同様の考慮が必要であると、考えています。すなわち、行政罰や刑罰の場合と同一の行為規範である独禁法3条(及び2条)の、地理的適用範囲を決定する際に、A国の法と政策を考慮する法理を付加するべきであるとするのです。

設例2のX2の損害賠償について、準拠法がA国法となります。A国の競争法が、競争制限的効果を生じた市場地の法として、適用を欲するとすると、Yらは、X2に対して損害賠償をしなければならないのでしょうか? X2らのカルテルは、わが国の適用除外を受けていたはずです。

結論的には、損害賠償が否定されると解されます。幾つかの法律構成が考えられますが、ここでは私見を開陳しておきます。

行政罰や刑罰の場合と同一の行為規範である独禁法の3条及び、その適用除外規定と解釈が適用されねばならないと解します。これらの規定等を、準拠法のいかんに関わらず適用されるべき絶対的強行法規であると解するからです。

更に、ここでも、上述の5で述べたのと同様の考慮が必要であると、考えています。すなわち、このような行為規範の地理的適用範囲を決定する際に、A国の法と政策を考慮する余地を付け加えるべきであるとするのです。

そして、法廷地の法と外国法との適用の調整をする法理を、独立の抵触法原則として、わが国の独禁法の行為規範の解釈に付加するというものです。

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