日米貿易協議2018年08月24日 19:27

台風が二つ日本列島を通り過ぎてゆきます。あんなに暑かったのに、殺人的な酷暑であったのに、なんとなく、風に、秋の気配を感じます。

日米貿易協議の初会合が今月10日に終了しました。新聞記事によると、日本がTPPへの復帰を促したのに対して、アメリカは二国間FTAの締結を迫ったことで折り合わず、9月に次回協議を行うことで合意したとのことです。

「貿易促進で一致 9月に次回会合 日米貿易協議が終了」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34079010R10C18A8000000/(日経新聞電子版)

今日は、貿易戦争なり貿易協議と、国際的な通商法ルールの関係について、考えてみます。


1,貿易戦争とWTO

トランプ大統領はWTOの脱退に言及するなど、WTOを無視するかのような対外経済政策を遂行しています。米中貿易戦争のまっただ中ですね。双方の関税引き上げ合戦が、WTO上いかなる根拠の下に正当化されるのか、未だに全く不明です。国際法であるWTOという多国間条約にいずれも加盟しているのに、その法的義務に従わないのを当然のように振る舞うのは、国際法を軽視するにも甚だしい所業です。

国際法は平時国際法と戦時国際法に分類可能です。国際経済法の戦時国際法が発動されるべきなんでしょうかね?(ジョークです。)

もっとも、双方とも国内法上の根拠に基づいた国内的には合法の行為を行政府が行っているには違いありません。しかし、その行為が国際法違反であれば、損害を被る国からWTO提訴が可能となります。

戦争を仕掛けておいて、あるいはその遂行中にも、法廷闘争をその「戦争」の方法の一として取り組むことが充分あるべきでしょう。特に、アメリカは法の国であり、多民族国家アメリカにとって、コミュニケーションの第一歩が対話というより「議論」であり、法を巡る紛争で有り得ます。民族間あるいは人種間で非常に大きな価値観の相違があり、そもそも対話が成立しない可能性があります。法が、ひとまずはその共同体の意思を示すルール集であるので、そのルールの意味解釈と適用を求めて、裁判所を活用する。その論理の争いの方が、どこまでも解決のつかない価値を巡る闘争よりも容易に結論を導くことができ、紛争の当事者がその解決に納得することまでが社会の大まかな合意でありさえすれば、その方が簡便であり、遺恨を残さないからです。

このあたり、腹芸と空気を読む必要のある忖度の得意な日本の「和」の文化とは対照的ですね。

アメリカの対外経済戦争の遂行も国内法上の根拠を有するので、戦争を仕掛けられた場合、国際法に訴えると同時に、アメリカ国内において、アメリカ通商法等の国内法に基づく、法廷闘争を仕掛けることも方法の一つかもしれません。

そもそも、米中の貿易戦争では、いずれの国も表面的には一歩も引かない構えです。経済的覇権を賭けた戦争でしょう。かつて日本がいずれアメリカを抜いて世界一の経済大国になるのではないかなどと、夢想されたバブルの時代がありました。その前後の時代にも、日米の貿易紛争が次々と引き起こされました。その結果、日米構造協議において相互に内政干渉を行い、両国が注文を付け合う指向性を有したのです。そして多角的なWTO体制においては、関税や通商ルールに関して、加盟する国々が互いに内政干渉を行い会う大がかりな仕組みができたと言えます。

トランプ政権がこの国際的潮流に逆行し、時計の針を逆回転させた、WTO以前の状態、すなわち「法」ではなく、むしろ外交交渉による解決を志向していることは憂慮すべきです。ディール=取引は、交渉力の大きな方が常に勝つことのできる、強い者に有利な手法です。

どうやら米国連邦議会選挙の年に、トランプ政権が有権者ないし支持者向けに(ラスターベルト向け(^_^))、経済戦争を鼓舞し、どこまでも戦い抜く姿勢を示して、支持をつなぎ止める作戦に出ているように思われます。

短期的な国家利益を目指すのではなく、国際共同体に属する全ての国の利益が向上する、そのような長期的な利益を指向すること、限られたリソースの中での持続的な発展を目指すというのがWTOの目的であったのです。


2、日米貿易協定と通商ルール

さて、日米貿易協議については、次のブログが目に留まりました。

細川昌彦「「米欧休戦」から読む、日米貿易協議の行方―TPPベースの「日米EPA」を目指せ」
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/062500226/073000003/?P=1(日経ビジネス・オンライン)

トランプ政権があくまでも日米FTA締結に固執するとすれば、やがては日本がその点の譲歩を迫られることでしょう。TPPに復帰してくれるとは思えません。結局二国間の協定に留まるのなら、関税の引き下げとモノの輸入拡大に止まるFTAではなく、米国が加入していたときのTPPの水準と内容で、投資、知財や競争政策などの通商ルールを含めて、EPAを締結すべきだとする主張です。

この筆者も同感です。

また、米欧貿易戦争は一応終息したのですが、前述のブログは、米国からする自動車関税の追加関税発動は、脅しのツールに過ぎず、本丸は農業であり、日米貿易協議にも応用可能であるとしています。


3,日米農業交渉と農産品の自由化

トランプ政権が、高関税で保護されている農業分野で、日本に譲歩を迫ることは必定です。牛肉に関する更なる自由化が求められているという報道があります。

日米の農業交渉について、少し時代を遡り、前史をみることにしましょう。

牛肉・オレンジの自由化を巡る日米の貿易交渉は、少なくとも1971年に遡ります。その後、GATTウルグアイラウンド(1986~1994)の交渉を経て、1991年以降、自由化されています。

更に、1993年にはアメリカ産リンゴが自由化されました。リンゴについて、輸入自由化はそれ以前から行われていたのですが、病虫害の問題から、アメリカ産リンゴは輸入されていなかったのです。

農業の自由化を巡っては、国内的に激しい反対論が巻き起こされるのが常です。農業関係の諸団体がそれを支持母体とする国会議員を動かすことや、国会議事堂前で反対のシュプレヒコールによるデモンストレーションがあったのが記憶に蘇ります。産地選出の議員が日の丸柄の鉢巻きをして、そのデモ隊に入っていたり・・・。

例えばコメの自由化の際も、自由化を進める政府・与党関係者と反対の農業団体との間で、熾烈な論争が繰り広げられましたが、結局は、反対派がグローバル化の浪に打ち勝つことができませんでした。現在、わが国は、コメについては、とてつもない高関税の下、国家管理貿易を行って輸入を統制していますが、ともかくも自由化されました。自由化は、WTO交渉の中で、全体で他国とのウィンウィンの果実を求めた結果、免れないことでした。その関税も、ドーハラウンドが妥結していたら、次期WTOの体制においては、関税の大幅下げが必至の状況にありました。しかし、これが上手くいかなかったために、従前の関税水準に止まっています。

牛肉や、オレンジ・リンゴの生果実・果汁についても、産地農家や生産県の議員の多くが猛反対をしても、押し切られるという歴史を繰り返しています。もちろん自由化との駆け引きの中で一定の優遇政策が採られることが通常でしょう。

ここで考えたいのは、あれだけの国内的な、特に産地の猛反対があっても自由化した結果、どうなっているのかということです。

まず、消費者目線で考えたいと思います。

よくスーパーに買い物に出かけます。子供の頃には、アメリカ産やオーストラリア産の牛肉なんか売っていませんでした。自由化されていなかったからです。その結果、牛肉は高止まりしたままで、中流家庭ですき焼きなんか、特別の日のごちそうか、あるいは庶民には高嶺の花でした。いまでも牛肉は高い方ですが、少々安く済ませるためには国産でなくても、外国産牛肉があります。以前は、その選択肢自体がなかったのです。

ただ、日本は豊かになりましたね。その日本の家庭に育った大学生達に聞くと、アメリカ産やオーストラリア産の牛肉はあまり買わないそうです。うまくて柔らかな国産牛を選ぶといいます。売り場を見ても、国産牛のスペースの方が大きいように思いますが、どうでしょう?日本の消費者の嗜好を捕らえているのは、「和牛」なのかもしれません。

ミカンやリンゴについては、どうですか?

オレンジや外国産リンゴは日本人の嗜好に合っているでしょうか。

皮を剥く果物の消費量が全体に低下傾向にあるため、ミカンの生産量が減少しているそうです。しかし、筆者の暮らす愛媛県では、温州ミカンの季節が早々と終わると、次々と品種改良された様々な晩柑類が出回ります。いよかん、清美、ポンカン、デコポン、せとか、紅マドンナ、はるみ等々の晩柑類です。いずれも味や香りに特色が有ります。

スーパーでは、オレンジの売り場がこれらの国産柑橘類の片隅に追いやられています。

リンゴはどうでしょう。国産の多様な品種のリンゴが年中、スーパーの売り場にならんでいます。あれだけ騒ぎになったアメリカ産リンゴはどこに行ったのでしょう?

調べてみますと、対日輸出はもはやなされていないとのことです。

ちなみに、わが国のリンゴの輸出入状況について。
https://www.pref.aomori.lg.jp/sangyo/agri/ringo-data04.html(青森県庁HP)

少なくとも、ミカンやリンゴについて、オレンジ等外国産果実の自由化の影響が顕著には感じられません。政府の政策や農家の努力により、外国産品との競争に打ち勝ったようにも思えます。

農業経営の視点からは、「和牛」ブランドの確立による輸出機会が増えていることが夙に指摘されています。高級な和牛のイメージを維持発展させることで、輸出が増えることも予想されます。そのためには、原産地表示を保護する通商ルールが、各国間で確立されていることが必要になります。低品質の偽和牛が出回ることで、その国のブランド・イメージが損なわれてしまうからです。自由化と多国間での通商ルールの確立が農産物の輸出に役立つのです。

台湾では、日本産高級リンゴが引き出物として重宝されており、輸出が伸びています。様々な柑橘についても、低温保存技術の確立と輸送方法の発達により、近隣のアジア諸国向けを中心とした輸出産品として発展する可能性があるでしょう。

外食産業や食品加工業の観点からは、安価で高品質の外国農産品によることができることが好都合であることは自明です。

狂牛病がアメリカで発生したとき、アメリカ産牛肉の輸入をわが国が制限したことがあります。WTOの例外ルールに基づく措置です。ところで、牛丼の吉野屋は、ご存知でしょう。吉野屋を経営する吉野家ホールディングスは、その価格と味を維持するためには、どうしてもアメリカ産牛肉でなければならない。オーストラリア産ではまかなえないとして、牛丼の提供を取りやめたことが、一時話題になりました。

また、ミカン・ジュースで有名な愛媛飲料のポン・ジュースですが、温州ミカン100%では必ずしもありません。オレンジ・ジュースを混和させています。甘味と酸味の調整上、ミカン100%よりも一般の消費嗜好に合うという理由です。価格的にも低価に維持する意味合いがありそうです。

鉱工業製品の関税引き下げの際にも、その産品を生産する国内産業が一次的に衰退することがあります。しかし、まず同業生産者が、その国からの輸入に対して関税の引き下げられた低賃金の国に生産拠点を設け、逆輸入や三国間貿易を行って利益を上げることはよく知られています。商社にしても、単なる利益獲得の機会が多様化すると考えるに過ぎません。そして、国内に留まる事業者は、業態転換を含む構造調整を進めることで、生き残りを図ることになります。日本の繊維産業がその代表でしょう。イノベーションによる新たな製品や産業の創生がその鍵となります。

農業産品についても、同様に考える余地がありそうです。


4,リンゴの火傷病に対する検疫とWTOルール

ところで、リンゴの火傷病という、リンゴの幼果期に発生する特有の病気があります。日本には自然発生の無い病気です。アメリカ産リンゴの輸入が、当初なされなかった理由は、日本にないこのような病原菌が輸入リンゴに付着しており、日本のリンゴの木にパンデミックを引き起こしてはいけないという考慮からでした。

先に述べたようにアメリカ産リンゴの自由化のとき、極めて厳格な検疫措置を実施しました。

この検疫措置に対して、アメリカがわが国をWTO提訴して、わが国が敗訴した事件があります。この事件を通して、国際的な通商法ルールの意義を考えてみようと思います。

まず、WTO上、GATT11条1項により、輸入数量制限が一般的に禁止されています。加盟国は、特定産品を輸入禁止や関税割当制にすることを禁じられ、国内産業保護は全て関税の方法によらなければなりません。農業協定により農産品についても例外ではありません。しかし、例外的に輸入制限を行える場合が規定されています。

GATT20条によると、麻薬やわいせつ物などの禁制品の輸入禁止や、人・動物・植物の生命・健康の保護のために必要な輸入制限や禁止が認められます。狂牛病や鳥インフルエンザの発症した国からの、牛肉や鶏肉の禁輸が許されます。

輸入品が税関で検疫措置を受ける場合があります。外国産の農産品に日本には存在しないような病害虫が付着ないし汚染されていないことを確認する措置です。この方法について、規定するのが、衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)です。これによると、検疫措置を採る国に対して、次の様に義務付けています。

1.必要な限度において、科学的な原則に基づいた措置をとること
2.十分な科学的証拠が存在すること
3.加盟国間及び国内外で不当な差別をしないこと
4.国際貿易に対する偽装した制限となるような態様で行わないこと

アメリカ産リンゴの輸入解禁に際して、わが国は、次の検疫措置を実施しました。

アメリカの産地において、火傷病の完全無病園地を対日輸出用に指定し、その輸出園地の周囲に500m幅の緩衝地帯を設置することなど、厳格な園地検査の実施を求めたのです。輸出用リンゴ園地に対して、園地を取り囲むように500メートルもの幅で農産品を産出しない土地を設けろと要求しているわけです。幾ら国土の広いアメリカでもリンゴの対日輸出をする農家が表れるのだろうかと疑いたくなりますね。

2002年から2005年に掛けて、アメリカは、わが国のリンゴ検疫措置がSPS協定に反しているとしてWTO提訴しました。その結果、この検疫措置は科学的根拠が無くて、隠された貿易制限に当たるとして、わが国が敗訴したのです。これを受けてわが国はこの検疫措置を廃止しました。

仮に、この措置が隠された貿易制限であったとして、ここまでして国産リンゴを米国産リンゴから守る必要がなかったことは、先に述べたとおりです。

WTOが前述した目的から、自由貿易を擁護するものであり、加盟国がその規定するルールに基づき、モノやサービス、及び情報の交易を行い、加盟国の全てが自由貿易の恩恵を受けるようにする。そのために、貿易を巡る紛争を生じたら、WTOの法的ルールを解釈し、事例に適用して、法の専門家が解決する。これが司法的解決です。日米の関係には当てはまりませんが、途上国がアメリカに勝訴することも実際にある「小よく大を制す」方法です。


トランプ大統領はこれがお嫌いなようです。

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