鳥獣戯画 ― 2017年10月18日 01:17
中道 ― 2017年10月18日 18:36
立憲主義 ― 2017年10月19日 01:45
リベラルの試金石 ― 2017年10月20日 00:21
としても、リベラルと保守の違いはあって欲しい。
それは何でしょう?
様々な考え方が有り得るのは当然でしょう。
次に述べるのは、私の考えるリベラルの試金石です。
ひと言でいうと、「声を上げることのできない弱者・少数者の声を代弁すること」です。
次に、リストを掲げます。必ずしも包括的ではありません。
◎ 民族主義と結びつくファシズム(一国主義・国粋主義)とは、いかようにも相容れないこと。
◎ そこに住む人々を、この国、この地方の構成員として、多様な人々を受け入れること。その受容は心の障壁の撤廃にも及ぶこと。すなわち、それぞれの人の違いを認め合い、その相違に対して寛容であること、そのためのより積極的な施策を含むこと。
○ 文化伝統に関する法規制の緩和により、より一層、個人の自己決定権を尊重すること。
○ 広い意味で消費者主権原則に基づくこと。
○ 環境保護のための予防原則に立脚すること。
これらの要素について、保守主義を標榜する人達も、一顧だにしないということはむしろ、稀でしょう。しかし、その程度の差こそ重要だと思います。
以上の諸点については、また今度の機会に、もう少し具体的に触れたいと思います。
所得再分配....? ― 2017年10月21日 14:28
現在、誰も、この政策を廃棄するべきだ。完全な自由経済主義によるべきだなんて言う人は居ませんよね。日本はヨーロッパ型の、ゆりかごから墓場までの、社会保障制度の完備した国を目指した。
アメリカは少し事情が違うみたいです。自己の才覚によって一攫千金を夢見る、アメリカンドリームが健在で、自由競争社会であることが、社会の根本的価値観となっているようです。むしろ格差を厭わない。
足らない分を赤字国債発行で賄うというのは、借金を借金で返す火の車だということです。
リベラルの経済政策....? ― 2017年10月23日 17:57
しかし、例えば、この政策が大きな政府を指向し、この政策が小さな政府を指向するというような、同一の座標軸上に置かれた物差しがあり、大きな政府政を指向する政策の方向に+何ポイント、小さな政府・政策の方向に-何ポイント進むと仮定します。
現実の政党の具体的な経済政策毎にこのポイントを割り振るとして、各政党のポイント総計が、大小のどちらに何ポイントずれているのでしょうか。
差別の問題と、下からの民主主義 ― 2017年10月26日 00:26
1976年に発効した国際人権規約という包括的な条約のほか、1969年発効の人種差別撤廃条約、1981年発効の女子差別撤廃条約という二つの条約があります。この二つの条約について、少しお話しします。
日本は、女子差別撤廃条約を1985年に、人種差別撤廃条約を1995年に批准しました。
女子差別撤廃条約は、女性に対するあらゆる形態の差別を禁止する条約です。
そのために、雇用機会均等法が制定され、国籍法が改正されました。
この条約への加入と、条約上の義務を充たすための国内法整備により、女性の社会進出が一層推し進められたのです。
それまで女性保護の名目で、女性であることを理由に就職ができなかった様々な職種が解放されました。電車運転手やタクシー運転手などもその例です。今では良く見かけますね。
それ以前は、女性であるために、たとえ希望しても、決してその職に就くことが許されなかった。
外資を除くと、大企業の総合職への就職についても相当制限的でした。例えば、都市銀行についても、窓口業務を基本とする一般職ではなく、男性と同等の条件で転勤・昇進の有り得る総合職には、それまでほとんど女性採用が無かったんです。均等法における「努力義務」の規定のおかげです。
国立大学も、今では女性教員の採用が奨励されています。文科省が数値目標を言ってくるぐらいです。実は、筆者の専門分野である、法律は、それまで極めて女性研究者の少ない分野の一つでしたが、現在は相当数の女性が大学に採用されています。
これらの社会変革を生じたのが、約30年ほど前の条約加入をきっかけにしているのです。
30年前のことですよ。そんなに古い話ではありません。
この条約の義務履行をわが国に求めている国際機関によると、女性管理職の割合や、賃金などの雇用条件の差別、人身売買被害者への救済対策について、問題視されています。
民法の婚姻年齢が男女間で異なることも指摘されていましたが、現在の民法改正作業において、改められるようです。
なんと緩慢な歩みでしょうか!
次に、人種差別撤廃条約です。
1969年に国際的には成立・発効している条約について、わが国はほんの20年ほど前に漸く加入しました。
これは、あらゆる形態の人種差別を禁止する条約です。
人種のほか、民族、肌の色、出自などに基づく差別を禁止しています。国や地方公共団体が差別行為を行わないこと。そして、一般社会における私人間の差別を撤廃するための法律を作ることが求められています。
この加入時に、わが国は、現行法で十分条約の義務を充たすことができると考えたので、新たな差別禁止法などは立法していません。
外国人おことわりの張り紙を貼って、外国人女性を店から追い出した宝石店や、やはり外国人の入浴を拒否したスーパー銭湯の運営会社が、差別行為を理由に民事的な損害賠償を払わなければならなくなりました。裁判は、この条約を根拠としています。
この条約履行のための国際機関により、日本は、被差別部落の問題やアイヌ民族の問題を指摘されています。
筆者は、被差別部落、アイヌ民族のほかにも、在日朝鮮・韓国人の問題が日本固有の最も根深い問題であると思います。
これらの人達は、どんなに長く日本に住んでいても、日本に生まれ育った人達であっても、今現在の問題として、結婚・就職差別が厳然として存在している。
私の母校の一年後輩に、在日の学生がいました。大変優秀な人なのですが、司法試験の口頭試験に三度落ちてしまいました。筆記試験こそ難関なのですが、口頭試験はほぼ通る試験なのです。彼は、差別のせいかと悲観して、他の国立大学の医学部を受験し、一発で合格しました。ただ、医学部に合格した年に、司法試験の最終合格を果たし、弁護士資格を得ています。
司法試験のことが差別を原因とするかどうかは分かりませんが、この事例の意味するところは、これほど優秀な学生が、難関の資格試験に合格すること以外に、良い就職が考えられないということです。
差別を禁止するためのより積極的な施策を国・公共団体に義務付けること、私人間の差別を禁止し、助長する行為を罰することを含む、包括的な差別禁止法が望まれます。
最近できた、障害者差別解消法にしても、差別禁止規定は実は「努力義務」に留まります。
ここで、この回に、もう一つ是非とも主張したいことがあります。
女子差別や人種差別など、国際条約に加入して、国が条約に義務付けられる形で、漸く、法ができ、あるいは裁判の根拠とされるようになった。
草の根の運動を地道に行ってきた人達がいることも否定しません。しかし、筆者が言いたいのは、そのような運動が社会全体を揺るがすような大きな運動につながって、世論が動いた、その結果として、社会の変革がなされた、というものではないということです。「上」からの、一歩前進ですね。
女性で無い者、被差別対象ではない人達が、そういう声をくみ取り、社会改革のために一緒に立ち上がるということが余り感じられませんね。傍観者社会です。
もっとも、私自身がそのような運動に参画してきたというわけではありまんので、偉そうにはとても言えませんが。
草の根からの、「下」からの、民主主義によって、社会変革が成し遂げられるというのが、理想でしょう。
結論
1,より積極的な規定を含む包括的な差別禁止法が必要である。
2,日本の社会は少数者・マイノリティに冷たい傍観者社会だ。
3,下からの民主主義がどうすれば生まれるのか、考えなければいけない。
リベラルの経済政策....?2 ― 2017年10月27日 00:25
リベラル・保守の再定義ー田中直毅氏の要約 ― 2017年10月27日 02:01
「衆院選後の展望と課題(上)ー保守・リベラルの再定義を」というものです。
筆者の問題関心に則して、その要約をして、メモ書きとします。
重なる側面もあるので、次回以降、簡単に持論を展開したいと思います。いつもは、誰にでも理解してもらえる平易さを殊の外心がけているんですが、今回は、要約なので若干高度な議論となってしまいます。ご容赦。
以下、田中氏の記事の要約です。
日本の政治は財政規律を無視してきたので、国家債務が破綻の危機に瀕していること、北朝鮮の核保有により、日米安保体制が想定していた事態を超えてしまったこと、以上から現在の日本は戦後の体制から離れてしまった。
前者については、特に保守が罪深い。高度経済成長下、企業利益と支払賃金総額が共に増加していったので、保守とリベラルの対立もそう顕在しなかった。
しかし、現代は、グローバリズムとコーポレートガバナンスへの準拠の必要な企業経営者と、賃金決定や内部留保にまで介入しようとする保守政治家や官僚集団との対立が生じている。
核拡散が極東に生じたとしても、国際社会での日本の位置づけを未来の国際秩序づくりへの貢献という面で鍛え直すべきである、とする。
日本の保守が日本社会の持続性を損ない、国民相互間の分断を導く危険があり、他方で、未来への挑戦に高い価値を置くリベラルにも見るべきものがない。
そこで、日米安保堅持による日米同盟の維持と、地球的課題への具体的貢献を通じた世界への広範な関与という対立、秩序維持に高い価値を置く保守と、自由の確保、自律的秩序形成、未来への挑戦に高い価値を置くリベラルとの対立という、縦横の軸で区切られた四つの新政治空間に位置付けられる、新たな保守とリベラルの軸の構築が待たれる、というのが結論となる。
極東核拡散と日米安保 ― 2017年10月28日 01:11
青空の真ん中、白雲の隅の一点がぴかっと光った。
「あっ」と思ったら、辺り一面が真っ白になって
一瞬の内に何もかも無くなった。
私は今何処にいるのだろう・・・
核弾頭を積んでいたら、どうしようも無いですね。
日本の迎撃能力は完全ではない、と言われています。
例え、PAC3がミサイル着弾直前の低空域で迎撃できたとしても、放射能の影響は確実に生じるでしょう。
安保法によって、自衛艦がアメリカ軍艦船と一緒に、周辺領域に出動したとしても、その遥か頭上を超えて行きますし、何処を通るか予想できませんよね。
トランプ大統領が「100パーセント日本を守る」と口約束してくれても、真剣に守ってくれるのでしょうか。核弾頭を積んだミサイルから、アメリカ領域を守ることが先でしょう。
アメリカ、ファーストでしょ。
アメリカが北朝鮮の掃討作戦を行なっても、北朝鮮の核攻撃能力を、瞬時に壊滅させることができないので、破壊を免れたミサイルが、日本や韓国に飛んでくることが予想されます。何処かの都市が壊滅的な打撃を被ります。
北朝鮮の核ミサイルの保有は、日米安保体制の想定を超えているのです。
このまま、北朝鮮が核弾道ミサイルの保有を続けるとしたら、日本の安全保障はどのように達成されるのでしょうか。
日米の軍事同盟によって北朝鮮を跪かせると言っても、徒らに緊張を煽ります。
田中直毅氏は、環境保護に対する貢献など、世界への多角的な関与によって、日本の国際的な評価を高めることを、その方法としています。
世界中の国々から尊重される評価の高い国に対しては、容易に手出しができないということでしょう。
日本が国際的にリーダーシップを取ることができるでしょうか?
そのためには高い理念に導かれる高い理想を掲げ、常に、広く国際的に発信している必要があるでしょう。
これまでは、日本が主体的となって、核廃絶のためのたくさんの国連決議を成立させて来ました。ところが、今日のニュースによると、現在提案している決議について、反対する国が続出しており、通過が危ぶまれているのだそうです。核兵器禁止条約への不参加が原因です。核兵器禁止条約の採択時には、「貴方がここに居てくれれば良かった」と書いた折り鶴が、その席に置いてありました。
なぜ、条約交渉自体から回避したのか。日米安保の下で、核の傘に入っている日本がアメリカの信頼を裏切り、自己矛盾に陥るからです。
日本は核保有国と非核保有国の橋渡しをして、核兵器の縮減に努める、そのために、核兵器禁止条約には加入しないという。
参照、佐藤丙午・拓殖大学教授の「核なき世界を望むなら、日本は核兵器禁止条約に参加してはいけない」(2017年8月21日・現代ビジネス(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52629))
非核保有国全体の、日本に対する不信感の中で、橋渡しが出来るわけがないです。核の傘に入ることが安全保障の中核であるとしても、条約に加入することは可能なのです。アメリカに気遣ったのが、本当の理由です。
核廃絶に向けた努力をするべきだというのなら、中国と同時に、アメリカにもはっきりとそう言えば良い。
この他にも、経済問題以外に日本が国際的に先頭に立って貢献し得たという事例がどれほどあるでしょう。
国際的な、環境、文化、人権、人道の分野での積極的な発信が必要だと考えます。国際的な関心事に対しては、まずアメリカとEUがどう出るかを見て、更に、経済の問題でなければ、世界の国々の多くの態度決定を待って、ゆっくりと輪に入ろうかな、ということが多い国ではないでしょうか。目立つことを避けて、協調性を第一に考える・・・日本人の文化ですか?
それでは、世界の国々から尊重される、評価の高い国となることはできません。外務官僚ではなく、政治が決めることが必要です。
例えば、他国内で生じた重大な人権侵害に対しては、継続して注文を付けていくという態度を示すべきです。国際人権法・人道法の観点から論理的に理由づけなければなりません。それがどんな国であっても!
この観点からは、中国に対しても、「南京」は譲歩しても、「天安門」の追求を怠らないという態度を取ることができるでしょう。
外交・安全保障が現実的でなければならない、というのは真理です。しかし、高い理想、理念の下に、現実的な外交を、多面的に進めるというのが、正道でしょう。
日本の政治家というのは、国際音痴が多いように思われます。島国根性の国民からは、島国根性の政治家しか生まれないのでしょうか。


