貿易戦争と知財保護2018年04月07日 13:42

アメリカが、3月23日に、鉄鋼とアルミニウムに対して、輸入制限を発動しました。通常課されている関税に上乗せして、各々25%と10%の関税を課するという内容です。日本、中国には即時適用されました。他方、EUやカナダについては、「一時的に」猶予しています。この後の、貿易交渉によって、適用を検討することになるのです。

前回述べたスーパー301条手続きではなく、通商拡大法232条を根拠にしています。これもアメリカ国内法で、安全保障を理由にするものです。日本に対する追加関税に関して、アメリカ商務省の調査に基づき、今後解除される可能性も残されているので、わが国政府は日本の製品が「安全保障」に関わるものであるか、品目によっては解除されるべきではないかというような点について、アメリカ国内法上の争いを継続していくことになるでしょう。

中国は、4月2日、これに対する報復関税を発動しました。実に迅速です。日本には、真似のできない政策実行力ですね。128品目に対して、最大25%の関税を賦課する内容です。

更に、トランプ政権は、中国に対しては、知的財産権侵害を理由に、500億ドル相当の中国製品に対して、制裁関税を課すると発表しました。こちらの方は、通商法301条の中でも、知財に関するいわゆるスペシャル301条の手続きを発動するのです。「同時に」、知財侵害について、WTOに提訴するとしています。これに対しても、中国が第二第三の報復関税を考慮しているという報道もあります。

貿易戦争が勃発しました。

水面下での経済交渉が進められているとも言われていますが、このまま、更に、報復合戦に至るのでしょうか?

巨大な中国市場を目指して、日本や米国、西欧各国企業が進出しようとしても、中国は外資の進出を規制しています。中国資本との合弁会社を設立して、中国資本がその過半を掌握するのでなければ中国での事業活動を許可しないなどです。そして、日本を始めとして、進出企業の本国が知財関係で問題としたのは、ハイテク企業等が進出する際に、企業秘密に該当するような技術の、合弁企業に対する供与を強制した点です。その有する特許やノウハウの開示を強制する法規制を施行しました。

例えば、中国の高速鉄道開発において、進出した日本企業を通じて日本の新幹線に関する技術が用いられたのですが、これが完成すると、全く中国の技術であるとして、他国への輸出を始めたのです。高速鉄道のインフラ整備という巨額プロジェクトにおいて、今や日本と競争している中国ですが、その車両技術などは、元々、日本のハイテク技術を奪取したものなのです。しかも、各国の入札において、日本企業よりも低額に設定できるので、日本がよく負けます。

また、もともと中国は知財保護に関する法規制が整備されていなかったので、先進国企業の特許を侵害する製品、著作権を侵害する海賊版や他国企業の商標を模した模造品の販売が問題視されていました。アメリカを中心にあまり煩く言われるので、近年では、中国も少なくとも形式的には知財関係の法整備を進め、裁判所に提訴できるようにはなっています。しかし、実際には、法の実施が不十分であると指摘されています。

アメリカの制裁関税がこれらの点を問題視するものであると、日本や西欧各国の協力を得やすい訳です。WTO上、TRIPS協定があり、パリ条約やベルヌ条約という、多国間条約によって、知財保護が加盟国に義務付けられているのですが、中国がこれに反していると考えられているからです。中国が先進各国に追いつき、追い越すために、官民一体になって、「知財侵害」を計画的に行うとすると、消極的に知財保護を行わない以上に、積極的にその侵害を政府が行う国ということになります。

但し、ここで、知財に関する南北問題について考えておきましょう。

例えば、特許というのは、新規性のある技術を発明すれば、これを登録しておいて、後からこれを用いて製品の製造を行い、あるいは製品開発を行う企業が、その特許権の使用料を支払うか、あるいは特許を買い取るかする必要があるというものです。特許法などの法律により、特許権の侵害に対しては、損害賠償が取れるとか、侵害品の製造販売を差し止められるという権利が保障され、実際に、裁判により、これが執行されなければなりません。

特許というのは、その技術を公開して、他の企業、技術者が用いることができるというのが前提となります。逆に、特許保護が十分である国では、使用企業は、特許登録に基づき、先行する特許のある技術を発見し、特許権を有する企業との間で、これに対するライセンス供与の交渉が欠かせません。そうしないと、知らないでその技術を用いたとしても、後で、知財侵害として訴えられかねないからです。

なぜ特許を保護するかというと、技術やノウハウの発明・開発によって、新製品やサービス等が開発され、それにより社会が発展すると考えられるからです。新たな技術開発が開発者の金銭的利益に通じるというインセンティブによって、新規性のある発明がなされ、その社会全体の利益向上につながるというものです。

産業発展の進んだ先進工業国においては、特許が保護されるということが社会の基本的な仕組みとして重要となります。そして、これらの国々が条約を締結して、知的財産権が保護されるような国際的な仕組みを作り上げました。

若干難しい用語を使うと、知財保護については、法的に属地主義が適用されます。すなわち、その国が、自国法に基づき知財を保護することが原則です。そして、条約により、各国がその法によって知財を保護することを義務付けるのです。そして、特許保護について、内国民待遇が与えられると、外国人・企業も、他国において、その国の個人・企業と同様に権利が保護されるということになります。従って、外国人も、その国において、新規性のある技術を特許登録することで、その権利を守りながら、事業活動を行うことができるようになります。

他方で、新規性のある技術・発明が、全人類の共有財産であるとする考え方が有ります。誰もが、それを使えることすれば、むしろ社会が発展すると考えるのです。しかし、これでは新規性のある少しの間だけ、儲かるとしても、他者がその発明を使って、直ぐ追いついてしまいます。インセンティブを欠くので技術開発が止まってしまうので、社会発展も無くなってしまいます。

先進国企業は、多くの特許を自国で有しており、開発力の優れた企業であれば、他国で特許を取得することも当然です。巨大な資本力のある多国籍企業が、ある国で新規性のある特許を集積していくのです。特許のなされていない新規性のある発明であれば、その国で特許登録できるので、例えば、A国で甲会社の有する特許について、同じ発明について、B国では乙国が特許を有しているということもあり得ます。その逆も有ります。早い者勝ちです。そこで、互いに、A国及びB国で事業活動を行うために、互いに、その有する特許の使用を認めるクロス・ライセンスがなされることもあるのです。このように、多くの国で多様な発明について特許を集積した企業が優位に立っていきます。

途上国企業はどうすれば良いでしょう? 産業発展の遅れた国で、実に多様な技術・発明について、特許を既に取得されているとすると、途上国企業は、先進国企業とライセンス契約をしなければなりません。高い使用料を支払えないのであれば、事実上、同様の製品を製造できないことにもなります。知財保護が厳密に実施されると、途上国にとって、自国企業の手ががんじがらめに縛られるということにもなりかねません。

途上国政府が自国産業の発展のために、知財保護を遅らせようと考えることもあるでしょう。そうしないと、重要な産業、製品について、外国資本の企業ばかりがその国で製造し、その国では雇用が生まれ、若干の税金を納めるとしても、その国での稼ぎの大半を本国にある親会社に送金してしまいます。

社会主義資本市場(?)に体制が革った(?)中国からしてみれば、清朝末期に、日本企業や西欧列強企業の進出を許したあの忌まわしい記憶が蘇るのではないでしょうか。

しかし、世界第二位の経済大国となった中国です。今後、アメリカを追い越すとも言われています。もう少し、「持ち堪える」と、世界経済の覇権を握れる。もう少し、国際「法」を無視して、各国の批判をやり過ごすことができれば良いと、考えているかもしれません。国際法は、どうせ先進国クラブが自分に都合良く作り上げた代物だから、と。途上国をとうに卒業した中国が今は世界の覇権を目指しているとも見えます。

このまま、アメリカと中国の覇権争いが激化していくでしょう。

国際社会の貿易や経済関係に関するルールがなければ、弱肉強食の原始社会と同じです。WTOは世界経済の憲法とも呼ばれます。アメリカも中国も、WTO提訴すると言っています。

WTOという国際法の違反に対しては、WTOの紛争解決機関を用いた、換言すれば国際フォーラムにおける手続きが用意されており、必ずこれによらなければならないはずです。もっともこの手続きが迅速に進行しないと、WTO違反に基づく損害が拡大してしまい、その後では対抗措置が無意味である場合も予想されます。そこで、「同時に」WTOの手続きを使うとしても、アメリカも中国も、一方主義に基づく報復合戦に至り、どちらの国も国際法を無視してしまうのでしょうか?

トランプ大統領はWTOを重視していないようです。WTOのパネル・上級委員会という紛争解決のための機関の裁判官にあたるのが、パネリスト・上級委員会委員です。アメリカがその選任を遅らせているとされています。WTOに精通した、各国の優秀な研究者や実務家から選任されるのが通常です。選任が遅れて、WTO手続きの進行が遅くなるように仕向けているとされるのです。

WTO提訴に基づき、日本、EU等各国の包囲網が形成されて、アメリカが負けるという事例があったりして、アメリカの保護主義者からは、WTOの脱退が主張されています。直ちに、アメリカがWTO脱退を行うとも考えにくいですが、トランプ大統領も、経済ルールを構成する国際法の意義を認めないようです。

アメリカと中国が、法を無視して、少なくとも軽視して、国際経済に多大な損失を与えるような、貿易戦争を遂行しないことを祈ります。日本も、その渦中にあります。

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