代理母と社会的合意12018年02月10日 02:28

今日は、近くのタイ料理専門店でトムヤムクンとエビすり身の揚げ物を食べてきました。この辺りでは古くからある有名店ですが、そんなに高くなくて、美味いです。シェフがタイ人です。

生殖補助医療と社会的合意について、二回目です。

1、代理母

日本生殖医学会のホームページには、一般の人向けに、生殖補助医療の種類が説明されていますし、学会としての声明・ガイドラインが掲載されています。
http://www.jsrm.or.jp/index.html

試験官内で卵子を受精させた受精卵を母胎内に移植する不妊治療は一般的に行われていますが、更に、夫婦である男女間の卵子および精子による受精卵を用いる場合、夫婦の片方のみの卵子または精子と、他人の精子または卵子を受精させた受精卵を、妻たる女性に移植する場合、両親となる男女または母または父となるべき男女の卵子と精子による受精卵を、その男女とは無関係の他人に移植する場合などが考えられます。この最後の場合が代理母による方法です。また、借り腹と言われたりします。

今回の題材は代理母です。

健康な女性に頼んで、体外受精した受精卵によって、子供を産んでもらう方法で、法律上禁じられていません。前々回に述べたように、クローン胚の子宮への移植のみが法律で禁止されており、代理母の方法は、日本産科婦人科学会の会告によって禁じられているだけです。これは会員向けルールに過ぎません。そこで従わない医師もいるようです。しかし、代理母については、日本では実施されることが少ないとも言われています。

2、インド代理出産

週刊朝日の記事(2008年8月29日号)が元ネタです。独身の男性医師がインドで代理母に依頼して、自らの遺伝的繋がりのある子供を授かろうとしたという記事です。インド人女性と代理母契約を締結したのですが、卵子提供者はネパール人だそうです。婚姻関係のない女性の卵子を用いて受精卵を作り、やはり婚姻関係のない女性に代理母を依頼したのです。エージェントととなるインド人医師が仲介していました。代理母となった女性はそのお金で家を建てると言っていたそうです。

少し古い情報になりますが、上記の記事によると、インドの代理出産ビジネスは、2000年頃から盛んになり、2005年には、500億円市場になり、年々増加していました。代理母の謝礼が平均2800ドル~5600ドルなので、インド(当時)の年間平均所得、約980ドルに比べて相当の高額です。インド人女性は、麻薬や飲酒、タバコの弊害が少ないため、人気があるのだそうです。

顧客は欧米人が中心であるというのですが、このような人達は、子を母胎内で生育してくれる若くて健康な母体を求めて、遥々海を渡るのですね。

日本人医師である依頼者が父親となるつもりだったのでが、インドの戸籍上、生まれた子の父母の欄が空欄となっていたようです。卵子提供者および代理母となった女性は匿名が条件であり、独身である男性はインド法上、養子縁組も許されないからです。そのため、子供の国籍がはっきりしない状態となってしまいます。

父親となろうとした男性は、一刻も早く子供を日本に連れて帰りたかったのでが、パスポートの取得が困難です。また、インド国内で福祉団体がこのことを人身売買であるとして、裁判所に人身保護命令を求める騒ぎになりました。インドの代理母契約では、このような出国トラブルがよくあるそうです。

男性は離婚経験者であり、子供ももうけたのですが、離婚後は子供とも会えていない、とのことでした。欧米では離婚時に父母が子の共同親権を取得することや、離婚後も、普段は養育していない方の親の面接交渉権が保障されること国も多いです。しかし、日本法は単独親権であるため、離婚後は、養育しない方の親が、実際上、実子に二度と会えないということも多いようです。

この男性は、もう一度わが子を抱きしめたいと思ったのではないでしょうか。自分と血の繋がりのある子供がどうしても欲しかったそうです。

3、メディブリッジの広告

メディブリッジという企業があります。代理母に関する業界最大のエージェンシーを名乗っています。
http://www.medi-bridges.com/surrogate_1.html

筆者の授業でも随分前から扱っている企業です。このホームページに代理母契約についての「広告」とも言えるページがあります。
この企業や代理母という方法を推奨している訳では決してありませんが、後で、この問題を考えるために、その広告の内容を転載します。

「この画期的な生殖医療プログラムにおいては、代理母の協力のもと、ご夫婦は「遺伝的・生物学的に100%自分達夫婦の子供」を授かるための治療を受けることができる、ということになります」。

代理母ご紹介と題するページでは次のようになっています。

「代理母になって頂く女性は21歳~35歳の女性に限っています。また代理母になる必要条件として、最低一人の健康な赤ちゃんを既に出産している経験がある女性に限っております。
代理母になるには、感染症検査、血清検査、サラセミア検査(遺伝的欠陥のためにヘモグロビン合成の過程においてヘモグロビンを構成するグロビン鎖間の合成不均衡を来たした 疾患。遺伝性の溶血性貧血であり、抹消血に標的赤血球が出現するのが特徴)を事前に行いパスしなければなりません。

ご夫婦の卵子と精子を体外受精して行う代理出産の場合は、妊娠中に代理母自身の遺伝子が胎児に組み込まれるようなことは起こり得ませんから、代理母自身の人種は問いません。
代理母候補者になって頂く女性達は、健康状態の良い経産婦であり、飲酒・喫煙の習慣がないことから、アメリカからもアジアの代理母にお任せした方が安心だと良い評判を得ております。」

代理出産費用について

費用項目:「体外受精・胚移植医療費・検査費・技術料、 薬剤代金、 代理母謝礼・経費、 代理母医療保険掛金、 代理母生命保険掛金、 代理母登録機関手数料、 新生児用医療保険 掛金、 手続代行・コーディネート手数料、 通訳・翻訳費用、 付き添い費用、 弁護士費用、 親権申請費用、 出生証明書費用、 代理母周産期検診・出産費用、 新生児検診・入院費用、 航空券代金、宿泊費・雑費等」

総額で、一回の胚移植に、390万円から、となっています(2018年2月現在)。

4、最高裁判決 平成19年3月23日の事件
日本に住む日本人夫婦の間の「子」の問題です。

女優とプロレスラーの有名な夫婦です。このとき記者会見を開き、テレビなどでも報道されましたので、記憶している方もおられるでしょう。

女性は病気で子宮を摘出したので、自ら懐胎し子をもうけることができなくなりました。しかし、摘出前に卵子を保存しておいたので、夫の精子を用いた受精卵による代理母の方法により、夫婦の遺伝子を受け継ぐ子を得ることにしました。

ネバダ州での代理出産に臨んだのです。アメリカ人夫婦と間で有償の代理出産契約を締結しました。次のような内容です。
「上記女性の卵子と男性の精子により体外受精を行い、この受精卵を、アメリカ人女性が提供を受け、自己の子宮内に受け入れ、受精卵移植を行う。この女性は、出産まで子供を妊娠し、生まれた子については依頼者夫婦らが法律上の父母であり、アメリカ人夫妻は、子に関するいかなる法的権利又は責任も有しない。この夫婦は、医療費及び生活費以外の金員等を受け取らず、ボランティア精神に基づく」。

ネバダ州法上、

このような代理出産契約が完全に有効であり、法的にあらゆる点で日本人夫婦が実親として取り扱われ、アメリカ人夫婦と生まれた子は、親子であることを否定されます。

そして、実際に、ネバダ州政府より、日本人夫婦の嫡出子とする出生証明書が発行され、ネバダ州裁判所が、生まれた子と日本人夫婦との間の親子関係を確定する決定を下しました。

代理出産に成功した夫婦は、大喜びで、早速その子の養育を開始し、日本に連れて帰ったのです。そして、住居のある品川区に、自分達を実親として、子を嫡出子とする出生届を提出しました。

ところが、品川区は、この出生届を受理しませんでした。

理由は、母親となる女性に分娩の事実がないため、この子との間に親子関係が認められない。従って、嫡出子としての出生届けが認められないというのです。

お腹を痛めて産んだ子という表現がありますが、自分のお腹の中で育てて産んだ子でなければ、その子の実の親ではないとするのです。血縁関係という観点からは、全く問題が無いとしても、従って、生物学的、遺伝的には、まさにその子の親であるとしても、法律上の親子関係は否定されるとしたのです。

もちろん養子縁組という手段があります。しかし、この夫婦はこれに納得しませんでした。なお、通常の養子縁組のほかに、特別養子という方法もあります。通常の養子縁組では、子が、実親の戸籍から、縁組により養親の戸籍に編入したことが記述されます。特別養子であれば、戸籍上、実親の痕跡の残らない、養親が実親と異ならない形式によることができます。夫婦は、この方法も拒絶したのです。

そこで、夫婦は、品川区が出生届を受理しなかったのはおかしいとして、裁判所に訴えたのです。

法的に正確にいうと、ネバダ州の裁判所の決定により、嫡出親子関係が確定されているとして、日本でも、外国裁判の効力を認めるよう求めたのです。

わが国には、諸外国と同様に、外国判決承認制度という法制度があります。外国で下された判決・決定の効力が、もう一度同じ裁判をしなくても認められるという制度です。

しかし、結論的にわが国の最高裁判所は、ネバダ州裁判所の決定を承認しませんでした。わが国の公序に反するという理由です。

どんな公序かというと、

日本の民法上、「出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず、その子を懐胎、出産していない女性との間には、その女性が卵子を提供した場合であっても、母子関係の成立を認めることはできない」。

この民法の解釈が、わが国の身分法秩序の根本的な原則であるので、これに反するネバダ州裁判所の決定は、わが国内では効力を認められないとするのです。結局、品川区の判断と同様となりました。

しかし、その原審である高等裁判所判決は正反対の結論でした。ネバダの決定の効力を認めていたのです。

最高裁も、代理母という方法について、実際に行われていることが「公知の事実」となっており、立法の問題として早急に検討を要するとしました。最高裁判決は、現行民法の解釈論としては、代理母が生まれた子の法律上の母となるべきであり、卵子提供者は母親とならないとしたのです。

この結論は、ネバダ州法と異なり、州政府の発行した出生証明書やネバダ州裁判所の決定と真っ向から対立します。アメリカ人女性と子は親子関係を否定されます。もちろん、女性自身にその意思がありません。

子供は、法律上、母無しの子となりました。

日本の民法は全体としては明治期に制定されたのですが、家族法部分は第二次世界大戦後に新たに立法されました。戦前の封建的家制度を前提とした家族法が、新憲法の個人主義や男女の本質的平等の理念にそぐわないからです。

その頃の日本では、現在のような生殖補助医療の進歩発展は全く予想もできなかったでしょう。代理母など、想定外の出来事なのです。その頃には、出産・分娩した女性が当然に子の母であったはずです。そこで出産の事実から直ちに母子関係を確定することが、子の法的身分の安定に通じるし、全く問題がないと考えられたのです。

時代が変わり、科学技術も進歩した今日、代理母を許容できるかについて社会的合意があると言えるでしょうか?

法は、社会の合意の上に成り立ちます。社会通念とも言います。社会一般のものの考え方が移り変わるなら、法が変わるべきです。法の解釈も可能な範囲で変わるべきです。

どのようにして、社会通念というのは確認できるのでしょうか。裁判所や法律家、あるいは立法者は、どのようにして、社会の合意を確定しているのでしょうか。

代理母の立法論および上述した最高裁判決の事件に即して、次回に続きます。

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