国際私法への招待2018年07月07日 13:19

こちらは今日も土砂降り。明日も土砂降りの予報です。まるでスコールです。こんな豪雨が3日も続くなんて。とうとう熱帯地方特有の雨季が始まったんでしょうか???

濃い青紫の雨傘をさして、雨だれの跳ね返りをズボンの裾に受けながら、郵便局に行ってきました。速達で出そうとすると、局員さんが、豪雨の影響で高速道路が通行止めになっているので、半日から、1日程度遅れるというのです。それで構いませんと答えて、郵便料金を支払うと、証紙を貼ってくれます。今、目の前にいる人に託した手紙が、もう直ぐ遠く離れた人の許に届けられるのを、なんだか不思議だなと思ったことはありませんか。

今回は、国際私法の世界への招待から始めたいと思います。まずは、法一般について、特に、法の種類や区別についてお話しします。

1、郵便法?

日本には郵便制度が完備されています。

郵便法という法律があります。元は昭和22年に成立した法律です。この法律に従い、日本で「郵便」の業務を行うことができるものが、日本郵便株式会社(以下、日本郵便)であることが規定されています(2条、4条1項)。

郵便物の種類や大きさ・形状、郵便料金の支払いについても、この法律に従います。

そして、信書の送達については、日本郵便が原則として行うこと、運送業者がこれを行なってはならないことが規定されています(法4条2項、3項)。

一般的に信書送達業務をユニバーサル事業として行うために、郵便ポストを全国的に配置していることなど厳しい条件が課されているので、日本郵便以外の一般の事業者が参入していません。それではコストがかかり過ぎるので、事業として成り立たないからです。そこで、カタログなどの分厚い資料の配送や800円以上という要件を満たす場合の信書便事業をいくつかの事業者が行なっています。これを特定信書便事業と呼び、日本郵便の行うような一般信書便事業と区別しています。

ところで、信書とは、「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、又は事実を通知する文書」です。(法第4条第2項)

宅配業者であるクロネコ・ヤマトは、クロネコメール便という信書便事業を行なっていたのですが、2015年にこれを廃止しました。クロネコ・ヤマトの主張がウェブに掲載されています。信書の定義が曖昧であるとし、郵便法その他の法に基づき、郵便事業において日本郵便が、他の民間業者との公正な競争を阻害していることを問題視するようです。
http://www.kuronekoyamato.co.jp/ytc/ad/opinion/

手紙や葉書を出して、人に送るという、ごく当たり前のことが、法に規定され、法に則った形でのみ許されているのです。信書送達について、郵便法4条に違反すると、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金が課されます。事業者と信書を送ろうとした個人が刑罰に服する恐れがあります。

2、道を歩けば、「法」

人は右側通行、車は左側通行、というのも当然のことですよね。日本ではそうですが、よく知られているように、欧米ではその逆になる国があります。わが国で、先のように歩行者や自動車運転者が行動するべきなのは、法の観点からは、道路交通法に規定があるからです。

まるで水か空気のように、普段は「法」なんて意識しないのに、実はこの社会は「法」で満たされているのです。

速度違反で走行する自動車に撥ねられた人はどうします?

まずは警察に通報して事件処理をしてもらうでしょう。人身損害を引き起こした交通事故です。速度違反を証拠から確定し、被害者の傷害の状況など警察による捜査の対象となります。刑法犯となるでしょうし、制限速度を大幅に超えたひどい高速を出していたとすると、特別法による危険運転傷害罪に該当するとして、重い刑罰に服することになるかもしれません。そして、検察官により刑事訴追され、裁判所が刑事法を適用して、有罪判決を下すと、刑罰が確定します。

歩行者は、傷害を被り、重度の後遺障害が残ったとすると、自動車の運転者を相手取り、損害賠償請求訴訟を提起するでしょう。日本では、自動車損害賠償責任法により、いわゆる自賠責保険の加入が義務付けられているので、その範囲までは通常問題なく、賠償を受けられるでしょう。しかし、被害者がこれを超えた部分の補償を得ようとすると、任意保険で賄われるのでない限り、損害賠償を加害者に請求するほかありません。快く支払ってくれないと、裁判所に行って民事訴訟を提起することになります。裁判所が民法を適用して、損害賠償を認める判決を下すと、相手が嫌だと言っても、裁判所が強制執行の手続きに従い、判決で認められた金銭を取り立ててくれます。

ここまでの例では、どのような種類の法が関係したでしょう。

郵便法や道交法の規定を行政取締法規と呼びます。傷害罪や危険運転傷害罪に関する刑法や特別刑法の刑事法規が関係しました。損害賠償については、自賠法や民法が適用されます。このほか、裁判手続きについて規定している刑事訴訟法や民事訴訟法という手続法に従います。

以上のうち、行政法や刑事法、及び手続法が公法に分類され、民法や商法は私法に分類されます。前者は、公(おおやけ)と市民との関係を規律する法分野です。後者は、市民相互間(私人と私人)の関係を規律する法分野です。

道を歩けば法にぶつかる?! 普段は分からないのですが、一旦、何らかの問題を生じると、法の存在に気付かされます。この世の中、法で満ち溢れているのです。

3、国際事件での法適用―公法

日本国内において完結する全くの国内事件では、以上のような法の適用について、日本の法以外は意識しないで済みます。しかし、国際的な関係を有する事件ではどうでしょう。

一般に、一国の公法は、その国の領域内で適用されます。外国の公法は適用されません。例えば、右側通行か左側通行かについて、日本で外国の交通法規を遵守する訳にはいきませんね。わが国の交通に関わる秩序維持の観点から必要不可欠のことです。刑事法についても、外国の刑法をわが国の裁判所が適用して、被疑者を裁くということはしません。わが国の刑事法を適用するのみです。

外国の個人や企業がわが国の領域の中に足を踏み入れたとすると、それらの個人・企業はわが国の公法に服する必要があります。

しかし、公法はその国の領域内で適用されるとしても、外国で生じた事件に全く無関心であるかというとそうではありません。

例えば、刑法1条1項は日本国内でなされた犯罪に日本の刑法が適用されることを規定していますが、2条には、全ての者の国外犯として、例えば、国外で、日本における内乱を準備したり、兵器や資金を提供すること、外国に日本を武力攻撃するように仕向けること、日本の通貨の偽造や有価証券を偽造することに対して、日本の刑法が適用できると規定されています。3条は、日本国民が国外で殺人や放火、誘拐、逮捕監禁など重大な犯罪行為を行った場合に、4条では、日本国民が国外で、殺人や傷害、誘拐、逮捕監禁、強盗など重大な犯罪の被害を被った場合に、日本の刑法が適用できるとしています。

もっとも、日本の捜査当局が国外において、断りもなく犯罪捜査を行い、被疑者を逮捕し、日本に連行することはできません。その外国の主権を侵害することになります。被疑者がわが国に居る間に拘束し、日本の刑法が適用されて有罪となると、日本の刑務所に収監されるなど、刑罰を加えられることになります。

刑法2条ないし4条は、犯罪が外国で完遂された場合にも、わが国刑法を適用できる犯罪類型です。

他方、刑法175条のわいせつ物頒布等の罪について、興味深い論点が存在します。

日本の事業者が違法なわいせつ物に当たるようなAVを日本国内で製作し、これを電磁化したものをアメリカのサーバーにアップロードしたとします。そして、日本の視聴者向けに有料で提供した場合に、刑法175条が適用できるかという問題です。ダウンロード用サイトは日本語で記述されており、明らかに日本人向けであるとしても、犯罪行為はアメリカの領域内で行われていると事業者が主張する場合、わが国刑法175条は適用できないようにも思えます。アメリカは、その行為を違法とはしていないとすると、日本の事業者の行為はいずれの国においても処罰されないというべきでしょうか。

先ほどの刑法2条や3条に、刑法175条の犯罪が入っていないからです。

しかし、わが国の判例学説の多数は、わいせつ物の作成とアップロード行為が日本国内でなされ、ダウンロード先が日本であることや、ダウンロードサイトの表記が日本語であるなど、明らかに日本人向けである点を総合的に勘案して、日本の刑法が適用できるとしています。犯罪となる行為は、個々の行為の行為連鎖から成ります。その重要な部分が日本で行われている以上、日本の刑法が適用できるとされるのです。

このように、一国の公法は、自国の法を自国領域内に生じた事実関係に適用できることを基本としつつ、一定の場合には、外国の領域内に生じた事実関係にも適用できるということになります。

自国の法が適用できるか否かのみが問題となるので、一方的な法適用の問題です。法を領域外の事実関係に適用する場合、これを域外適用とも言います。公法と言っても、多種多様な多くの法規定の集合体であり、便宜的に一括して「公法」と呼んでいるに過ぎません。個々の法規毎にその性質に応じて、適用範囲を決定する必要があります。

ところで、一方的な法適用というなら、双方的な法適用というのがあるのでしょうか?

4、国際的な法適用―私法

公法というと、最初から、その国の領域の中で適用されると決まっている法です。一口に言うと、一国の国家的利益あるいは公益の核心にある法領域です。

しかし、私法は必ずしもそうではありません。
例えば、民法709条は、不法行為の被害者が加害者に対して被った損害の賠償を請求できるという規定です。被害者=私人と加害者=私人との間で、加害者に落度があるなら、被害者が失った利益を加害者に埋め合わさせるという権利を被害者が有し、加害者がその義務を有するということを定めています。

不法行為制度は諸国の法において存在しますし、基本的な制度趣旨はよく似通った法制度であると言えます。しかし、一般に、不法行為の制度は、何をすれば「落ち度(過失)」があるか、逆に、何をすれば「自由に行動できるか(損害賠償を免れるか)」を規定してます。そして、この点の考え方が、国によって異なるので、法の詳細については、国によって驚くほど異なります。

日本人が外国出張中に自動車事故を引き起こすとか、外国人が日本在留中に交通事故の被害者となるなど、国際的な不法行為事件において、どのように法が適用されるでしょうか。

わが国の法の適用に関する通則法によると、不法行為の結果が発生した国の法によることになります。

当事者は、その国に住んでいたり、あるいは、自ら国境を越えてその国に入ったのです。加害者とされる人にとっても、被害者となる人にとっても、その国の法を適用することが公平と言えます。不法行為制度は、その国の公益にも関係します。そして、不法行為の成否や効果について、不法行為の為された国の法によるという原則が、諸国の法においてほぼ一致して認められているのです。従って、どの国も、不法行為地国の法を適用することで、当事者がどの国の裁判所に行っても、いつでも同じ国(不法行為の為された国)の法を適用してくれることになります。

国家的な関心の強い公法は国境線で囲まれた領域の中でのみ妥当するのが本則であり、その領域内に生じた事実関係に対しては、その適用要件に該当する限り、絶対に適用されねばならないと考えられます。

これに対して、私法は、私人間の利害調整を行うための法であり、その法を制定した国にとって、普遍的な正義の在り処を体現しているとも言えます。このことについて、国家的利害に直接関わるとは言えず、国家としての関心はさほど強いものではありません。不法行為事件の加害者が勝訴するか、被害者が勝訴するかについて、国家が強い関心を有するといは言えないでしょう。

私法については、その関係における真理を表しており、国境を越え、外国の法を適用できると考えられています。国際的事件においては、自国法であれ、外国法であれ、当事者及び事件に最も密接な関係を有する国の法を適用するというのが国際私法の根本原則です。日本法と外国法の双方の適用が可能である方法なので、双方的な法適用です。

ますますわが国のグローバル化が進行すると、国際結婚・離婚・親子関係や相続、外国企業への就職や外国への長期出張、あるいは外国のwebサイトでの買い物など、国際的な生活を送る人々も増加することになります。また、企業活動の国際化は留まるところを知りません。

このような人々の生活が安定し、また国際的企業活動が円滑に行われるために、その意味で当事者及び事件に最も密接な関係を有する国の法を適用するわけです。実際に、わが国の裁判所で外国法が適用されることが良くあるのです。


随分長くなったので、この辺で、一旦終わりにします。まだ、前提のお話です。次回は、競争法の法適用について、少し詳しく考察してみます。競争法というのは、わが国においては独占禁止法ですが、公法と私法の双方の性質を有している混合法と呼ばれる法分野に属します。従来は、公的な執行が中心だったのですが、損害賠償請求といった私的な執行が重要になりつつあります。


☆7月7日 00時35分に公開した記事ですが、同日13時に、4の部分の文章に若干、手を入れました。内容は全く同じですが、分かりやすくするためです。

各国の競争政策が対立するとき2018年07月13日 21:34

梅雨が明けて、猛暑。暑い、暑い、暑い。

こんなに暑いので、クーラーを効かせた部屋で、パズルに挑みませんか?

先々週と先週にわたり、競争法と国際私法の意味や、法の適用について、解説しました。公法と私法の区別を前提に、国際的な法適用の方法が全く違いましたね。

これを前提にした事例問題を考えてみましょう。今日は、事例だけです。解法は次週よりゆっくり解説します。もっとも正解が一つだけあるということではありません。解法は、私の独断です。まずは、どのような問題か、事例を理解することから始めましょう。法律を事例に適用して、ようやくその意味が分かります。

事例そのものを理解するために、図を書きながら、考えると分かりやすいですよ。私は、ある国の領域を大きな「丸」で囲み、その国の企業が事例で問題となる場合、その企業の「記号」、XとかYとかを、その丸の中に書き入れます。そして、その関係を「線」で結んで現します。

パズルのつもりで、一度、考えてみませんか? 事例ですから、新聞記事に出てくる事件を読むような感覚でどうでしょう。以外に面白いですよ(^_-)
なお、ハートフォードとか、エムパグランとか、モトローラとか、出てきますが、アメリカの判例の略称です。事例は、設例として、私の創作に係りますが、その基となった実際の判決です。火災保険、ビタミン剤、携帯電話用液晶のカルテルに、アメリカの反トラスト法という競争法の適用があるか否かが争われました。ブラウン管テレビ事件というのは、わが国の最近の判決です。

次週より、もう少し詳しく解説してみます。まずは、何の問題か、事例を考えます。

Ⅰ ハートフォード型

設例1
日本のY社とA国のZ社らのカルテル参加者が、A国でカルテルを締結した。このことによって、複数国の市場に競争制限的な効果が及び、日本もその一つに含まれる。カルテル対象商品(モノかサービス)を日本のX1社が購入し、カルテルによって損害を被った。

日本が当該カルテルを規制し、A国が許容する

設例2
日本のY社らが、日本で輸入カルテルを締結した。このカルテルは日本の行政庁による行政指導に基づくものであった。日本の輸入市場には影響がないものとする。このカルテルによって、A国の輸出市場に競争制限的な効果が及び、A国のX2社が損害を被った。

日本が当該カルテルを許容し(わが国独禁法上、適用除外の例外則に該当する)、しかしA国が規制する。

以上の条件を前提する。

① 設例1の事例でも、設例2の事例でも、行政罰・刑事罰の問題については、日本では公取委が、日本において日本の独禁法が適用されるか否か、A国においては、A国競争当局が、A国競争法が適用されるか否かを、いずれも一方的に決定する。

② わが国で、損害賠償訴訟が提起された場合、設例1のX1の損害について、準拠法として日本法が適用され、設例2のX2の損害について、準拠法としてA国法が適用される。

① と②のいずにせよ、わが国で、わが国の独禁法を適用する場合に、A国の競争政策ないし競争法の適用の結果を考慮することができるか?

Ⅱ エムパグラン型

日本のY社とA国のZ社を含む国際的カルテルが、A国で締結された。これにより、日本とA国の対象商品市場に競争制限的効果を生じた。日本市場とA国市場が密接に関連している。(近隣国市場でサプライチェーンが共通であり、価格が通常連動する。)対象商品の価格が日本とA国で上昇し、日本のX1社とA国のX2社が損害を被った。エンパグラン基準では、日本の独禁法とA国競争法が共に、日本市場及びA国市場を包括した対象商品の国際的市場に適用される可能性がある。すなわち、日本の独禁法が日本市場における損害とA国における損害に適用され得るし、A国の競争法が日本市場における損害とA国における損害に適用され得る。

カルテル参加者に対する行政罰・刑罰については、エムパグラン基準をいずれの国も採用すると仮定すると、結果的に、日本の独禁法とA国競争法が交差的に重複適用されることも理論的には可能である。

わが国で、X1及びX2がY及びZに対して、損害賠償請求訴訟を提起する場合、裁判管轄があるとすると、いわゆるモザイク理論によると、日本において生じたX1の損害については、日本の独禁法を含む日本法が適用され、A国において生じたX2の損害については、A国競争法を含むA国法が適用される。

Ⅲ 部品カルテル型(ブラウン管テレビ事件・モトローラ事件)

ある製品(完成品a)の部品に関する価格カルテルが、A国企業Y1(日本企業Y2の子会社)を含む複数の部品メーカーによりA国で締結された場合で、A国企業X1がカルテル対象部品を購入し、A国において対象部品を組み込んだ完成品aを組み立て、その完成品aを日本の企業であるX2が購入(輸入)したとする。この部品カルテルが、部品の市場であるA国市場に競争制限的効果を生じるのは当然である。

同時に、X1とX2に一定の関係がある場合などの条件を充たせば、日本の最高裁判決によると、当該のカルテルが、aという完成品の輸入市場に影響を及ぼしたとき、日本が競争制限的効果を生じる市場の一つであるとして、日本の公取委が独禁法を適用して課徴金(行政罰)を課し得る。

従って、この部品カルテルに対して、A国競争法が適用され、同時に、日本の独禁法が適用されることがある。

設例1
日本の独禁法が当該部品カルテルを規制し、A国競争法もまた規制する。

設例2
日本の独禁法が当該部品カルテルを規制し、A国競争法は明示的に許容する。

以上の条件を前提にして、次の問題を考察することができる。

① 課徴金の問題として、A国競争法の立場は、わが国独禁法の解釈に影響するか。

仮に、公的執行について、わが国の独禁法の適用があるとして、

② 次に、X1のY1及びY2に対する損害賠償請求の問題としては、裁判所は、わが国独禁法の適用範囲について、抑制的に解し得るか。
 
世界中の製造業において、サプライチェーンのグローバル化が進んでいます。どの国から部品を調達し、どの国で完成品を組み立て、また販売拠点を設けるかは、そのときに最も効率的でよく儲かる場所という観点から決定します。部品の国際的カルテルがあった場合、その影響は世界各国の市場に及びます。各国の競争法が重複して適用されることも珍しくありません。

このときに、各国の競争法の適用を調整する仕組みはまだ充分に発達していません。

部品カルテルについては、その競争制限的効果が、部品市場に生じると同時に、これを組み込んだ完成品市場にも生じると考えることが可能です。前回お話ししたように、同一のカルテルについて、各国が重畳的に行政罰・刑事罰を課することが有り得ます。

損害賠償の問題としては、部品購入者と完成品購入者の関係が問題となります。直接部品を購入した製造販売過程の中間者が損害賠償を請求できるのか、完成品を購入した最終者か。いずれも可能なのか。各国の法の相違があります。

損害賠償の前提としての、競争法の「市場のルール」の適用範囲については、公的執行の場面と基本的には同じです。しかし、より具体的な基準に関しては、損害賠償の問題と公的執行の問題について、適用範囲の基準を、別にすることも有り得ます。

 ちょっと肩がこりましたか? この辺で今日は止めておきます。

ハートフォード型の設例2018年07月20日 17:54

こちらは良い天気です。暑いです。それでも東京や大阪といった大都会や盆地の京都などとは異なり、若干しのぎやすいです。海に近くて気候の穏やかな松山市です。

書いている途中で、少しうたた寝をしてしまいました。目覚めて快調!

1、ハートフォード火災保険事件

設例1の事例は、アメリカの裁判例であるハートフォード火災保険事件を基に作っています。

アメリカの反トラスト法(競争法)は、19世紀末から20世紀初頭にかけて成立したもので、アメリカにおいても極めて重要な法分野です。世界の中で、最も早くこの分野が発達し、法発展が先進的でもあります。日本の独占禁止法に相当する法律であり、日本の独禁法の母法とも目されます。

自由市場経済の下で、完全に市場の手に委ねてしまっては経済活動の寡占化・独占化が進み、自由競争が阻害されてしまう恐れがあります。自由競争の下でこそ、市場に対する新規参入の機会均等と、そのことによる社会的なイノベーションが望まれ、消費者・労働者といった弱者の利益にも配慮された、健全な経済の発展が期待されるのです。

アメリカでは資本主義経済の発展段階における早い段階からこのことが認識され、反トラスト法が早期に発達しました。しかし、ヨーロッパや日本などの他の先進国においては、ことに第二次世界大戦後の復興期に、企業間のカルテルに寛容である政策により、経済発展が優先されることも多かったのです。

アメリカの企業からすれば、強力な自国反トラスト法の執行により企業活動の手を縛られるのに、他国の企業は、アメリカの法では違法な行為であっても自由に事業活動を行えるということになり、他国企業のカルテルにより、世界で最大のアメリカ市場において、アメリカの企業が不利な立場に立ってしまうのです。

そこで、アメリカの反トラスト法執行当局や裁判所が積極的に、他国で締結された他国企業間のカルテルなどに対しても、自国反トラスト法を適用するようになります。アメリカ市場に反競争的な影響を与える場合に、外国で締結されたカルテルに対しても、反トラススト法を適用できると解釈しました。このような解釈を、外国の反競争的行為の効果が自国市場に及ぶ場合に、自国競争法を適用できるという意味で、効果理論と呼び、自国競争法を自国領域外に適用するという意味で、域外適用と称します。これに対して、むしろカルテル許容政策を取る国が、アメリカに対して、国際法違反の域外適用であると猛反発しました。

1980年代を通じて、アメリカと他の先進諸国、特にヨーロッパ諸国との間の、法適用をめぐる熾烈な外交的攻防が続けられました。

しかし、現在、先進各国の競争政策が均一化し、EUを含めて、むしろどの国も効果理論によりながら、自国市場に影響を与える場合に域外適用を行うことが一般的になっています。後で述べる、ブラウン管テレビについての最高裁判決が、わが国の裁判所がわが国独禁法を域外適用した最初の最高裁判決になります。

そこで、ハートフォード火災保険事件ですが、1993年のアメリカの連邦最高裁判決の事件です。再保険の事業者がアメリカの保険会社と締結する再保険契約の問題として、イギリスにおいて再保険者の団体が協定を締結し、アメリカの保険会社がアメリカ市場で提供する保険契約の条件を拘束したという事件です。

再保険というのは、保険会社が消費者等と保険契約を締結し、保険金を支払う場合に備えて契約する保険のことで、消費者等に保険金を支払った保険会社に対して再保険の保険金を支払うとういものです。巨額の支払いにより倒産しないように、保険会社のための保険契約のことです。

アメリカで保険契約を締結した消費者等が、イギリスの再保険者の団体による上のような条件拘束により、保険金を支払ってもらえない事態を生じ損害を被ったとして、19の州とアメリカの消費者等が集団訴訟を提起しました。

詳細な要件論は別にして、要するに、イギリスでの協定がアメリカの保険市場において反競争的効果を生じたことを理由に、アメリカの裁判所がアメリカの反トラスト法を適用しました。

ところが、イギリスではこの協定が許容されており、アメリカの反トラスト法が適用されるべきではないとするイギリス政府の見解が表明されていたのです。


2、公法と私法の法適用

前々回の国際私法への招待でお話をした内容を覚えていますか?

公法と私法とで、法適用の方法が全く異なると述べました。このことはわが国の法の大前提とされます。わが国の国際私法は大陸法系統に属します。大陸というのは、ヨーロッパ大陸のことで、明治維新にわが国法を整備したときに法の先進地域として、西欧各国の法を継受したので、現在でも多くの法分野が大陸法の影響を強く受けています。法分野を公法と私法に峻別し、法適用も異なる方法によることにしています。

しかし、アメリカはこの法系統に属しません。公法と私法を峻別するという発想を欠くのです。前述の、ハートフォード火災保険事件でも、損害賠償の問題という私法上の問題について、反トラスト法の行政処分や刑事罰を課する公法としての側面と同様の、法適用の方法によっています。

重要な国家的利益に関わる法である反トラスト法の一方的な適用のみがあり、ほぼ外国の競争法を適用することをしないと言って良いのです。反トラスト法については、自国法の適用があるか否かを決定し、適用される場合に損害賠償の根拠とすることができ、否定されるとそもそも損害賠償を求めることが許されません。

アメリカにおいても、一般の不法行為事件では、損害賠償請求の根拠として外国法が適用されることがあります。双方的な法適用がなされ、法選択の結果、自国法か外国法を適用し、損害賠償が認められるか否かを判断します。しかし、反トラスト法の私法的な請求については、一般の不法行為事件とは区別されるのです。

日本法は、先に述べたように、公法と私法を厳密に区別します。公法は一方的な法適用を行い、私法は双方的に法を適用するのが原則です。競争制限的行為により、私人が損賠を被り、私人である行為者に損害賠償を求める関係に対しては、自国法か外国法か、準拠法を決めなければなりません。

EU法では、競争制限的効果を生じた市場地国の法を適用するという規則を有します。EUの構成国に共通の法規則です。従って、EU構成国であるヨーロッパ諸国の裁判所は、損害賠償請求事件には、この規則に従い外国の競争法を準拠法として適用することになります。

私は、わが国の国際私法の解釈として、競争制限行為に基づく損害の賠償を求める場合に、準拠法を決定する必要があると考えています。その場合に、法的根拠はいずれにせよ、競争制限的効果を生じた市場地国の法を適用することになります。そして、わが国の法であれ、外国の法であれ、その国の競争法が適用されます。


3、そこで、前回示した事例をもう一度、掲げます。
 ここまでで解決できるのがⅠのハートフォード型の事例です。

「Ⅰ ハートフォード型

設例1
日本のY社とA国のZ社らのカルテル参加者が、A国でカルテルを締結した。このことによって、複数国の市場に競争制限的な効果が及び、日本もその一つに含まれる。カルテル対象商品(モノかサービス)を日本のX1社が購入し、カルテルによって損害を被った。

日本が当該カルテルを規制し、A国が許容する

設例2
日本のY社らが、日本で輸入カルテルを締結した。このカルテルは日本の行政庁による行政指導に基づくものであった。日本の輸入市場には影響がないものとする。このカルテルによって、A国の輸出市場に競争制限的な効果が及び、A国のX2社が損害を被った。

日本が当該カルテルを許容し(わが国独禁法上、適用除外の例外則に該当する)、しかしA国が規制する。

以上の条件を前提する。

① 設例1の事例でも、設例2の事例でも、行政罰・刑事罰の問題については、日本では公取委が、日本において日本の独禁法が適用されるか否か、A国においては、A国競争法当局が、A国競争法が適用されるか否かを、いずれも一方的に決定する。

② わが国で、損害賠償訴訟が提起された場合、設例1のX1の損害について、準拠法として日本法が適用され、設例2のX2の損害について、準拠法としてA国法が適用される。 」

① の問題について。
設例1においては、A国で締結されたカルテル、設例2においては、わが国で締結されたカルテルに対して、行政処分ないし刑事罰が下されるか否かの問題について、A国の競争法が適用されるか否かは、A国当局がその競争法の適用を一方的に決定することになり、わが国の独禁法が適用されるか否かは、わが国の公取委(ないし裁判所)が一方的に決定することになります。

② の問題について。
X1の損害との関係で、競争制限的効果の生じた市場地国であるわが国の法が準拠法となります。従って、わが国の独占禁止法が適用され、独禁法上の損害賠償規定ないし一般不法行為法である民法709条により損害賠償の成否が決定されます。

X2の損害に関して、競争制限的効果の生じた市場地国であるA国の法が準拠法となります。従って、A国競争法が適用され、A国の特別法であれ、一般不法行為法であれ、その民事賠償規定により損害賠償の成否が決定されます。

さて、次の問題です。

「①と②のいずにせよ、わが国で、わが国の独禁法を適用する場合に、A国の競争政策ないし競争法の適用の結果を考慮することができるか?」

この問題を考える前に、設例2の事例について、もう少し解説します。


4、設例2の事例の解説

この事例の基にしたのが、ズワイ蟹輸入カルテル事件です。(この事件について、石黒一憲「ボーダーレス・エコノミーへの法的視座・第16回 ズワイ蟹輸入カルテル事件と域外差止命令-国家管轄権論的考察」『貿易と関税』1992年10月号36頁以下参照)

1982年当時、アメリカにとってわが国が水産物の最も有力な輸出先でした。この事件ではアラスカ産ズワイ蟹のわが国の輸入業者において、価格カルテルが締結されたとして、アメリカの裁判所がアメリカの反トラスト法を適用しました。買付価格を談合によって低く抑えたとされました。

実はこのカルテルは、わが国の行政庁が、輸入秩序の維持及び過当競争の防止を目的としてした行政指導により、締結されたものだったのです。

そこで、設例2は、以上のような輸入カルテルがわが国にあった場合に、アメリカで対象商品の輸出に関わるX2というアメリカの事業者が損害を被ったという事例です。アメリカにおける当該商品の輸出市場に競争制限的効果が及んでいます。

先に述べたように、このカルテルにアメリカが行政処分等の前提として、効果理論に基づき自国法を適用する否かは、アメリカ法が一方的に決定することです。他方、日本の独禁法に基づき、排除措置命令という行政処分等が発出されるかは、わが国の公取委が一方的に決定することです。

ここからが、先日私が学会報告を行った要点の一つとなります。ごく概括的に、専門家でなくても、ある程度法的な知識があれば理解可能なように記述しますが、難解であると思われたら、飛ばしてください。結論的に、何を言いたいかだけでも分かれば、結構面白いかもしれませんよ。


5,「①と②のいずにせよ、わが国で、わが国の独禁法を適用する場合に、A国の競争政策ないし競争法の適用の結果を考慮することができるか?」-1

行政罰・刑事罰の前提としての①の場合。

設例1は、A国で締結されたカルテルに対して、日本が規制し、A国が許容する。わが国に競争制限効果が及んでいるので、わが国の独禁法を適用するとする場合、A国が当該カルテルを許容する趣旨が問題となりそうです。単に無関心ないし競争法の未整備であるのか、積極的な国家政策としてカルテルを許容しているのか。私は、これを考慮する余地があると考えています。

基より、わが国市場に競争制限的効果が生じているのですから、そんなに良い顔をしている場合ではないでしょう。従って、よほどのことがない限りわが国の独禁法が適用される必要があるでしょう。しかし、少なくとも、わが国独禁法の解釈原則として、外国の法と政策を考慮する法理が付加されるべきです。

設例2は、日本で締結されたカルテルに対して、日本が許容し、A国が規制する。A国が競争制限的効果の及んだ市場地国であるとして、A国競争法が適用を欲する場合、日本としては、このことを考慮できるでしょうか。わが国独禁法の立場としては、適用除外規定(独禁法22条)の解釈の問題となるでしょう。あるいは行政指導に基づくカルテルが独禁法の適用を免れるかという論点に関する解釈論の問題です。

ここでもわが国法の解釈上、適用を除外されるべき場合は、当該カルテルが規制されてはならないでしょう。しかし、ここでもA国の法と政策を考慮する余地が、適用除外規定の解釈(わが国独禁法の解釈)に付加されるべきです。


6,「①と②のいずにせよ、わが国で、わが国の独禁法を適用する場合に、A国の競争政策ないし競争法の適用の結果を考慮することができるか?」-2

わが国で、カルテル参加者であるY社らに対して、損害賠償訴訟が提起される②の場合。

設例1のX1の損害賠償について、準拠法が日本法となります。日本の独禁法が適用されます。しかし、A国はカルテル許容政策を取っています。

以前のブログでお話ししたように、損害賠償を規律する規範は、一般に、法に禁じられた行為がなされ、これに基づき損害が発生した場合に、その損害を賠償する義務を生じるという構造をとっています。

わが国の独禁法の構造も、行為規範と効果規範(損害賠償規範)に分解することができます。

独禁法1条が法の立法目的として、「この法律は、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止」するとし、更に、3条が「事業者は、私的独占又は不当な取引制限をしてはならない」と規定しています。そして、例えば不当な取引制限とは、2条6項により、「この法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう」と定義されています。

以上が、行為規範ないし禁止規範です。一定の行為を法が禁止しています。

この違反に対しては、行政処分・行政罰や刑事罰のほか、行為規範の違反により、損害を被った者はその賠償を行為者に求めることができます。

わが国の独禁法上、同一の行為規範の違反に対して、行政及び刑事の罰則と民事賠償の双方が効果として与えられているのです。

設例のYらの行為、すなわちわが国の独禁法3条に違反する行為、によってX1の損害がもたらされたという場合、損害賠償については、独禁法25条(26条)(無過失責任)または民法709条(過失責任)が根拠条文となります。

このとき、上述の5で述べたのと同様の考慮が必要であると、考えています。すなわち、行政罰や刑罰の場合と同一の行為規範である独禁法3条(及び2条)の、地理的適用範囲を決定する際に、A国の法と政策を考慮する法理を付加するべきであるとするのです。

設例2のX2の損害賠償について、準拠法がA国法となります。A国の競争法が、競争制限的効果を生じた市場地の法として、適用を欲するとすると、Yらは、X2に対して損害賠償をしなければならないのでしょうか? X2らのカルテルは、わが国の適用除外を受けていたはずです。

結論的には、損害賠償が否定されると解されます。幾つかの法律構成が考えられますが、ここでは私見を開陳しておきます。

行政罰や刑罰の場合と同一の行為規範である独禁法の3条及び、その適用除外規定と解釈が適用されねばならないと解します。これらの規定等を、準拠法のいかんに関わらず適用されるべき絶対的強行法規であると解するからです。

更に、ここでも、上述の5で述べたのと同様の考慮が必要であると、考えています。すなわち、このような行為規範の地理的適用範囲を決定する際に、A国の法と政策を考慮する余地を付け加えるべきであるとするのです。

そして、法廷地の法と外国法との適用の調整をする法理を、独立の抵触法原則として、わが国の独禁法の行為規範の解釈に付加するというものです。

エムパグラン型の設例2018年07月29日 03:16

ここのところ、暑さでややバテ気味です。昨日の晩にアメリカの判決を読み直して、ようやく書き終えました。先週の続きです。
ややハードルが高いかもしれません。国際的なカルテルとはどのようなものか、事件を知るだけでも良いかもしれません。


1、ビタミン・カルテルと競争法の公的執行

ビタミン・カルテル事件という国際カルテル事件があります。

スイス、ドイツ、フランス、日本のビタミン剤の製造販売業者が、価格カルテル及び市場分割カルテルを締結しました。この行為に対して、アメリカ及び欧州の競争法当局が、それぞれアメリカ反トラスト法及び欧州競争法を適用し、日本、スイス、ドイツの製薬会社らに巨額の罰金・制裁金を課したものです。
「国際カルテル事件における各国競争当局の 執行に関する事例調査報告書」(2016年・経産省)
http://www.meti.go.jp/press/2016/06/20160603002/20160603002-1.pdf

以上は、刑事罰及び行政制裁の問題ですから、公法の適用としての、競争法の適用です。その国の競争法当局が自国の競争法を適用する関係です。


2、ビタミン・カルテルと民事賠償-エムパグラン事件

このビタミン・カルテルに関して、アメリカで民事裁判が提起されました。それが、エムパグラン(Empagran)事件です。2014年のアメリカ連邦最高裁判決です。

世界各国のビタミン剤の販売者が価格協定を締結し、その結果、アメリカ及びその他の国々において、ビタミン剤の価格高騰を招いた場合に、アメリカの購入者がアメリカで被った損失には、アメリカの反トラスト法が適用されるが、外国の購入者が外国で被った損失については、アメリカの反トラスト法が適用されないとしました。

この最高裁判決では、ビタミン剤を自国で購入したエクアドルの事業者が、自国における価格高騰により被った損害の賠償を求めて、カルテル参加企業をアメリカで訴えたのです。

ウクライナ、オーストラリア、エクアドル及びパナマの購入者は、おのおの自国で販売されたビタミン剤を購入しました。各国で生じた価格高騰がその国に生じた効果ですが、これがアメリカに生じた価格高騰とは別個独立のものであるとされたのです。

重大な反競争的行為が外国でなされ、それが自国内に効果を及ぼすと同時に、外国にも効果を及ぼしている場合であっても、国内の効果と外国の効果が互いに別個独立である場合に、自国反トラスト法の適用をしませんでした。

まとめると、この事件では、行為が外国で行われ、効果が外国に生じ、加害側及び被害側の両当事者が外国の事業者である場合に、外国で生じた損害の賠償を求めた事例に対して、アメリカが反トラスト法を適用しなかったのです。

しかし、同一のカルテルによって、外国で生じた効果(価格高騰)がアメリカに生じた効果(価格高騰)と密接に関係するとき、アメリカの反トラスト法が適用されるかについて、最高裁判決は適用の可能性を否定はしていません。この事件で、被害側によると、ビタミン剤は容易に持ち運べるのだから、アメリカの価格高騰がない限り、その他の国の市場における価格高騰もないという関係にあるので、アメリカの反トラスト法が適用されるべきであるとしていました。

価格カルテルというとんでもない悪行が、世界のどこかで行われ、複数の国に被害が及ぶことを抑制するべきであり、そのためにアメリカにも効果が及ぶどき、アメリカの反トラスト法が、そのようなとんでもない行為に積極的に適用されるべきであるという考え方が、この当事者の主張の背景にあります。


3、アメリカの3倍額賠償

アメリカには、意図的な、とんでもない悪行によって、私人が損害を被った場合に、実際に被った損害の三倍額の賠償を請求できる法制度があります。エムパグラン事件も、当初、価格高騰のために、アメリカで被害を受けた者と外国で被害を受けた者の双方を代表して、外国の被害者が損害賠償を求めるという、クラスアクション(集団訴訟)として提起されており、三倍額賠償が求められていました。

日本法では、そのような場合には実際の損失を埋め合わせるというのが損害賠償の本旨であるから、懲罰的な数倍額の賠償を認めるべきではないと考えられています。このような懲罰は、日本法の下では、刑事罰の問題であり、民事事件では扱われるべきではないとされるのが一般的です。

そのほか、アメリカには、司法制度や民事手続上の、世界でも珍しい特有の法制度が存在します。損害賠償を求める被害者側に有利に作用することの多いそれらの法制度のために、口の悪いイギリスの裁判官によると、「蛾を集める暗がりの灯り」のように、アメリカは世界中から原告を集めると評されています。

アメリカの訴訟制度は興味深い点が多いので、また、いずれかの機会にお話しします。


4、エムパグラン型

 ここで、以前に呈示した設例の問題を再掲します。

「日本のY社とA国のZ社を含む国際的カルテルが、A国で締結された。これにより、日本とA国の対象商品市場に競争制限的効果を生じた。日本市場とA国市場が密接に関連している。(近隣国市場でサプライチェーンが共通であり、価格が通常連動する。)対象商品の価格が日本とA国で上昇し、日本のX1社とA国のX2社が損害を被った。エムパグラン基準では、日本の独禁法とA国競争法が共に、日本市場及びA国市場を包括した対象商品の国際的市場に適用される可能性がある。すなわち、日本の独禁法が日本市場における損害とA国における損害に適用され得るし、A国の競争法が日本市場における損害とA国における損害に適用され得る。

カルテル参加者に対する行政罰・刑罰については、エムパグラン基準をいずれの国も採用すると仮定すると、結果的に、日本の独禁法とA国競争法が交差的に重複適用されることも理論的には可能である。

わが国で、X1及びX2がY及びZに対して、損害賠償請求訴訟を提起する場合、いわゆるモザイク理論によると、日本において生じたX1の損害については、日本の独禁法を含む日本法が適用され、A国において生じたX2の損害については、A国競争法を含むA国法が適用される。」
(なお、この設例は、松下満雄「米国「外国取引反トラスト法改善法」(FTAIA)の研究」『国際商事法務』43巻2号(2015)147頁以下、150頁の設例を下に改題したものです)。

エムパグラン基準と一口に言いましたが、上記2の終わりの方で言及した判決の部分を指します。その取引分野において、日本市場とA国市場が密接に関係していると仮定します。


5、行政罰・刑罰について

多国籍企業が入り乱れて近隣諸国を包括する国際市場において熾烈な競争を演じている商品があるとします。グローバル化の進んだ今日の経済社会において、複数国を包括する国際的な市場の中で、どの国に製造拠点を設け、どの国に販売拠点を設けるかは、そのときどきの経済情勢や各国の社会情勢に依存して決定される偶然の産物です。

わが国の企業を含め、各国の企業が、現地生産子会社や販売子会社を設け、また関連会社を通じて、国際的な地域市場における生産及び販売の計画をたてるのです。従って、その国際的市場に包含される各国市場は互いに密接に関係し、価格協定がこの国際市場を念頭に締結される可能性もあるでしょう。そのような商品を対象とするカルテルにより、各国市場における対象商品の価格が連動して変化するというような場合が想定されます。

ここで、日本市場とA国市場が対象商品について密接不可分の関係にある場合に、先のようなエムパグラン基準を、A国の競争法当局と日本の公取委が採用したとして仮定すると(あくまでも仮定の話です)、A国の競争法が自国市場に生じた効果と日本市場に生じた効果を根拠に制裁金を課するし、日本の公取委が日本市場に生じた損害とA国市場に生じた損害を根拠に課徴金を算定する可能性が、理論的には前提できるでしょう。

それぞれの競争法が重複適用されてしまうとすると、二重処罰に似た問題を生じます。公法的な側面では、各国がそれぞれの基準に従い、自国競争法を一方的に適用するからです。各国の競争法の公的執行における調整が必要になります。


6、民事賠償について

X1及びX2が、日本で、Y及びZに対して、損害賠償請求した場合です(裁判管轄があるとします)。

モザイク理論というのは、一個の不法な行為により、複数国に結果を生じたとすると、被害者は各国において生じた損害をその国の法に基づき、加害者に請求できるという考え方です。この考え方によると、複数国に生じた損害をまとめて、いずれか一つの国の法に基づき請求することはできません。

これを競争制限行為に当てはめてみると、カルテルのような一個の競争制限行為の効果が、複数国に生じたとすると、被害者は、その国に生じた効果に基づき、その国に生じた損害の賠償を、その国の法に従い請求できるということになります。被害企業が複数国で損害を被ったとしても、どこか一国の法に基づき請求することはできません。

そこで、X1が日本において被った損害については、日本の法が適用され、X2がA国において被った損害については、A国の法が適用されます。

A国の国際私法が同じ準拠法を選択するとすれば、結果が同一となり、法廷地漁りが除去されます。

アメリカのエムパグラン判決は、反トラスト法違反の民事的賠償について、一方的法適用を行い、自国法が適用されるか否かの問題とします。公法の法適用と私法の法適用を厳密に区別しません。

日本やヨーロッパの法では、民事賠償の問題については、双方的に自国の法と外国の法を適用可能とします。従って、わが国では、X2の損害賠償について、わが国の独禁法を無理に拡張して適用しなくても、競争法を含めてA国の法に基づくことができます。


ちょっと疲れてきました。この辺にしておきます。(Ζ_Ζ)

以下、追加の情報。7月29日13時過ぎ。
上述したエムパグラン事件ですが、最高裁判決の以前、控訴裁判所段階では、被害側が勝訴していました。これが上訴されたものです。最高裁では、国内損害と外国損害の密接関連性についての審理のために、控訴審に差し戻されました。

11/07 若干の文章修正