貿易戦争-宣戦布告されたよ32018年05月19日 19:44

1,GATT・WTOにおける安全保障例外

3月25日付けブログ「貿易戦争-宣戦布告されたよ ―」において、次のように述べました。

「日本が関係する、鉄鋼製品やアルミニウムの輸入制限は、GATT・WTO上存在する安全保障の例外条項を使って行うということですので、不公正貿易の一方的手続とは異なります。しかし、トランプ大統領は、安倍首相を名指しして、日本にもう騙されないと言っているそうです。対日貿易赤字をあからさまに問題視しているので、安全保障というのは、ほんの形式的理由付けに過ぎません。」。

更に、4月22日付けブログ「貿易戦争-2002年 ―」で、次の様に述べました。

「この事例を理解するために、WTO協定という国際法があり、その条文を解釈しつつ、結論するという、法の支配の下での司法的解決が前提となります。

WTOを脱退していないアメリカは、国際法遵守義務が国内法としても確立されているので、その内容を無視できません。国際的にも極めて優秀なWTO専門家としての法律家を多く抱えているアメリカです。そのルールに則った主張を繰り出してくるのが必定です。

今回のアメリカによる、鉄鋼製品・アルミニウムの輸入制限も、WTO上、許される安全保障の例外を根拠としています。アメリカ国内法上は合法であっても、必ずしもWTO協定の例外要件を充たすとは限りません。

まずは、日米の二国間協議の場で、このことが問題とされるでしょう。その後、日本がWTO提訴するかもしれません。」

以上をもう少し敷衍して説明しておきます。

アメリカによる鉄鋼・アルミニウムに関する関税の引き上げは、1962年通商拡大法第232条に基づくものです。アメリカの安全保障に対する障害となる場合に、大統領が決定できる措置です。
(通商拡大法232条について、独立行政法人経済産業研究所の川瀬剛志氏が解説しています。
https://www.rieti.go.jp/jp/special/special_report/095.html

安全保障に対する脅威となる場合の貿易管理は従来より行われてきました。日本も、北朝鮮向け輸出を禁止しています。国連の安保理決議に基づく経済制裁と独自制裁のための措置です。WTO上も、GATT21条により、貿易制限が例外的に認められています。北朝鮮に対するわが国の措置もGATT21条(b)(c)に基づき許容されます。

安保を理由とする場合に、WTO加盟国に広い裁量が認められることは事実であり、GATT21条においても、GATT20条柱書のような制限が課せられていません。GATT20条は、安保を理由とする例外ではない、一般的な例外、WTO上の義務を回避できる一般的な例外規定ですが、GATT20条の柱書というのは次の文言を指します。

「それらの措置を、同様の条件の下にある諸国の間において・・差別待遇の手段となるような方法で、又は国際貿易の偽装された制限となるような方法で、適用しないことを条件とする」。

GATT21条の方にはこれがないのです。アメリカは、安保を理由とする場合の貿易制限が、GATT21条を充たす限りWTO上の審査の対象とならないと主張するでしょう。しかし、川瀬氏の上掲HPによると、アメリカの通商拡大法232条の安全保障上の必要という要件が曖昧であり、安保を理由とすれば何でも良いとすることには疑問があります。GATT21条との整合性がやはり問題となります。

以上、もう少し前提より始めて、かみ砕いて説明します。

① まず、法治国家である全ての国において、一切の行政上の措置はその国の国内法に基づきます。法の根拠の無いことを行政府が行い得ません。アメリカの安保上の関税引き上げも、国内法である通商拡大法232条に基づきます。

② 次に、WTO協定は、国際法です。これに加盟している国々において、法としての効力を有します。国際法ですので、国家を義務付けます。具体的には政府機関を拘束します。政府機関の行為、国内法を作り適用すること、法に基づき決定し、法を執行することなどの一切です。

③ いずれかの国の国内法に基づいた行為が、WTOという国際法に違反するか否かが問題となります。安保上の理由に基づく貿易制限も、WTO協定に反する場合が有り得、その場合に、その国は国際法違反を犯していることになります。WTO違反であることが、WTOの紛争解決手続で確定されると、WTO上認められる、対抗措置が許されることになります。アメリカの安保を理由とする貿易制限もこの観点から、WTO上、紛争となり得ます。

④ 他方、私のブログで述べた不公正貿易に対する一方的措置というのは、通商法スーパー301条に代表されるような、相手国の何らかの不公正な貿易措置に対して、アメリカがGATT・WTO上の紛争解決手続によらずに、その国内法に基づき、一方的に認定し、制裁として対抗的な貿易制限措置を採ることを指します。
 自国の安保を理由とする場合、相手国の不公正貿易に関わらないので、これとは異なります。この点で、中国による国家的な知財侵害を理由とする措置とは異なるわけです。

⑤ いかなる国内法に基づく措置がWTO違反となるかは当初より明らかとなっているわけではありませんが、WTOが法である以上、自覚していなくても常に適用されているのです。アメリカが安全保障上の貿易制限を国内法に基づき行う場合、当然、WTO上の例外を意識していると考えられます。安保を言う以上、裁量余地の広い、GATT21条を念頭においていると考えるのが常套でしょう。

2,セーフガード措置

相手国の不公正貿易に関わらず、WTO上関税引き上げが例外的に許される場合として、安保を理由とするほかに、セーフガード措置があります。緊急輸入制限とも言います。GATT・WTO上、関税を大幅に引き下げてきたのですが、その際には予見されなかったような事情を生じたために、ある品目の輸入量が急増し、国内産業を保護する必要のある場合に発動できます。

これもWTO上、厳格な要件が規定されており、その要件に該当する場合にのみ許されます。セーフガード発動国がWTOにこれを通知し、セーフガードによる損害を被る国との協議が開始され、発動国が代償措置をとること(関税引き上げの代わりに相手国の要求に従い、他の品目について関税を引き下げるなど)、相手国が対抗措置を採ること(発動国からの輸入品について関税を引き上げるなど)について交渉されます。

3,日本の対抗措置?

5月18日に、アメリカによる鉄鋼・アルミ関税引き上げに対して、日本が対抗措置の予告をWTOに対して行ったとする報道がありました。

鉄鋼・アルミニウム関税引き上げ措置に対して、日本がこれをセーフガードであるとみなして、対抗措置を採ることをWTOに通告したというものです。

この対抗措置は、上述したように、セーフガード措置に対してWTO協定(セーフガード協定)上、認められるものですが、直ちに、対抗措置を採るというものではなく、その権利を通告したというものです。アメリカによる鉄鋼・アルミ関税引上げに相当する金額の関税引上げを、アメリカからの輸入品に対して行うとしているようです。品目も未定であるとしており、実際に発動するかは、慎重に判断するとされています。
(NHKwebニュース5月18日 22時17分、毎日新聞電子版2018年5月18日 23時43分)

セーフガードと「みなす」という点に法的には大いに疑問があります。アメリカは、鉄鋼・アルミの関税引き上げをセーフガードと呼んでいないのですから。アメリカが「国内法上の」セーフガード発動の手続に入っているわけでもなく、もちろん「WTO上の「国際的な」」発動手続を行った訳でもないし、そういう主張もしていないのに、相手国が勝手にそれをセーフガードとみなすことが、WTO上許されるか、到底不分明であると言わざるを得ません(上掲、川瀬氏のHPも同旨)。

もっとも、鉄鋼・アルミがアメリカの軍需産業によって、武器弾薬の製造に用いられるから、鉄鋼・アルミの輸入を制限して、国内の鉄鋼・アルミ製造業を保護することが、アメリカの安保のために必要であるというのも、言いがかりも良いところでしょう。全く暴論であるように思えます。

日本がアメリカの貿易制限をセーフガードとみなしたのはEUの主張に追随したようです。しかし、EUは暫定的に関税引き上げから外されています。アメリカの言いがかりに対して、日本が詭弁で返したのでしょうか?

日本からアメリカに輸出している鉄鋼製品などは高付加価値製品であるそうです。

「米国への輸出は原油・天然ガス採掘用のパイプなど米国メーカーが生産するのが困難な高付加価値の製品に限っている。このため日本鉄鋼連盟は「日本から輸出する鉄鋼製品は米国経済に不可欠なもので、安全保障の脅威にはなっていない」。(「米鉄鋼輸入制限 日本企業困惑広がる「世界貿易に悪影響」」毎日新聞電子版2018年3月3日 08時30分)

GAT・WTOの安全保障例外において、日本製品がアメリカにおいて兵器製造に用いられていることの立証を、アメリカ側が求められるので、日本からの輸出品が兵器製造には用いられていないのであれば、これを紛争解決手続で争うことが論理的です。

4,鉄鋼・アルミに関する日米貿易摩擦の真意

私のブログで指摘したように、紛争解決手続の終了を待って、対抗措置を繰り出したのでは、とても時間がかかり、その間にわが国産業が多大な損害を被ってしまうので、手遅れとなる可能性があります。

この点で、セーフガードに関する対抗措置に利点があります。セーフガードに対するものであれば、WTO違反に対する一般的手続による場合と異なり、相手国による発動段階で、迅速に対抗措置を採ることができるからです。

そもそもアメリカのいう安保上の理由は、単なる口実であり、日本とのFTA交渉で有利な立場に立つための手段に過ぎないと考えられます。トランプ大統領一流の、ディールのための手札とするつもりでしょう。

逆に、日本は、世界の鉄鋼・アルミ市場における供給過剰により、安価な製品の輸入増に通じたことが、アメリカによる関税引き上げの原因であるとして、これはセーフガードに他ならないと難癖をつけておいたということかもしれません。法的にはよくわかりませんが、法廷戦術と考えれば、この程度のいちゃもんは、わが国内における裁判手続でも有り得るところでしょう。

アメリカと本気で貿易戦争を行うことは避けるでしょう。中国が対抗的な関税引き上げを実施したのとは対照的に、関税引き上げの品目も未決定のままWTOへの通告を行ったのです。慎重なアプローチです。あくまでもWTOに基づく法的な議論を尽くす態度で臨むようです。法的な貿易戦争は論理の戦争です。しっかりと、戦い抜いて欲しいと思います。

鉄鋼・アルミの関税引き上げをめぐるWTO上の争いは、アメリカによる安保上の例外を根拠とした主張を巡る日米の攻防と、発動されるとすれば即時的な日本のセーフガード対抗措置を巡る攻防が、並行して進行すると仮定すれば、双方痛み分けとなる可能性があります。このような状況を背景として、鉄鋼・アルミの関税引き上げに対する日本の適用除外を求めつつ、日米のFTA等に関する経済協議が行われるのです。

ガンガレ(゚Д゚,,)

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